続続々!
ほのぼの回
家に帰ってばたんきゅー。今日は最悪だった。元夫婦喧嘩に巻き込まれるわ、カレイの唐揚げを食べ損ねるわ、異母弟の前で表情見せちゃうわ、周りから注目されるわ、カレイの唐揚げ食べ損ねるわ……なんの厄日?
「まりんお姉ちゃん。入ってもいーい?」
「うん、どーぞ……って言う前から入ってたね」
「制服で寝たらシワできちゃうよ」
無視された。流架に言われて渋々立ち上がりって制服を脱ごうとする。
ちなみに我が校の制服はセーラー服だ。下に着るのが後ろにチャックがある、肌にピッタリ張り付くタイプのワンピースみたいなクリーム色を基調とした服で、トップスは前ボタンタイプで白とクリームのセーラーカラー。リボンは赤色だ。なかなかかわいい。
ただ胸が大きいとお腹と胸の間が思いっきり空いて太ってるように見えることが辛い。
で、脱ぎたいんだけど。
「……流架、そんなにジーっと見られると困る」
「チラチラなら見ていいの?」
「だめ。後ろ向いてて」
視線が痛い。
そしてそういう問題じゃないよ。このエロガキ。
流架がぷくーっと可愛らしく頬を膨らませて私を見る。かわいいだけだよ、流架。そんな顔されても流架に騙されたりしません。脱ぎません。
「まりんのケチ。お風呂には入ってるんだから、まりんの身体は隅々まで見てるよ? 見てないところなんてないよ? まりんのおっぱいはおっきくてふかふかですべすべで、ちく「いゃぁぁぁぁぁあああ!!」
慌ててベッドに座ってる流架の口を両手で押さえる。
な、なにを言うつもりだ、流架! それ以上はダメ。それ以上はいけない。子供のくせにそんなませたこと言っちゃいけません。
顔が熱い。恥ずかしかった。少しだけ涙目になりつつも、ぶんぶんと首を振る。
そしたら静かになった流架がベロンと手を舐めた。
「!!??」
「まりん。そんな顔、ぼく以外の男のまえでしちゃダメだよ」
わ、わけがわからない。そんな顔ってどんな顔?
ていうか手のひら舐められたぁ!
私が混乱してると、流架はチュッと私の唇にキスを落とした。
……落ち着こう。最近の私はちょっと流架に振り回されすぎ。
「顔真っ赤なまりんもかわいい。まりん、今日は大変だったね。せっかくのカレイの唐揚げも食べられなかったんでしょ」
「なんでそれを!」
「だから今日の夕飯はカレイの唐揚げだよ」
「もう! 流架だいすき! 愛してる!」
喜びのあまり思わず流架にぎゅっと抱き着く。もうさっきされたことや言われたことも吹き飛ぶくらい嬉しい!
きゃっきゃっと笑って抱き締めながら流架の頭をわしゃわしゃーっと撫でてると、流架の反応が全くない。
あれ? と思いながら身体を離して流架を見て、私も固まった。
「っ、」
顔が真っ赤で瞳を潤ませながら私を見てた。それを見てぎゅっと私の胸が鷲掴みにされる感覚。
……えっ。な、なに? そんなに嫌だったの? ていうか、なんというか、ちょっと色気過多!
「っ、ずるい! まりんのばか! ぼく以外の男にこんなことしたら許さないから!」
「えっ」
「早くきがえて居間にきて。待ってるから」
顔が真っ赤な流架はそう言って部屋から出て行ってしまった。
……どうしよう、この強烈な罪悪感。なんかショタコンにでもなった気分。
そんなに照れられるとは思わなかった。小学生の男の子って難しい……。
抱き着いたりなら、流架も普段やってるのに。だいすき、って言ったのがまずかった? でも流架以外には言わないのになぁ。馬鹿って言われたの地味にショック……。
しょぼんとしながら制服から部屋着に着替える。部屋から出ると、流架が待ってた。
あれ、先に行ったんじゃなかったの?
「……まりん」
「なぁに?」
「ご飯につられて、あんなことぼく以外の人に言ったりしたら、ぼくおかしくなっちゃうからね」
おかしくなっちゃうってなんか抽象的だなぁと思いながら、若干不機嫌そうな流架の頭をぐりぐりーっと撫でる。
流架はわかってないなぁ。
「ねぇ、流架」
「……ん」
「私とマリアーナにとって、流架もルカも大事な存在なんだよ。流架といるのが一番安心できるんだから、他の人にはしないよ」
なにを勘違いしてるのか知らないけど、私がある程度はっちゃけて話すのは流架にだけ。
というか友達ゼロ、家族とも別居中、居候先は我が分家の本家様。どこではっちゃけて話せと?
元王子は友達ではなくて知り合い以上友達未満というものです。
私って案外寂しい生活を送ってるよね。
ちょっと自分の私生活に切なさを感じてると、お腹にドンッと衝撃がきた。そのせいで潰れたカエルのような変な声が私から漏れる。
「ほんと、ずるい。ちょっとはぼくが男としてあなたを見てること自覚してよ……まりんのばか」
「こ、腰がぁぁぁぁああああああ!!」
私を抱き締める流架の力が強すぎて、呟くような流架の声が聞こえなかったのはしょうがない。
ほんとに腰が折れるかと思った。
「折れたらぼくが毎日こころを込めてお世話してあげるね!」
なんかこわいのでお手伝いさん呼んでください。
機嫌が直った流架と一緒に手を繋いで居間に向かう。
ちなみに食事はご当主様と奥方様と流架、そして私で食べてる。ご当主様が忙しくて一緒に食事を取れないときもあるけど、それ以外は家族全員で食べる決まりらしい。
空気を呼んで「私は廻神家の人間ではありません!」とは言わなかった。流架の姉枠だと無理矢理自分を納得させて食事してます。
「……遅かったな」
「うん。まりんお姉ちゃんが大変だったから」
「そうか。早く席に座りなさい」
「はーい」
ご機嫌な流架はにこにこと笑いながら席に着く。流架の隣が私、そして流架の前がご当主様、そして私の前が奥方様である。
なんでお金持ちの家なのにこんな小さなテーブルを囲んで食べるんだ! 漫画やテレビのお金持ちは無駄に広いテーブルで食べるのに!
ちなみに廻神家は和風テイストなので畳の上に座布団を敷いて座るスタイルである。とても緊張するよ。
「今日、なにかあったの? 真凛ちゃん」
「いえ……大したことはないです。ただちょっと忙しくて、今日は疲れてしまって……」
「そうだったの……」
奥方様は私を気に入ってくださっているらしく、よく話しかけてくれる。
だけどごめんなさい。早く流架と結婚してほしいわぁ、とか言われてもたぶんないです。その前にご当主様が流架に新しい婚約者選ぶと思います。
「ねぇ、旦那様。やっぱり真凛ちゃんにも補佐をつけない? いい護衛がいないかしら」
「……必要ないだろう」
「そーう? でも、心配だわ。真凛ちゃんかわいいもの」
護衛はいらないです。ほんとに。
おしゃべりな奥方様とは正反対の無表情ほぼ無口ご当主様は私が気に入らないらしい。私と喋ることなんて必要最低限しかなかったし。
それなのに家族団欒に入ってごめんなさい、ご当主様! できれば部屋でひとりでご飯食べます!
「お父さまの言うとおり、まりんお姉ちゃんには護衛とかいらない。ぼくがまもるの」
「まあ。流架ちゃんも立派な男性ね〜」
「うん! だってぼくがまりんお姉ちゃんの旦那さまになるんだもん」
……なにも聞かなかったことにして、黙々とカレイの唐揚げを食べる。おいしい。幸せ。ほんと流架だいすき。
食べていると、ご当主様と目があった。
口にものが入ってるので、口には出さずになんでしょう? と首を傾げると、憐れむように見られて目をそらされた。
……えっ。なにそれ。
「むぅ。まりんお姉ちゃん、どこ見てるの? お父さまと見つめあっちゃだめ!」
「まあ! だめですよ、旦那様! 真凛ちゃんは流架ちゃんのものなんですからね! そして旦那様はわたくしの旦那様なんですからね!」
私の腰に抱きついて上目遣いで私を見る流架と、ご当主様の腰に抱きついて上目遣いでご当主様を見る奥方様。
いま、すごくこの二人を親子だと思いました……。
「……流架。ほどほどにしなさい」
「ぼくはちゃんと見極めてるもん」
「まあまあ! 流架ちゃんは小さいうちから優秀ねぇ」
のほほんと話し合う三人。なにをほどほどにするのかは怖くて聞けない。ので聞かない。
「あ、そうだわ。真凛ちゃん」
「はい、なんですか?」
「あなたの元の家族が、そろそろ戻ってこないかって打診してるらしいのだけど、戻らないわよねぇ?」
その言葉にいろいろな意味で目を丸くする。
まずあっちが私を家族だと思ってることにもびっくりだし、奥方様が元の家族とか言ってることにもびっくりだし、「戻らないわよねぇ?」と聞きながらも「戻ります」って答えたら殺すみたいなピリピリした空間になってるのもびっくり。
私がこの七年、この家に住んでて、久留廻の家が私に接触したことはほぼなかった。
それが今さらなんでだろう?
チラリと横目で流架を見ると、戻るって言ったら赦さないと目が訴えていた。あの私が処刑される前に助けようとしたルカを断ったときの目である。
「えっと、戻る気はないです」
「そうだよね。まりんお姉ちゃんはぼくのだもんね。しんじてたよ!」
嘘つけよ、と。戻りますって言ったら赦さないって目が訴えてたよ、と。
言えたらいいんだけど言えない。心の中に秘めておく。
「そういえば真凛ちゃん。最近男の人に付きまとわれてるんですって? 大丈夫なのかしら?」
「あ、それはだいじょう……ぶ、です?」
カレイと睨めっこをやめて、奥方様を見るとにこにこと笑ってる。
……あれ。なんで奥方様まで元王子のこと知ってるんだろ。元王子のことを口に出した覚えもないし、流架が言ってたのを聞いた覚えもないんだけど。
「ダメよぉ、真凛ちゃん。真凛ちゃんは流架ちゃんの婚約者なんですもの。確かに若王子くんはかっこいいかもしれないけど、流架ちゃんのほうが百倍かっこよくなるわ、本当よ? だから、よそ見なんてしちゃダメよ」
「………はい」
なんで元王子の名前まで知ってたかなんて深くは聞かない。聞きません。聞かないったら聞かないぞ。
この家に来てはじめて、少し、いやすごく、とっても、廻神家こわいと思った私でした。