■第1話 本屋で・・・
『うわっ!! 懐っかしいなぁ・・・』
思わず小走りで駆け寄り、自然に声が出てしまった。
学校帰りに寄った、近所の商店街のいつもの本屋。
校章が入った学校指定カバンを乱雑に足元に置いて
興奮気味にそれを手に取ると、少し厚くて硬い表紙をしずしずとめくった。
小さな子供が読むには少しボリュームがある絵本。
小学生ぐらいになってやっと一人で全部読めたそれは、
絵本というより児童書と呼ぶのだろうか。
親が買ってくれたものなのか、誰かから貰ったのか忘れたけれど
確かに家にその絵本はあった。
どのタイミングでそれを見掛けなくなったのか、
処分してしまったのか誰かに譲ったのか今はもう分からないけれど、
何度も何度も繰り返し読んだ事をよく覚えている。
話の中に出てくる ”魔女 ”と ”押入れ ”が怖くて怖くて、
夜になると泣きべそをかいて母親の布団に潜り込んだ幼い頃を
ふと思い出し、リコは少しだけ俯いて頬を緩めた。
もう随分前の作品だし、高校生の今になってまたこの絵本に
巡り合えるとは思ってもいなかった。
気が付くと絵本コーナーの狭い通路にしゃがみ込み、
夢中になってページをめくって懐かしい話にぐんぐん引き込まれていた。
あまりの懐かしさと嬉しさで、思わず一人ニヤニヤしていたに違いない。
その時は絵本に集中しすぎて、誰かがすぐ横に立った事にすら
全く気付いていなかった。
『多分、あるとしたらここら辺に・・・』 横で低音の声がした。
『でも、古い本なんで・・・ 無いとは、思うんですけど・・・』
更に聴こえた、別の男性の声。
目線を右側にチラリとずらした先に、くたびれた茶色いサンダル履きの足と
ネイビーのローカットスニーカーが見えた。
リコは何気なく顔を上げ見上げると、本屋店主と若い男性が
書棚に陳列された本の背表紙を指先でなぞりながら本を探している様子。
今更ながらこんな所にしゃがみ込んでいては邪魔になるだろうと、
リコは立ち上がった。
偶然見つけたこの絵本は折角だから買って帰ろうと、左手で胸に抱えたまま。
無造作に足元に放置していたカバンの持ち手を掴み、レジに向かおうとしたその時・・・
『あっ!! ・・・コレじゃないの?』
店主がリコの抱える本を指し、男性へと振り返った。
『あぁ・・・ コ、コレ・・・ です・・・。』
男性もそれを指さし、店主へと目を向け。
突然目の前で繰り広げられた二人の遣り取りに、何のことだか分からないまま
リコは店主と男性をキョロキョロと交互に見た。
暫し、三人の間になんとも居心地の悪い空気が流れる。
すると、『1歩遅かったねぇ、お客さん。この1冊しか在庫ないんだよね。』
店主はそう言うと、問題は解決したとばかりさっさとレジへ戻ってしまった。
再び、二人だけになったその空間に尋常ではない気まずい空気が流れる。
リコが向ける居た堪れない横顔を察したその男性は、リコが胸に抱える絵本に
チラリと視線を流すと、眉尻を下げ困ったような顔で情けなく笑った。
なんだかまるで泣いてしまいそうな、困り果てたような笑顔で・・・
”譲ります ”って一言、言えなくもなかったのに。
胸に抱えた絵本を掴む手にぎゅっと力が入り、何故かその時それが言えなかった。