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君を幸せにするのが自分じゃなくても

元騎士視点


 俺の親友であったグレンと再会したのはすぐだった。

 真凛とは関わり合いになってはいけないと思っていたのに、我慢できなくなってしまった。

 一度箍が外れてしまえば、もう止まらなかった。なにも知らない彼女がときおり浮かべる笑みだけで、俺は幸せを感じる。

 それはグレンも同じだった。主人ではない、親友のグレンと再会し、お互い泣いた。男二人が泣いているのは奇妙な光景だな、と泣き終わったあとに蓮と笑い合った。


 俺たち二人が真凛の側に入り浸るようになってから、数日経ったある日のことだ。

 そういえば前世の彼女は甘いものを食べるとき、とても幸せそうだったけ。

 それを思い出して甘いものを作ってみた。彼女が喜んでくれるといい。そう思って。

 結果的に言えば、それは成功だった。


「あ、オレもちょっち貰うッスね〜」


 ただ、それは真凛を見守る影を起こした。


 真凛のために、と持ってきた渾身の出来のチーズケーキを勝手に食べられて憤慨していたら、勝手に食べた張本人である佐東に蓮と共に呼び出された。

 佐東は顔が整っていて、女に人気がある。ユリアであった早乙女もそんな佐東が気に入ってるらしく、俺と蓮、それから佐東にひっついていることが多い。

 佐東の呼び出しに、なんだと思いながら応じると、そこにいたのは佐東ももう一人。

 黒猫がいた。

 俺たちを殺したあの暗殺者。幼い顔とは裏腹に黒いなにかを腹に抱えている子供。

 あいつが真凛の側にいることは蓮に聞いて知っていた。そしてあいつが前世の記憶を持っていることも。


「久しぶりだね。真凛の側は心地いいでしょ。まるで罪が洗われるみたいで」


 幼い少年が笑って突きつける残酷な真実。


「だけどね、お前たちがマリアーナ様にしたことが許されるわけないんだよ。誰かに操られてたとしても、それを跳ね除けられなかったのはお前たちの弱さだし、死を言い渡したのもお前たちだもの。お前たちは被害者かもしれないけど、マリアーナ様にとっては加害者以外にありえない存在なんだよ、お前たちは」


 ……ああ、そうだ。知っていた。死んだ人間の生まれ変わりだとしても、真凛にマリアーナの記憶はない。許しは叶わない。

 だが、きっと、俺たちは何度も繰り返すだろう。

 俺たちにとって、あの時のマリアーナはユリアだった。マリアーナを守るために、俺たちはマリアーナを殺した。マリアーナを傷付けた人間など、生きる価値などないと考えたからだ。

 それは何度繰り返しても変わらない。だから、ユリアをマリアーナと思い込んでしまった時点で、俺はその道しか選べない。


 マリアーナにとって加害者。それが俺たちだと知っていた。

 そしてそれは一生変わらない。時の止まったマリアーナにとって、俺たちは加害者以外になりえないのだから。


「でもね、ぼくもお前たちを哀れに思ってるんだよ」

「お前がか? お前に殺されるまで、お前があの黒猫だとは思わなかった。感情の伴わない無慈悲な暗殺者。それがお前だろう?」


 蓮が無表情にそう言えば、黒猫は無垢な幼子のように無邪気に笑う。


 黒猫の名が大陸に知れ渡ったのは俺たちがまだ幼い頃だ。そう、たしか学園に入る頃。

 だからマリアーナを殺しにきたあの幼い暗殺者が黒猫だとは思わなかった。

 命令とあらば女子供問わず、赤子でさえもその手にかける暗殺者。それが黒猫だった。


「黒猫じゃなくて、今のぼくは流架だよ。廻神流架。まあ、そんなことどうでもいいんだけど。ぼくだってね、人間だもの。哀れむ気持ちはあるよ? それ以上にルカからマリアーナ様を奪ったお前たちは殺したいほど嫌いだけどね」

「「……ッ」」


 溢れんばかりの殺気が辺りに充満する。

 よく見ると、少年の目の奥は笑っていない。


 真凛のことを調べたときに聞いたことがあった、廻神。真凛の家の本家は代々続く名家廻神だった。政界にも強い財閥。裏では敵対する者たちに容赦ないという。それが廻神だ。

 真凛の家はその遠い分家。俺たちなんかよりも近い場所に生まれたのはただ単純に羨ましかった。


 廻神流架は心底俺たちを憎んでる。殺しても殺しても、何度殺しても足りないくらいに。


「本当だったらお前たちなんかを真凛の側にいさせるのはとっても嫌だけど、許してあげる。お前たちは顔がいい分、真凛の敵をたくさん作ってくれるもの。思う存分、真凛の側で罪悪感を薄めればいい。そのたびにぼくが責めてあげる。お前たちが殺したマリアーナ様に届かない懺悔をさせてやるよ。ぼくはお前たちに罪を忘れさせないよ」


 冷水を打たれたような感覚だった。

 罪を、忘れようなんてことを、しようとしたつもりはない。

 だけど、本当に? 俺は、真凛の側で確かに罪が洗われるような感覚を感じた。もしかしたら、罪がなかったことにできるんじゃ? そう考えたことはなかった?


 情けないことに、泣きたくなった。

 おそらく蓮も同じ気持ちだろう。俺と蓮は眉を下げて黒猫を見る。


「ははっ、情けない顔。ぼくみたいな子供に責められて反論できないなんて。ねぇ、真凛の側にいることは許してあげる。だけどね、真凛に期待なんてしないでね。真凛はマリアーナ様の生まれ変わりでも、マリアーナ様にはならないんだから。お前たちは赦しを得ることも、初恋が叶うこともない。あははっ、本当に哀れだね」


 一人楽しそうに笑う目の前の少年がまるで堕天した悪魔のように見える。けれど、それを批難するなんてできやしない。

 きっと、黒猫(ルカ)黒猫(暗殺者)に戻したのは俺たちだ。マリアーナと共にいた黒猫は確かにルカだった。幸せそうに笑うただの少年。その幸せを壊したのは俺たち。

 俺たちに、ルカに逆らう資格はない。

 復讐は正当だった。俺たち全員が、マリアーナ様を失えばその道を歩く。ルカが間違っていたとは思わない。

 そう考えるのは隣にいる蓮も同じで、ただただ俺たちは押し黙ったまま。


「お前たちは許してあげる。真凛の側にいることを。もちろん楽の味見付きで真凛に差し入れすることも許してあげる。でもね、ぼくはマリオンだけは赦さない。マリオン、ああ、今の名前は公咲桃真だっけ。真凛と同じ漢字が入ってるなんて生意気だよね。あいつを近寄らせないでよ。見て見ぬ振りをしたあいつを、マリアーナ様が許してもぼくは赦さないから」


 どこか、遠いところを見てそう言い放つ目の前の少年に鳥肌が立つ。

 ああ、きっと俺たちは逆らうことはしない。恋をしても、叶うことは望まない。


 ただただ真凛が幸せに、と願うだけだ。


 だから

「……もう、めんどくさい。三人でちゃんと話し合ってきてください! 話し合って、話が纏まるまで私のところに来んな!!!!!」

 我慢できなくなった真凛がそう叫んだとき、少し笑った。


 ああ、もう真凛には我慢なんてする必要がないんだと。

 マリアーナは我慢して、我慢して我慢して、すべてを抑え込んでいた。だけど、もう真凛は我慢し続けることはしないんだと思うと、嬉しい。


 近寄るな、と何回言っても聞かない早乙女と、蓮と一緒に廊下に出る。

 いい加減にしてほしかった。ああ、なんでこの女にヨルダンの記憶があることを伝えたのか。考えなしだった自分を殺したい。


「なんなのよ、あの女!」

「……」


 蓮の早乙女を見る目はどんどん冷たくなっている。それに気付かず、早乙女は騒ぎ立てる。


「私は蓮の奥さんなのに! 蓮もなんであんな女と一緒にいるのよ! 浮気なんて最低! あなたは私のものなのに! 夜瑠もよ! 蓮も夜瑠も私のことが好きなんだから!」

「……虚言癖があるのか、お前は」


 低い声で、小さな声なのに、蓮の声が廊下に響いた。シン、と静まり返る廊下。

 視線が集まる。その中に、マリオンの姿が見えた。


 蓮は、グレンはあのことさえなければ立派な王となった。人に与えるものであると、そう感じる。

 ただひとつ、マリアーナのことさえなければ。

 俺が王宮から去った後、マリアーナのことを思い出したグレンは別人のようになったらしい。残虐非道の王。それがあの国を滅ぼした直接の原因である王だ。

 あの戦争は確かにひとりの人間の復讐が始まりだったのだろうが、周りにとっては愚かな王を引き摺り下ろすための戦争だっただろう。


 グレンは確かに愚かな王だったかもしれないが、マリアーナのことさえなければ覇王となっていた人間だ。

 蓮には、人を従わせる才能がある。


「お前は馬鹿か? 私はお前のことなど知らない。私と夜瑠の周りをチョロチョロとうっとおしい。気持ち悪いぞ、お前。私の名を呼ぶことは許していない。いい加減にしなければ私はお前を家ごと潰すことになるが」

「な、ちょ、夜瑠!」

「俺の名前も呼ばないで。俺は、お前のことをなんとも思ってないし、これから先も思うことはない。いい加減、俺に触れるのもやめて。気持ち悪いし、吐き気がする」


 縋るような瞳を俺に向ける女をばっさりと切る。

 その目も、抉り出したいくらい気持ち悪い。その瞳を抉り出して、潰してやりたい。喉も潰して、水の中に埋めてやりたい。


「……殺したいくらい、お前が嫌い」

「夜瑠」

「ああ、ごめん。少し言いすぎた、蓮」


 ポツリと本音を漏らせば蓮に注意された。

 けれど殺気は収まらない。一度憎くて憎くてたまらない気持ちがどろりと溢れだしてしまったら、それは止まらない。

 夜瑠、ともう一度蓮に名前を呼ばれる。

 大丈夫、大丈夫。その意味を込めて頷く。


「なんでよ、私は、あたし、だって、あんたたちの、」

「私たちがお前のなんだ? それ以上言えば、どうなるかわかるだろう? 私は世界屈指の財閥の跡取りであり、夜瑠は現警視庁トップの孫ですでに刑事たちと共に数々の事件を解決している。家の力を使うのは癪だが、使えるものはなんでも使うぞ、私は」


 壮絶な笑みを浮かべる蓮に女が小さな悲鳴をあげ後ずさる。


「私たちにこれから近寄るな、いいな?」


 蓮がそう吐き捨てるようにいうと、早乙女は悔しそうに逃げ出した。



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