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ミョルン地方 最大の関所2

 二日後。私達は朝早くに予定通り関所を出た。ベルサロム班にも作戦のことは伝えてあり、もし薬物が発見されるようなら関所を一つ飛ばしてこちらに合流してもらうことになっている。


 関所を出て第四守護兵団の兵士に怪しまれないように国境沿いをしばらく走ってから森に入り、関所を通った荷馬車が必ず通る道へ戻ってきた。離れたところに馬を止めて、道が見える高台に待機する。道がカーブしているところなので、商人を見て判断する時間は十分に取れる。


 戦闘になる可能性があるため、ルシェは持っている弓を念入りにチェックしている。私も手袋を外し、断りを入れて木陰に入って着替えを済ませた。


 戻ってきた私を見てキースは目を丸くして何度か瞬きをした。


「何故リコルはそんな格好をしている?」


 私は古ぼけたワンピースに着替えている。


「作戦、だよ」


「作戦?」


 キースは怪訝な顔をして問いかけてきた。


「闇雲に怪しいやつに攻撃を仕掛けるわけにもいかないでしょ? 検問を済ませてここを通ってるんだし、もし普通の人に間違って問いただしたりしたら訴えられる可能性もあるしさ」


「それがどうしてその格好になる?」


「貧しい町娘に見えるでしょう?」


 私はくるりとその場で一回転して見せた。スカートがふわりと舞う。


「ベルサロムの親族の家に行く途中だって言って荷馬車に乗せてもらう。それで、荷馬車に乗り込んで中を確認して薬物を探す。ルシェとキースはその間こっそり後を追いかけて来てて。薬物を見つけたら合図するから、そしたらルシェはその商人を拘束してよ。それで話を聞いてみよう」


「薬物を運ぶ商人が町娘を乗せるとは思えませんが」


 ルシェは眉を潜めた。


「薬物を運ぶなんて危ない仕事をする商人はお金が大好きに決まってる。金貨を何枚か握らせれば乗せてくれるよ」


「その商人が薬物を運んでない商人だったらどうするんだよ……」


「それは、まぁ飛び降りるよ。金貨は、ほら、経費で」


「出るかよ……」


 キースは私にツッコミを入れてから頭を抱えた。


「突拍子のない作戦ですね」


 ルシェまでやれやれと溜息をついた。


「何よ、他にいい方法ある? 片っ端から攻撃してたら、私達ただの野盗だよ? そもそも関所にいない兵士なんて怪しさ満点だしさ。それに、私が役に立つ方法ってこれくらいしかないんだし」


「うーん」


 二人はそれぞれ腕を組んで唸った。


「もしスパイが中にいたらどうする?」


「そしたら金貨を渡しても乗せてくれないだろうから、実力行使? 人を乗せてる時点で捕らえる理由になるし」


「危なすぎるだろ……」


 キースが顔を歪めた。


「大丈夫、いざとなったら能力で気絶させるからさ」


 それでも私は折れない。一番成功率が高そうだと考えた作戦がこれだ。それに、これなら私の能力を使うことができる。


「本当に上手く行くか?」


「いく」


 私はしっかりとキースの瞳を見つめる。キースの黒い瞳はゆらゆらと揺れていた。


「私が単独で乗り込むとはいっても側にキースとルシェがいてくれるでしょ? 信頼してるから、絶対大丈夫」


「……上手くやれるな?」


「うん」


「わかったよ……」


 渋々、といった様子でキースが承諾した。


「いい? 私が合図するまで待っててね。ルシェが商人を矢で拘束させたら、キースはすぐに関所に向かって検問を通した兵士と副隊長を拘束して。いざとなったら実力行使で」


「上手く……いくでしょうか」


 ルシェは不安そうな表情を浮かべた。


「大丈夫! 私を信じてよ!」


 私は胸を張って見せたが、二人の表情が晴れることはなかった。


***


 何台もの荷馬車が通り過ぎるのを息をつめて見つめること数時間。遠くからやってきた一台の荷馬車に私は反応した。


 御者は幸の薄そうな顔をした男性だ。頬骨がくっきりと見えるその顔に私は見覚えがない。


「行ってくる!」


 後ろから「おい!」というキースの声が聞こえたが、私は構わず駆けた。道へ出ると、荷馬車を止めるために大きく手を広げた。


 近づいてくる馬車は幌馬車だ。荷台部分が布で覆われてはいるが、商人が振り返れば荷台の部分は見える。気がつかれずに薬物を探し当てられるだろうか。


「何だ?」


 男はすごく迷惑そうな顔をしながらも馬を止めた。私は会釈をしながら男に近づいた。


「すみません。この荷馬車はどこまで行きますか? 私、親戚の家に行く途中なんですが、道に迷ってしまって」


 男は私をじろじろと見回している。怪しまれないかと緊張が走るが、その気持ちを抑えて頼りなさげな町娘の表情を浮かべることに専念する。


 今の私はどこからどう見ても兵士には見えないだろう。みすぼらしいワンピースを着ているし、身体つきも華奢だ。筋肉がないことがこういうところで役に立つとは。


「悪いけどこっちは急いでんだ。乗せられねえな」


 男はそう言うと手で私にどくように指示した。それに従うわけにはいかない。


「ベルサロムを通りませんか? 邪魔はしません。荷台に乗せていただければ」


「ダメだダメだ。大事な商品が乗ってるからな」


 大事な商品、ねぇ。私は男の座っているところに片足を乗せ、ぐっと身体を近づけた。男は身体を反って私から距離を取ったが、私はその手をさっと握った。


 警戒の色が触れた手から伝わってくる。


「お願いします。お代金はちゃんとお渡ししますから」


 手に持っていた金貨をそっと男の手に乗せてやる。男はチラリとそれを見て確認した。


『金貨? ちっ、仕方ねえな……こいつはどう見ても普通の女だしな……アレに気がつくことはない、か』


 私はゆっくりと男から手を離して上目遣いで男を見る。アレ、ね。こりゃ当たりを引けたかも。


「……乗れ。商品には触るんじゃねえぞ」


「ありがとうございます!」


 私は笑顔を見せてからゆっくりと後ろに回って荷台に乗った。


「お願いします」


 大きく声をかけると荷馬車がゆっくりと動き出した。チラリと後ろを見ると、キースとルシェの馬が見えた。


 大丈夫、上手くやる。


 するりと中に入り込むと、荷台には所狭しと荷物が積んである。穀物や豆などが袋から覗いている。人はいないので、どうやらスパイは潜んでいなかった様子。


 もし私が薬物を隠すなら周りから見えにくい中腹にする。私は物音を立てないようにそーっと中へ進んでいく。


 ミョルンの道は砂利道でガタガタと揺れている。倒れないようにバランスを取ることが大変だが、その分うるさいので少しの物音では商人に気がつかれなさそうだ。


 荷台の中腹より少し奥に進んだところにある袋から葉っぱが覗いていた。近づいて開いてみると、それは野菜の葉っぱのようだった。私はその葉っぱを見たことも食べた覚えもない。


 前を見て商人を確認するが、今のところ振り返る様子はない。しかし、思ったより距離が近いので、音を立てないように膝を立てて座り、身体を固定する。じんわりと手に汗を掻いてきていた。


 葉っぱを取り出して床に置くと、その奥に別の葉が見えた。心臓がドクリと鳴る。


 この葉は────


 そっと手にとって特徴を観察してから軽く匂いを嗅ぐ。その匂いは間違いなく王都で研修を受けた薬物の中の一つだった。


「おい! お前、何やってんだ!」


 目の前から罵声が飛んできてパッと見ると、商人がものすごい形相で私を振り返っていた。商人の手が私を掴もうと伸びてきて、私は既のところでそれを避けた。商人が前を見ていないせいで荷馬車がガタガタと揺れる。


 まずい、早くキースとルシェに知らせないと……


 私は振り返って荷馬車の出口へと急いだ。その間にも商人からの「おい!」と、いう罵声は続いていて、商人が荷馬車を止めようと馬を強引に操った。荷馬車は大きく揺れ、私もバランスを崩して倒れ込んだ。


「うわっ!」


 突如商人の悲鳴が聞こえて前を見ると、商人の姿が確認できない。私は慌てて立ち上がると、荷馬車の後ろから飛び出した。


 すぐ側に馬に乗ったキースとルシェがいて、二人はパッと私を見た。私は手に持った薬物を大きく掲げて見せた。


 ルシェは私を見ると、


「大丈夫ですか!? 商人は既に拘束しました!」


 と、叫んだ。良かった……異変に気がついて対応してくれたんだ。

 はぁ、と安堵の息をついてから、


「大丈夫! キースは関所へ!」


 と、叫ぶと、キースは頷いて踵を返して関所へ向かって駆けていく。私はゆっくりと立ち上がってルシェと共に商人の元へと向かった。


 商人の座っている座席のすぐ側に矢が刺さっていて、商人は刺されていないにも関わらず背にもたれて硬直している。


「直接刺すわけじゃないんだね」


「はい。矢が刺さった位置から半径50cmの動く生物は拘束できます。当てる必要はないんです」


「半径50cm……随分精密だね」


 確かに矢は商人のお尻の側に刺さっている。動く対象物に対してこれを意図してやったとしたなら、ルシェの実力は恐ろしくすごい。


「すごいねルシェ」


 素直に褒めるとルシェは、


「まぁ……ありがとうございます」


 と、嬉しそうな表情を噛み殺した何とも言えない表情を浮かべた。


「この商人は喋れない?」


「そうですね、すみません。咄嗟に能力のコントロールがしきれなくて。意識はあってこちらの声は聞こえているはずですが」


「十分。ありがとう」


 喋れないけど意識はある。心は読めるということだ。もしかしなくても、私とルシェの能力は相性がいいかもしれない。


「ルシェは後ろを確認してくれる? 私は念のため商人を見張っているから」


「わかりました」


 ルシェは素直に後ろに回ってくれた。さて、私の出番だ。

 私は動けないながらも睨みを利かせてくる商人の首筋に手を当てた。


『くそっ……! こいつら、守護兵団か? 監査は終わったって聞いたのによ……』


 商人の無念の声が聞こえてくる。


「あなた、ダイス帝国の商人ね? この薬物は誰に頼まれて運んでいるの?」


『へっ! 口が動かないから喋れねえよ! 騙しやがって、この女!』


 脳内であっても答える気はない様子。


「どこへ向かっていたの? 調べればわかるのよ」


『そうだ……まずいな。検問の帳簿を調べられたら、ポリー商会のことがバレる……』


 ポリー商会。その名前をしっかりと頭に刻む。


「ちなみに、今日は乗っていなかったみたいだけれど、ダイス帝国から人は運んでいる?」


『人?』


 商人の頭に疑問が浮かんだ。


『何を言ってるんだ?』


 この商人はスパイを運んでいない。スパイの存在も知らない。商会はどうかわからないけれど、少なくともこの商人は。

 スパイを運ぶのは頻繁でないだろうし、限られた人しか関わっていないのかもしれない。


 もう十分だな、この商人から聞けることは聞いた。後は、王都へ戻ってからだ。


 私は商人の首筋から手を離して立ち上がった。荷台に向かうと、ルシェが、


「すごい量の薬物です。五袋分はあります!」


 と、報告してくれた。ひとまず初任務で成果は得られた。


 しばらくすると、関所の方角から馬に乗って駆けてくる兵士の集団が見えた。キースが増援を呼んでくれたのだろう。私はその集団に手を上げて応えた。

●ユーロラン帝国、国土紹介


ブグダンジー地方

王都の西に位置し、アルセ王国と国境を接している。

山が多い地域で燃料が採れるので鉱夫が多い。

アルセ王国の影響を多分に受けているため、ユーロラン帝国内では異質な存在。

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