虚偽を信じ掲げていた愚かな私
王子が胸糞悪いかもしれんです
「お前などもう私の婚約者ではない!」
「マリアーナを反逆罪で捕らえよ!」
貴族たちが集まる中で、そう言い放ったのは私だった。
嘘か真実か、そんなものはどうでもよかった。私を慕い、私の心を救った少女が流した涙。
断罪するのには充分だと、当時の盲目なまでに私は信じ込んでいたのだ。
グレン・フォン・ディア・ペリドライト。それが私の授かった名だった。
ペリドライト王国の王太子。
生まれたときから私にはすでに婚約者がいた。同じ年に生まれたアンバー公爵家の娘。それが私の婚約者だった。
娘の魔力値は異常だった。あとで知ったことだが、世界一の魔力量だと言われたその娘は産まれたとき、自分の母を魔力を暴走させて死なせてしまったらしい。
そんな娘が王太子である私の婚約者として選ばれた理由はただ一つ。使えるからだ。
魔力を纏い、暗殺者を仕向けられても死ぬことのない娘は利用価値があると判断された。それ以来、娘は父親と早々に引き離され、王宮の片隅にある塔に入れられることとなった。
私と娘がはじめて出逢ったのは生まれてから八年経ったある日のこと。
その美しさに、当時8歳になったばかりの私は魅了された。
「ヨルゼン、どこに行くんだ?」
「いいところだ」
私と娘を繋いだのは私の親友であり、騎士を目指していた侯爵家の息子のヨルゼンだった。
ヨルゼンはそれを二年前に偶然見つけたという。
ヨルゼンに連れられてきた塔は周りを薔薇で覆われており、滅多に人の出入りはない。そんなところに何の用だと思いながらも、私はヨルゼンと共に塔に着いた。
妖精かと、思った。新緑を思わせるような柔らかな髪を風になびかせながら、薔薇を慈しむように見つめる少女。
少女はヨルゼンに気がつくと、パァッと表情を明るくさせ、私たちの元にやってきた。
「ヨルゼン!」
「マリアーナ」
マリアーナ? どこかでその名を聞いたことがあった。
マリアーナと呼ばれた少女は私を見て、きょとんと穏やかな日だまりを思い出すような瞳を瞬かせるとにこっと笑う。
「はじめての方だわ。嬉しい」
「マリアーナ、この方はこの国の殿下でグレンだ。グレン、こちらはマリアーナと言うらしい。何故この塔にいるのかは知らない」
ヨルゼンの言葉が耳に入らない。ただ幼い私は春の妖精のようなマリアーナに見惚れていた。
マリアーナが自分の婚約者だとわかったのはその日の夜だった。
当時、私は奇跡だと思って喜んだ。あの可憐な妖精が自分の婚約者だとわかったから。私のものになるのだと思ったから。
数年後、マリアーナが私のものになるのは当たり前になった。奇跡は必然になったから、それがどれだけ尊いことなのか私は思い出せなくなっていた。
マリアーナはその後もずっと王宮の塔にいた。それはきっと魔力が世界一であるマリアーナを手放さないための監禁だったのだろうけど、私たち三人は疑問にも思わなかった。
数年後、私たち三人の秘密は四人になった。マリアーナの父親が再婚し、マリアーナとは異母兄弟の弟が私たちと共に塔で遊ぶようになったのだ。
おそらく、人生で一番幸せだったときだった。
変わり始めたのはマリアーナ以外の三人が学園に通うようになってからだ。
マリアーナに会いに行けない日々が続いた。マリアーナはその魔力をすでに自由自在に操れるようにはなっていたけど、彼女はこの国の要。
学園などという周りの影響力を受けやすい場所へ長い期間通わせることを王家が禁止した。
もしもマリアーナが学園で誰かと心を通わせ、王家へと反発したら、それどころか他国の人間に恋をし、自国へと牙を剥いたら。そう考えるとまだ他人の影響を受けやすい年頃のマリアーナを学園に通わせることができなかった。
マリアーナが今も生きているのは将来私と婚姻し、その身が王家に尽くすことを決められているからに他ならない。マリアーナに対して、慎重になるほかなかったのだ。
最初に変わったのは私だ。
高等部に上がり、平民から男爵令嬢となった娘が入学してきた。娘は私が普段不満に思ってること、不安に思ってること、私の重荷をすべて下ろしてくれた。
少しずつ、その娘に惹かれていく自分がいるのがわかった。
けれど、最愛はマリアーナだった。マリアーナと逢えば、私はマリアーナに恋する一人の男になる。
それさえ変わったのは、マリアーナが暗殺者の子どもを拾ってからだ。
闇のような黒い髪に青い瞳。黒猫のようだった。ある日、マリアーナの場所に行くと、その少年がマリアーナの側にいた。
マリアーナは彼を拾ったという。
寂しかったのだろう。相手はまだ子ども。さらに暗殺者ならばマリアーナの周りの危険を排除してくれるかもしれない。マリアーナ自身が暗殺者に殺される可能性は皆無だった。日頃から彼女は結界魔法を自分に付与している。いかなる暗殺者でも、それを壊すことはできない。
私は少年がマリアーナの側にいることを許可した。
そこからマリアーナも少しずつ変わっていった。塔の中で完結していた彼女の世界が広がったせいだった。
翌年、マリアーナが学園に通うことが許された。貴族たちへの次期王妃の顔見せという理由で。
当然のように暗殺者の子どもはマリアーナについてきた。どうでもよかった。私にとってその子どもはその程度だった。
マリアーナが学園に通い始め、学園が荒れ始めた。
男爵令嬢がマリアーナに虐められたという。男爵令嬢と仲のいい令嬢たちも口々にマリアーナが男爵令嬢に詰め寄る姿を見た、と。
私もヨルゼンも義弟も、そんなことは到底信じなかった。
けれどある日、男爵令嬢が階段から突き落とされ、その階段の上で男爵令嬢を見下ろすマリアーナを私たちは見てしまった。
それからだ。おかしくなった。
周りも、私も。ただ変わらないのはマリアーナただ一人だった。
卒業パーティーの夜、私たちはマリアーナを断罪した。
マリアーナは否定もなにもしなかった。ただ困ったように眉根を寄せ、私たちを見るだけ。
マリアーナを責める私たちの口は止まらない。
私たちが正義だという自信があった。根拠もなにもない自信が。
マリアーナの処刑は滞りなく決行された。
民に石を投げられ、暴言を吐かれ、蔑んだ目で見られてもなお、マリアーナはなにも言わなかった。
その強大な魔力は死するときも暴走することなく、処刑は無事終わった。その後、マリアーナの落とされた首が何者かに盗まれたが些細なことだった。
マリアーナの処刑が終わったことを伝えたときの父王の言葉は覚えている。「案外使えぬものだったな」だった。父王にとって、マリアーナは貴族でも人でもなく、ただのモノだったのだと気付かされた。
その瞬間に込み上げた怒りの感情は私が持つ資格のないものだ。
数十年後、私たちの国は終焉を迎える。
その頃には気付いていた。思い出していた。
男爵令嬢が虚言を吐き、マリアーナを陥れたことを。私は心底マリアーナを愛していたことを。
私を殺したのは黒猫のような暗殺者。マリアーナが拾ったあの暗殺者だった。
その顔がマリアーナに見えた。
「むかえに、むかえにきてくれたのか、マリアーナ……あいしていた、すまなかった……あいして、」
「マリアーナ様の名前を呼ぶな。さっさと死ね」
最後に見えたマリアーナは微笑んでいた。
生まれ変わったときの心境をどう例えればいいのかわからない。私が自分が生まれ変わったのだと気づいたのはマリアーナとはじめて逢った年と同じ年齢だった。
最初に思ったのはマリアーナも私と同じように生まれ変わっているんだろうか、だった。
それからはマリアーナといつ出逢ってもいいように誠実に生きてきた。
マリアーナに謝れるように、マリアーナを幸せにできるように。
いるかもわからないマリアーナのためだけに生きていた。
父の母国の高校に通うことが決まったとき、そういえば同じ国にいるとは限らないなと考えた。
もしかしたら、もしかしたら。そう思いながら、私は入学式で新入生代表として壇上に立った。
あたりを見渡して驚いた。
ヨルゼンがいる。ヨルゼンの他にも義弟も、ああ男爵令嬢だったあの女まで。
それから、ハッと息を飲んだ。
そこには変わらない姿の彼女がいた。変わったのは髪色だけ。姿も、雰囲気もまるで変わっていない。
すぐにでも彼女に謝罪したかった。彼女のためになにかしたかった。
それが叶ったのは翌週のこと。
クラスの違う彼女を直接呼び出し、校舎裏に連れ込んだ。
記憶のない彼女に悲しくなって、それで安堵した。新しい彼女と新しい人生を歩めると思った。
新しい彼女を自分の手で幸せにできると思った。
「だめー。まりんお姉ちゃんはぼくのだもーん」
けれど彼女の側にすでにいたのはあの暗殺者だった。
何も変わらない容姿で、彼女のそばに。
彼女の腰に腕を回しながら、私を見つめる少年。少年の瞳の奥には強い憎悪と独占欲が読み取れた。
私を殺した人間がいま目の前にいる。
なんとも不思議な感覚だった。
その後はなにかを話す間もなく、彼女はあの少年を抱きかかえて帰ってしまった。
進展したのは彼女のことを名前で呼べるようになったこと。
「……真凛」
もう一度、チャンスがほしい。私が君の隣に立つチャンスを。
もう間違えない。もう違わない。
マリアーナ、また私は君に恋をするようだ。
真凛の笑みを思い出し、自然と私の瞳から涙が頬を流れ落ちた。
とりあえずまた完結
元騎士とか義弟とかとの絡みとかもまた書けたらと思います
あとちゃんと真凛を恋に目覚めさせてあげたい感ある
活動報告にキャラ設定書きました