私は私を欺く
マリアーナ視点
私は夢を見てる。私は私じゃなくて私は私。
真夜中の月の光だけが届く塔の上で私はひとりだった。
昼間はヨルダンやグレン、マリオンが来てくれるけど、闇に閉ざされた世界ではまるで世界にひとりだけのような気がした。
数年間に私をお世話していたお母さまのお母さまは死んでしまった。私を憎んでいたおばあさま。私を恨んでいたおばあさま。
あの人をおばあさまと呼んだのはあの人が死んでからだった。あの人は決して私にそう呼ばせなかったから。
ひとりだけの世界で私は指から魔力の糸を飛ばし人形たちを動かす。
お姫さま、王子さま、騎士、魔法使い、魔法使いの使い魔の黒猫。
お姫さまはみんなに愛される私の親友。王子さまはお姫さまのことが大好きで、騎士はみんなを守る正義の人、魔法使いは少し気難しいところがあるけど優しくて、黒猫はみんなに愛される。
ひとりの世界。閉ざされた世界で私は人形たちと遊ぶ。
満月の日は魔力で作った蝶と鳥を飛ばす。キラキラとひかるそれはとっても綺麗。
ときおりさみしくなって涙を流す。
助けて、さみしい、誰か来て、連れて行って。
だけどそれが誰にも届かないことを知っていたから、私はそれに鍵をかけた。
場面が変わる。
満月が世界を照らす夜だった。少しだけ成長した私はさみしさを埋めるように、その日も蝶と鳥を闇夜へと飛ばす。
その日はいつも通りじゃなかった。
魔力でできた鳥が塔の中に侵入者が入ってきたことを教えてくれる。
「ん? だあれ?」
カランと音がして侵入者の持っていた短剣が滑り落ちる。
きっと暗殺者なのに、そんな武器を簡単に落としていいのかなって思った。
だけど、なるほどと納得する。私を殺しにきた暗殺者はまだ幼い少年だったから。
月明かりも星も出ない夜のような黒い髪と空のような透き通る青の瞳。まるで私の世界だった。
全身を黒で包んだ少年はまるで私の持っている黒猫のぬいぐるみみたい。
私の世界を凝縮したような少年に見とれていると、少年が泣いた。
透明感あふれる雨の雫のような涙が白い肌を濡らす姿はとても綺麗だと思った。
ルカは私の奇跡だった。救世主だった。私の保護すべき、庇護すべき、大切な人だった。
また、場面が変わる。
私は小さな鼻歌を歌いながら、格子の外を眺める。
きっと遅かれ早かれ、私はきっと処刑台に立たされていた。死ぬことは怖くなかった。
ただ、置いていくことが怖かった。
満月が好き。はじめて逢った日を思い出すから。蝶と鳥たちの姿が見えないのはさみしい。
「マリアーナ様」
だけど、最期にルカと逢えたのは嬉しい。
「ルカ」
私は知っていた。ルカが私に依存していたことを。ルカが私を守ろうとしてくれていたことを。
格子の外のルカに手を伸ばす。その頬に手を当てればルカがすり寄ってきた。
ルカ、ルカ。あなたは私の宝物。私の世界。
あなたがいたから私は涙を知ったよ。あなたがいたから私は広い世界を知った。
さみしいもかなしいも、あなたがいれば平気だった。
私の小さな救世主さん。
「マリアーナ様、お願い。ぼくと一緒に逃げてください」
だから、私はあなたの手を離そうと思うの。
私は微笑みながら首を振る。
大好きだから、ルカの一生をダメにしたくない。
私がここで逃げても世界は私を逃さない。私の魔力は毒だから。手に入らないのなら殺してしまったほうがいいものだから。
ルカの手を取ったら、一生逃げ続けることになる。安住の地はこの世にない。
「ど、うして、なんで!」
「ごめんね、ルカ」
「赦さない、赦さない! ぼくの手を取って、命令してよ! ここから出せって、一緒に逃げて、って!」
「……ごめんね、ルカ」
ルカは泣きながら笑って叫ぶ。
いやだ、いやだと、子供のように。
はじめて逢ったときはまるで動物のようだった。誰にも懐かない孤高な生き物。だけど私にだんだん心を許して、はじめて笑ってくれたとき、すごく嬉しかったの。
ずっと一緒にいられると思った。
ずっと、そばにいたかった。
それは紛れもない私の本心だった。
だけど私はそれを口に出すことはない。
「……いやだ、赦さない。絶対、」
「赦さなくていいよ。だから、早く忘れてね」
「っ、ぼくは、ぜったいにっ、あなたを死んでも赦さない!」
ルカはそう言葉を残すとその場から消えた。
ルカの頬に触れていた指をそっと唇に当て、手で包み込む。
誰もいない。もう、誰もいない。
もうここに私の声を聞く人はいない。
「ふっ……ぅー……」
ポタポタと零れ落ちた涙が冷たい石床にシミを作る。
私は弱い。弱い私が嫌いだった。
赦さないで、私を一生赦さないで。
私を、忘れないで。
縛り付けたかった。逃げ出したかった。その手を取って、泣きたかった。
死が怖くないなんて、嘘。死は怖い。
みんなが私を忘れてしまうことはきっと世界で一番恐ろしくて、甘美な夢だ。
誰も私を知らなければ私は私が証明できない。誰も私を知らなければ私はきっと自由で。
ルカの手を取って、それで? 塔に閉じ込められてた私がルカと逃げ出してどうなるの? 私は足手まといになりたいわけじゃない。私は自分が世間知らずと知ってる。
私はただ幸せに、平和に、さみしくない、そんな暮らしをしたかった。
グレンとヨルダンは私をもう見てくれない。私をその瞳に映しても、その瞳に映るのは別の誰か。マリオンには見捨てられてしまった。私が酷く役立たずな姉だから。
それでも私はよかった。ルカがいれば、私は平和だった。平穏だった。幸せだったから。
こんなことになるなんて思わなかったの。
これはきっとすべてを知りながら、なにもすることのなかった私の自業自得。
だから、余計に私はルカの手を取れない。
みんなが犯罪者だと私を罵る。
みんなが悪魔だと私を罵る。
みんなが死ねと私を罵る。
みんなが願う。
私は消えろ、と。
私の処刑される日はルカの瞳のようなふき抜けるような青空だった。
恐ろしい顔をした幼馴染が私へと斧を振り落とす。
ふと見た集まる群衆の中にあなたがいた。
ああ、来たんだ。きっと今から首を落とされる私は醜いから見ないでほしいな。
だけど、最期にあなたを瞳に映せて嬉しい。
そう思ったら、私は自然と笑えた。
最期に願ったのは民の平和でも、平穏でも、ルカの幸せでもない。
私のこと。
『もしも来世があるならまた』
世界だった。奇跡だった。願いだった。救世主だった。
『あなたに逢えますように』
私の世界で一番大切な人だった。
『私はきっと幸せだった』




