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ミョルン地方 最南端の関所1

 翌朝早くに私達は寮の入り口に集合した。王都から国境警備隊へ送られる物資の入った荷馬車に乗せてもらってそれぞれの目的地へ向かうことになっている。


「それじゃ、キース。夜は時間になったらこちらから通信するから」


「わかった」


「リコルちゃん、女の子一人だし俺もいなくて心細いと思うけど、頑張ってね」


「はいはい」


 私はブルーム恒例の軽口を適当にあしらう。ブルームの隣に立ったレイリーズが相変わらず私をきつく睨んでいた。何でこんなに睨まれなければならないのだろう。


 私はこの二人と別れられたことに心底安堵しながらミョルン行きの荷馬車へ乗り込んだ。


 荷馬車の旅は思っていた以上に辛い。ガタガタと揺れるのですぐにお尻が痛くなった。これなら王都へ来た時の乗り合い馬車の方が幾分もマシだった。


 ルシェは固い表情を浮かべながら座っていたが、すぐに退屈になったのか、後ろの布を開けて外を眺めている。私の隣に座ったキースは何も言わずに身じろぎさえしなかった。


 特務部隊初めての任務に緊張しているのだろうか。キースにとっては隊長として初任務なはずだ。それは、例え自信家のキースであっても緊張するものかもしれない。


 私は少しでも緊張が解けるように、と着いてからの任務について話しかける。


「ねぇ、キース。着いてから私達って国境警備隊の任務を手伝う感じになるのかな?」


「ただ単純に手伝うだけじゃない。怪しいと思ったやつを見極めて捕まえる」


「国境警備隊が見逃してきたような人を見分けられるのかなぁ」


 いくらミョルン地方とはいえ、第四守護兵団はしっかりと仕事をこなしているイメージだ。そこに行って私達が役に立てるのだろうか、ということは疑問だった。


「可能性は二つ。巧妙に隠して持って入っているか、国境警備隊にもスパイが入り込んでいるか」


「えっ……?」


 その可能性は考えていなかった。しかし、よく考えてみれば、私達の本当の任務は国の中に入り込んだスパイを探すこと。国境を通って入ってきたということは、通した人がいるはずだ。それを探し出すことも私達の任務の内なのだ。


「なんだか……壮大すぎて不安になってきた。知ってて見逃してる可能性、あるんだよね……」


 ここからは同じ兵士であっても敵であるという可能性を捨てずに調査する必要がある。


「ミョルンの国境は四ヶ所ある。それを南から順に回って、ベルサロムからの班と合流するんだよね」


「そうだ。ベルサロム班は北から南下してくる」


 この調査はそう簡単ではないだろう。でも、何かを掴めたら良い、そう思う。


 私は黒い手袋をはめた自分の右手を見つめた。

 私の能力を使って、国境警備隊の人達をくまなく触れていけばスパイは簡単に見つかるだろう。ただ、それをするにはキースや特務部隊の面々に私の能力を伝えなければならない。だから、それはできない。


 使える能力を持ちながら、保身の為に使わない私は卑怯者だろう。それでも言えない。言ってしまえばゼノ隊長、更には第一王子のキューレ様にも伝わる。それは、このユーロラン帝国に私の能力が知られることを意味する。

 そうなれば、私は国と国の交渉などの際に道具として使われるだろう。それが不都合な人に知られれば、最悪生命を狙われることも……


 寒気がして思わず身震いした。それだけは嫌だ。それでも、私だって武勲を残していい給料が安定してもらえるようになりたい。バレないようにこの能力を使っていかなければ。


「何だ? 怖いのか?」


 気がつけばキースが私を少し馬鹿にしたような表情で見下ろしていた。


「バカ言わないでよ。初任務にビビってるのはキースの方でしょ」


「は? それこそありえねえ話だな。俺がビビるわけねえだろ」


「さっきまで固~い表情してたくせに!」


「何だよそれ。リコルは目がおかしくなったんじゃねえのか?」


 ぎゃーぎゃーと言い合いをしていると、前に座っていたルシェが眉を潜めて、


「うるさいな……」


 と、呟いた。


「子供は黙ってろ」


 私との言い合いの勢いでキースがそう言うと、


「子供じゃないです! ちゃんとした守護兵団の兵士ですから。昨日からキースさんは俺のこと子供だって馬鹿にして……」


 と、今度はルシェが怒って、そっちでの言い合いも始まった。初任務、どんどん上手くいく気がしなくなってまいりました。


***


 私達が最初の目的地であるミョルン地方の最南端にある関所に着いたのは日暮れのことだった。ようやく着いたことに安堵して伸びをしていると、この関所の責任者だという第四守護兵団の男が近づいてきた。


「お疲れ様です」


 背筋を正してキースに敬礼をすると、簡単な説明を始めた。私は念のため手袋を取ってポケットに仕舞う。


「それでは本日は我々の宿舎に部屋を用意してありますので、そちらでおやすみください」


 兵士は私たちに鍵を渡していく。


「ありがとうございます」


 私はあえて兵士の手にしっかりと触れて鍵を受け取った。触れた兵士の手からは緊張の色は伝わってきたが、警戒の色は伝わってこなかった。これだけでは確信は持てないけれど、流石に責任者がスパイだという可能性は低そうだ。

 キースとルシェは同じ部屋、私だけ一人部屋だ。女が少ない守護兵団ではこういう時、ありがたい。


 私はベルサロム班との通信の為に二人の部屋を訪れると、二人は気まずそうにしていた。会ったばかりでさっきまで言い合いをしていた二人なのだから、同じ部屋というのはさぞかし苦痛だろう。可哀想に。


 イオルから渡されたイオルの力を封じ込めた赤い石を机にセットし待っていると、時間通りに石が光出し、


「こちらイオルです。キース様、聞こえますかぁ?」


 と、言う間延びした声が聞こえてきた。

 通信能力を持つイオルは、自身の力を封じ込めた石がある場所と離れていても声を繋ぐことができる。そんな通信能力を持つ人間はナビゲーターと呼ばれ、どの部隊でも重宝されている。

 それにしても、ベルサロムの北の端とミョルンの南の端は250kmは離れているはずだ。そんなに遠くまで通信を繋げられるイオルは、癪だけれどなかなか強い力を持っているのだろう。


「あぁ」


 キースが返事をすると、


「良かったぁ。イオル、安心しましたっ」


 と、かわいこぶった声が返ってくる。気色が悪い。


「キース、無事に着いたかい?」


「あぁ」


「こちらも昼には着いて、早速任務を始めている。今のところ、兵士にも目立った動きはないし、薬も見つかっていない。検閲体勢も問題なさそうだ」


「そうか」


 ベルサロムは王都から近い。既に手伝いと称した監視を始めているらしい。


「こちらは予定通り明日からだ」


「うん、俺達はここに問題がなければ明後日には次の関所に移動だ」


「わかった。じゃあ次の通信は明日の同じ時刻に」


「お疲れ様でしたぁ! キース様、ゆっくり休んでくださいねっ!」


 語尾にハートが見える口調でイオルが言うと、石の光が消えた。通信が切られたようだった。


「それじゃあ解散だ」


 キースが立ち上がった。


「夕食は食堂で食べられるんだよね。どの時間が混んでるんだろう」


「交代時間があと一時間後ですから、その頃に混むんじゃないですかね」


 ルシェが答えてくれる。兵士の交代時間まで把握しているなんて仕事熱心なことだ。


「空いている時間を狙ってるのか?」


「ううん、混んでる時間に行く」


「何でだよ」


 キースが訝しげな顔をする。


「当たり前でしょ。こっちはスパイを探してるんだよ」


「あ……まぁ、そうか」


 それに、戦闘ではあまり使えない能力を持つ私が一番活躍できる場所だと思うのだ。言わないけど。


「キースとルシェは今行ってきなよ。私は一人の方が都合いいし」


「……そうかよ」


 何故か不機嫌になったキースが私とルシェを置いて一人で部屋から出て行ってしまった。キースは人混みが苦手だろうと気を使ったのに、何故不機嫌になるのだろうか。

 残された私とルシェは顔を見合わせた。


「ルシェはどうする? 私と行く?」


「い、行きません! 一人で行きます!」


 ルシェも慌てて部屋から出て行ってしまった。自分達の部屋に女一人だけ残して行くなんて。私はやれやれと溜息をついた。

●登場人物の見た目紹介


ルシェ・シャロク(15)

性別:男

身長156、青い瞳。

紫色の髪の毛。

整った顔立ちだが、年齢の割には童顔で本人はそれを気にしている。

一年前辺りから成長期に入っているようで、身長がぐんぐん伸びている。

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