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■第202話 ヒナタのため息


 

 

会計を済ませ、お好み焼き屋を出た二人。

 

 

アカリはまるでヒナタから逃げるように、やたらと早足で歩き出した。

そんなアカリの背中を見て、笑いを堪えながらヒナタが追い掛ける。

 

 

アカリが大慌てで立てるヒールの音が藍色の夜空に高らかと鳴り響き、

ヒナタは美しいフォームでアスファルトを蹴り上げ走り追い付くと、アカ

リの腕を後ろから優しく掴んで笑った。

 

 

 

 『だから~・・・ 僕、足速いんですってば~!』

 

 

 

『ついて来ないでよっ!』 アカリが眉根を寄せて、その掴まれた腕を振り

払おうとするが、優しくもしっかり掴まれたそれは振り解く事が出来ない。

 

 

二の腕の辺りを掴んでいたヒナタの手が、ゆっくりと下にさがってゆく。

二の腕から肘の辺りへ。そして、更に下がってアカリの手をそっと握った。


ヒナタの手は意外にとても冷たい。

 

 

 

 『意味わかんない・・・。』

 

 

 

アカリが耳まで真っ赤になって俯く。

 

 

その言葉を聞いてヒナタが笑った。

握った手に少しだけ力を込めて、小首を傾げアカリを覗き込みながら。

 

 

 

 『意味わかんない事ないでしょ~?』

 

 

 『私より年下じゃん・・・。』

 

 

 

尚もアカリは下を向いたまま。


しかし、しっかり繋がれたその手は離そうとはしていない。恥ずかしくて

仕方なさそうに不機嫌顔をして、ただひたすら今日のために買った新しい

サンダルの爪先を眇めている。

 

 

 

 『年下って言ったって、何ヶ月かしか違わないじゃないですか~。』

 

 

 

ヒナタは愉しそうにケラケラと笑う。


早生まれのアカリは学年で言えばヒナタより一つ上だが、春生まれのヒナ

タとはほんの数か月の差しかないのを、もう既にヒナタはリサーチ済みだ。

 

 

 

 『誰にでも・・・


  そうやってニコニコしてるくせに・・・。』

 

 

 

もう今となっては、すねた子供のようなアカリ。


欲しいおもちゃは独り占めしたくてしょうがないのに、そのおもちゃは皆

から人気があって、それが憎らしくて悔しくて、そして寂しい。

 

 

 

 『だって接客業だもん、当たり前じゃないですか~!』

 

 

 

そんな子供みたいな膨れっ面を隠そうともしないアカリを見つめ、ヒナタ

は上機嫌に大笑いする。

 

 

そして、いまだ下を向いたままのアカリをそっと覗き込みヒナタは微笑ん

で言った。

   

  

  

 『僕、アカリさんが大好きですっ!』

 

 

 

それは恥らったり迷ったりする事のない、真っ直ぐな言葉だった。

素直で無邪気で一点の曇りも無いヒナタという人間、そのもので。

 

 

恥ずかしいのと照れ臭いのと信じきれないのと、色々な気持ちで混乱して

アカリはたった一言の憎まれ口を吐くことすら出来なくなってしまった。


ただ、不機嫌な顔をして口を真一文字に結び、まるで不貞腐れた子供の様。

 

 

『アカリさん・・・?』 暫くの沈黙の後、ヒナタはアカリの次の言葉を

促した。それは、やわらかいけれど確かな返事を待つヒナタの呼び掛けで。

 

 

困り果てたアカリが渋々と顔を上げる。


その顔は情けなく、口元は何か言いたげに微かに動いているがいつもの勝

気なそれも今回ばかりは出て来ない。

 

 

そして、やっとアカリの口から出てきたのは、力なく自信ない小さな言葉

だった。それは、あまりに心許なく弱々しく震えてこぼれる。

 

 

 

 『だって・・・


  だって、私の事なんにも知らないくせに・・・

 

 

  今までだってそうだもん・・・


  ・・・キライになってすぐ逃げ出すんだから、みんな・・・。』

 

 

 

それを聞き、ヒナタがかぶりを振って小さな溜息をついた。

そして顔を上げ真正面からアカリを見つめると、胸を張って言い切った。

  

 

  

 『大丈夫っ!


  アカリさん、大丈夫です。


  ・・・僕らなら、ゼッタイ大丈夫っ!!!』

  

 

 

何故かその自信満々すぎるヒナタの言葉に、一瞬目を見張りキョトンと固

まって『意味わかんない・・・』とアカリが仏頂面のまま笑いを堪えた。

 

 

すると、

 

 

 

 『まぁ、根拠はないんですけど・・・ でも大丈夫ですよ!』

 

 

 

ヒナタは満面の笑みで握ったままのアカリの手に更に更に力を込める。


そしてその手をアカリの目の高さまで挙げると、俯いていたアカリも顔を

上げ繋がれた指先にはじめて照れくさそうに力を込め返した。

 

 

 

二人、しっかり手を繋いで星が満天の夜空の元ゆっくりと歩き出した。

  

 

 

繋ぐ手がこんなに温かい事を始めて知った夜だった。

 

 

 


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