ミョルン地方 最南端の関所2
一時間後、私は着替えて食堂へ向かった。まだ少し寒いが、半袖のシャツを着た。それもこれも任務の為だ。
どこも同じだが、守護兵団に女子は少ない。私が行くと兵士たちがチラチラとこちらを見ているのがわかった。気分が悪いけれど仕方ない。任務を終えた兵士たちも半袖を着ている者が多かった。
私はわざとゆっくりと歩いて、そんな男たちの腕に自分の腕を軽く当てていく。
『噂の第三守護兵団か。女がいたとは……』
『色気はないが、悪くはないな』
『今日も疲れた~』
そんな心の声が伝わってくる。失礼なのもあったけれど、怒るわけにもいかないのでぐっと我慢。必要以上に警戒している心の声は今のところ伝わってこない。
食事をもらうために列に並んでいると、心の声だけではなくひそひそと話す生の声も聞こえてくる。
「第三守護兵団か……」
「違法薬物の調査だっけ? 俺達、疑われてるのか?」
「だろうな……ったく、感じ悪い」
まぁ、そう思うよね。実際に疑っているわけだし。
一人で食事を食べる最中も周りの声に耳を澄ませた。聞こえてくるのは夕食のメニューについての文句などありきたりな話ばかり。特に成果はなさそうだ、と思っていると、
「隣、いいですか?」
と、ヘラヘラと笑った男二人組が声をかけてきた。口の中に物が入っていた私はただ頷くと、二人は私の横に座った。
「第三守護兵団の方、ですよね?」
空いている席がここしかないから座った、というわけではなく、私に話しかけたかったようだ。私は「はい」と返事をした。
それにしても、今までとは偉い違いだ。第三守護兵団の方、ですって。今まではダメ五扱いだったのに。
「こんなに遠くまで、大変ですねぇ」
「はぁ」
いくら任務のためとはいえ流石に面倒で、私は曖昧に返事をした。
「ここらはフィデロ地方への荷がほとんどなんで、探している薬物は流通していませんよ」
「そうですか」
ちょうどよく任務の話が出たので、私は居住まいを正すふりをしてさり気なく男の腕に自分の腕を触れさせた。少し強引だとは思うが、仕方ない。
触れた腕から伝わってきたのは、
『お、こりゃ行けそうな感じ? こんなところでも、たまにはいいこともあるもんだなぁ!』
と、いう脳天気な勘違い思考だった。さっと腕を離し、何事もなかったかのように食事を続ける。もし、この男がスパイだと言うなら私を警戒しているだろうから、こんなに自分の欲で頭をいっぱいにしないだろう。こいつも白、と。
「俺は明日は遅番なんですよね。この後も暇ですよ」
「わ、お前、ずりいな」
二人とも完全に勘違いしたまま私を誘うような言葉を言ってきた。これは面倒なことになりそうだ。もうこの二人には用はないので、私は視線を合わせないように食事を口に押し込んだ。
「どうですか、この後。俺の部屋に安いですけど、酒ありますよ」
「結構です」
「またまたぁ、遠慮しないで」
隣の男が私の右手に触れた。
『早くヤラせろよ。そのつもりなんだろ』
酷い心の声が聞こえて鳥肌が立った。私は手を引こうとするが男の力は意外にも強く、離れない。気持ち悪い男。力を使って気絶させるわけにもいかないし、どうしたものか……
「リコル」
私を呼ぶ声と共に、私の右手を掴む男の手が取り払われた。パッと後ろを向くと、キツい瞳で私を睨むキースの姿がそこにあった。あまりの人相の悪さから、隣の男が、
「ひえ……っ」
と、言う声を漏らしている。
「戻るぞ」
キースは私の腕を掴んで立ち上がらせた。キースの手からは、
『この女! 何やってんだ!』
と、言う大層お怒りの声が聞こえてくる。
私は兵士達に挨拶をすることも、食事のお盆を返すこともできないまま、キースに引きずられるようにして食堂を出た。その間、キースの手からは怒りの感情が伝わり続けている。掴まれた手も痛い。
廊下を歩いて人気がなくなると、私は、
「キース、ちょっと痛い」
と、ようやく発言した。
「あっ……」
キースはパッと私から手を離した。一瞬バツの悪そうな顔をしたが、すぐに怒りの表情に戻った。
「リコル、何やってんだ。いくら任務とはいえ危ないだろ」
周りに聞こえないように小声ながらも、ものすごい圧で叱られてしまった。
「ごめんね。助かったよ」
私はお礼を言ってから、
「今の人達はスパイじゃない。他の人達も観察してみたけど、今のところ怪しい人達はいないね」
と、報告した。
「……明日もやるつもりか?」
「うーん、できたらその方がいいかな、とは思うけど」
「明日は俺も行く」
「一緒にいたら調査にならなくない?」
「行く」
キースの言葉は強く、どうしても譲らないという雰囲気が伝わってきた。それなら仕方ない、か。すれ違う人達や会話から聞いていくしかないね。
「わかった」
私が折れると、キースは気難しい顔をしながらも、納得したように頷いてくれた。それにしても、そんなに怒ることもないのに。
キースは私がいいと言っても、私の部屋の前まで送ってくれた。
「ちゃんと部屋の鍵はしろ。入ったらすぐに、だ。わかったな?」
「わかったよ」
何だか私が子供みたいだ。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。
「じゃあな」
最後まで気難しい顔のまま、キースは私に背を向けて自分の部屋に戻っていく。
「ありがとう、おやすみ」
私はもう一度お礼を言って、部屋に入った。部屋に入ると、言われた通りにしっかりと鍵を閉めました。
●ユーロラン帝国の国土紹介
北に王都があり、他に五つの地域に分けられている。
時計回りにベルサロム、ミョルン、パリス、フィデロ、ブグダンジー。
それぞれの地域については次話の後書きから詳しく解説します。




