欺いた私の願いごと
時間軸が戻るよ⇔
気がつくと、私は私だった。
締め付けるような痛みが私の胸を縛る。
……ああ、そうだった。なんで忘れてたんだろ。
私は最期に願ったの。
また、ルカと逢えますようにって。
苦しくて悲しくて辛くて、それでも死を受け入れて、祈った。
ルカの瞳と同じ色の空に。
ルカに忘れないでほしかった。私に縛り付けたかった。
「……ひどい、執着だわ」
ルカのことが大好きでルカが幸せならそれでいいはずなのに、私以外の人と幸せになっていたら悲しいなんて。
目覚めるとそこは保健室だった。
ああ、そういえば落ちたんだっけ。階段から。流架は大丈夫かな。頭とか打たなかったかな。
指で頬を撫でると瞳からポタポタと流れた涙が確認できた。
寝ながら泣いちゃうなんて恥ずかしい。
「なにがだ?」
「……だあれ?」
声が聞こえて、そちらに視線をむけるとそこにいたのはひとりの少年。
ルカと同じくらいの子がどうして……?
「はじめまして、だな。真凛」
「私の名前を知ってるの?」
「ああ。流架からよく聞いてる」
「……あぁ! 流架のともだ、ち?」
そういえば今日は初等部が高等部の見学に来る日だった。
健康的な小麦色の肌に黒い髪。光が射したようなグレーの瞳。でも、その少年の違和感はそれじゃなかった。
「ルカに、似てる……」
ということは流架に似てるということ。
目の前の少年はルカよりも少しキツイ顔立ちをしていて、その瞳の奥は楽しそうに笑ってる。
少年は立ち上がって、涙で濡れた私の頬を親指で拭う。
他人に触られるなんて違和感しかないのに、どうして嫌だと思えないんだろう。
ルカの夢を見てたから? 目の前の少年がルカに似てるから? 二人は違うのに。
「ああ、それはそうだろう。俺はルカの従兄弟だからな」
「……えっ」
なら、私とも一応親戚?
だけど今まで流架の従兄弟たちに会ったことあるけど、こんな少年見たことない。
「俺は九頭龍纏だ。九つの頭の龍と書いて九頭龍と読む」
「……くずりゅう?」
九頭龍なんていう親戚筋あったっけ?
うーん、と悩むけど思い当たらない。九頭龍なんて苗字は珍しいから聞いたら忘れないと思うんだけど。
それにしても、龍。前世でドラゴンはいたけど龍はいなかった。ずんぐりむっくりな4足歩行のドラゴンはいたけど、スマートで胴の長い龍は伝説だったなぁ。
私はどっちも見たことないけど。
「まあ、それはどうでもいいんだ。おまえはどうして泣いていたんだ?」
「なんだか大人の人みたいな話し方するんだね、まといくんって」
「……なんだ。かわいく話してほしいのか」
「ううん、そのままでいいと思う」
「そうか。よし、では話せ」
話したくないから話を逸らしたんだけど、まといくんには効かなかったらしい。
まといくんってルカに似てるから余計に言いたくないんだけどなぁ。
なんで泣いてたか、なんて言えるはずない。あれはぜったいに、墓まで持ってく。私があんな、あんなこと思ってたなんて。忘れたままでいたかった。
というかこれから流架とどう会えば……?
「言わなければ無理矢理口を開かせるぞ」
「まって、馬乗りはおかしいよ!」
「うるさいな。では言えばいいだろう」
最近の小学生はこんな、こんな女の人の上に馬乗りになるなんていうことしてるの!? えっち!
私が君たちくらいの頃は、頃は、子育てしてたね……脅されてたね……前世では監禁されてたね……
余計なことを思い出してちょっと落ち込む。
「子供にはまだ早いです」
「子供だと? 少なくともお前よりは歳が上だぞ」
「うそつき!」
どこからどう見ても小学生!
「子供ではなければいいんだろ? 話せ」
「いやあの、ほら夢を見ただけなんだよ、まといくん。夢見が悪くて泣いちゃうってあるよね」
「どんな夢だったんだ?」
そこまで聞いちゃうの、まといくん。
そして心なしかにやにやしてない? 楽しそうじゃない? なんて屈折した小学生!
流架ってこんな子と付き合ってるの? 大丈夫?
「あ、あの、ちがうの。なんていうかね、あの」
「うん? なぁに?」
「な、なんで流架みたいに話すのっ!」
「そっちのほうが話しやすいと思って」
にこっと笑うまといくんは流架そのもので戸惑う。
私のルカに対する汚れた思い。そんなの話せるわけない。
恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。
「……ふむ、そんな姿を見せられると、困る。そんなに淫靡な夢を見たのか?」
「いんび、いんび! そんなこと、言っちゃいけません!」
「図星か」
誘導尋問です。卑怯です。というか全然そんなのじゃないし!
顔から火が出そう。なんだこの少年は。
そういえば私ってば階段から落ちたんだよ。もっと私を労ってくれても良くない?
まといくんひどい。
「ちがうよ! そんなのじゃないから! ただ流架のこと想像以上に好きだって気付いた………………ころしてください」
泣きそう。すごく楽しそうに笑ってる目の前の少年。まといくん、目が本当に愉しそう。無表情なのに。
どうして口を滑らせちゃったかな。淫靡な夢を見たって思われるよりはマシだけど、どうしよう。想像以上に恥ずかしい。
「それは男としてか?」
「もう……ゆるして……」
「言わなければ流架に言う」
「男としてとかじゃなくてですね、こう流架そのものがとても好きなの。流架が女の子でも好きなの。守りたいの! 泣いていいか!」
「泣くな。楽しかった」
最後の一言いりますか!?
もういや。生きていけない。恥ずかしくて。
「二人とも、なにしてるの?」
羞恥心に悶えていると、そんな声が聞こえてハッとしてまといくんと声の方向を見る。
流架だ。流架だ。自分の顔がみるみる赤くなってきたのがわかって顔を背ける。
「ああ、ルカ。真凛は面白いな」
「纏、おまえなんでぼくの真凛に馬乗りしてるの。早く離れて」
「……ルカ、お前そんなにわかりやすかったか?」
「なんの話かな。ほら、離れて」
私の上からまといくんの体重が消える。
落ち着こう、私。確かに流架のことは好きだし、大切に思ってる。
だからそれがなに?
今まで通りでいい。今まで通り、私は流架の幸せのために生きればいいの。
流架の結婚式でスピーチすることが私の夢!
「流架、階段から落ちたけど大丈夫だった?」
「……そのことで、話があるんだけど」
「あれ? なんか目が怖いよ?」
怒ってる? これ、怒ってる?
本気で怒ってる気がする。目が笑ってない。
サーっと血の気が引く。流架は怒るととても怖い。え、やだ、みんな私に容赦しなすぎ。
これでも階段から転げ落ちたのに!
「じゃあ俺は帰る」
「帰らなせないよ。おまえにも話があるんだから」
「…………」
あっ、私だけじゃなくてまといくんも道連れだ。ちょっと安心。そのまま私じゃなくてまといくんのことだけ怒ってくれたらいいと思うんだけど。
「どうしてぼくを庇ったりなんかしたの」
無理でした。
「だ、だって、流架はまだ小さいんだし、危なかったんだもん」
「あのくらいの高さならぼくひとりでもじゅうぶんだって、知ってるよね?」
「うぅ……だけど、あのとき流架の様子変だったし、私がそうしたかったの!」
そう叫んで、毛布の中に潜り込む。
まだ夢から醒めたばかりで、流架の顔を直接見れない。
あと、婚約破棄のこととか、考えると、少し寂しいとか。
なんか自分が自分じゃないだけで変な気分。私は私なんだけど、今まで蓋をしていたものが溢れてきたから、自分でも混乱してるんだと思う。
あと、正直言うと、死んでもルカを独占したいとか、自分気持ち悪い。
「ねぇ、まりん」
「……なに?」
毛布の上から体重がかかる。
流架が私に身体を預けてるんだって、わかった。そのまま流架は話し始める。
「そのままでいいから聞いてね。ぼくを、もうひとりにしないで。階段から落ちて、打ちどころが悪かったら死ぬかもしれないんだよ。ぼくはまりんを失ったら死んでしまう。もう、ぼくの前から消えないで」
「……ごめんなさい、流架」
流架の言葉を聞きながら、私の胸にちらつく喜びの感情はとても汚いものだと思った。
ちなみにこのあと流架のお説教タイムは1時間を超えました。




