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■第2話 帰り道


 

 

なんだか後味が悪いまま、リコはレジで会計を済ませ絵本を買って

逃げるように本屋を後にしていた。

 

 

先程あんな気まずい場面に居合わせたはずの本屋店主は、まるでなにも

なかった様な涼しい顔をしてリコへと絵本代金の釣銭を渡すと、たった

ひと言『はい、ありがとね。』と無味乾燥な声色で呟いた。


リコは対照的なその店主の顔と ”あの人 ”の顔を思い返していた。

まるで泣いてしまいそうな困り果てたような笑顔の、あの人を。

 

 

 

 (別に・・・ 私が悪いわけじゃないんだし・・・。)

 

 

歩きながら一人、無意識のうちに心の中でブツブツと言い訳の様に呟く。

 

 

後ろを振り返ったら、さっきのあの人が恨めしそうにコッチを見ていそう

な気がして落ち着かなくて、そそくさと足早に商店街を歩いていた。

 

 

 

 

 

 

本屋の隣には靴屋、その隣には洋服店。

小さなスーパー・果物屋・魚屋・八百屋。


そこは大きくはないけれど、活気があり賑やかで大好きな商店街だった。

 

 

丁度夕飯時のため、買い物袋をさげた女の人や親子連れの姿が多い。

お惣菜のにおいが夕暮れの橙色の風にのって優しくそよぐ。

この商店街を通って少し先の公園前からリコはいつもバスに乗っていた。

 

 

バス停前で立ち止まって時刻表を指でなぞり、左手首に付けた腕時計を

確認するとバスが来るまで少し時間があった。


リコはもうひと気の無い静かな公園内の少しくたびれたベンチにチョコン

と腰掛けて買ったばかりの絵本を紙袋からそっと取り出す。

大好きな絵本を手に入れられたはずなのに、どこか心はモヤモヤしていた。

 

 

表紙に目を落とし指先で軽くなで、1ページずつ丁寧に丁寧にめくった。


胸の奥がじんわり温かくなる郷愁が込み上げ、気付かぬうちに自然と顔は

綻んでゆく。

子供の目を惹くような可愛らしいイラストな訳でもないのに、何故こんなに

この話は心に残るのだろう。


次第に本屋での出来事も忘れ、すっかり絵本に引き込まれていたその時、

ふと目を上げると、既にバス停に停車しているバスが目に入った。

 

 

『あっ! 乗ります!!』 リコはカバンを引っ掴んでバスへ滑り込んだ。

 

 

 

 『ぁ、ありがとうございます・・・』

 

 

 

思いのほか大きい声を出してしまったことが恥ずかしくて、ちょっと俯き

気味に乗車したリコ。慌てて大股で走ったせいで少し捲れ上がった制服の

スカートの裾を手の平で慌てて均した。

 

 

夕暮れ時のバスは、帰宅する人々で混んでいた。


仕事帰りのスーツ姿の人や部活帰りの学生服。バスの窓から差し込む夕陽

がどこか疲れた面々の横顔を優しく包み込んでいる。

座席など勿論あいてはいなくて、リコは吊革に掴まって少し窮屈そうに

立ちながら窓の外の流れる景色をぼんやりと見ていた。


すると渋滞した夕暮れ道のバスの揺れに、コツンコツンと隣に立つ人と

肩がぶつかり合い、互いにペコリと小さく会釈をし合う。

ふと窓に映る自分の顔が目に入ると、それは困ったように情けなく頬を

緩め笑っていた。

 

 

 

 

乗車したバス停の3つ先にある、長い坂道の下でリコは下車する。


そこからは家まで少し坂道を上がらなければならない。

雨の日や冬なんかは、その坂の上にある自宅を恨めしく思ったものだが

春先や秋は特に、この坂から見下ろす商店街の遠くの灯りが好きだった。

 

 

夕方のまだ少し生温い風がそよぐ中、緩やかな勾配を進み家路へ向かう。

ご近所の生垣の白いナニワイバラの花が爽やかな香りを放っている。

家々からほんのり夕餉のにおいも流れ、今日という日が終わりに近付いて

いる言葉に出来ない安らぎを感じながら歩いた。

 

 

右手に見えてきた自宅のキッチン窓から、母ハルコがチラっと覗き見えた。

何か話している様子。きっとまた弟リクとテレビのチャンネル争いでも

しながら夕飯の支度をしているのだろう。

 

 

 

 『ただいまぁ~・・・。』

 

 

 

玄関内でローファーを脱ぐと、しゃがみ込み体の向きを変えて靴を揃える。


スリッパラックから愛用スリッパを取り出し履き替え、軽く居間に声を

掛けるとキッチンから揚げ物をしたような油のにおいを感じた。

 

 

 

 (今日はコロッケかな・・・。)

 

 

 

リコは階段を小走りで駆け上がり、2階の自分の部屋に向かった。

 

 

 


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