完!
全2話
物語が始まる前に終わる
「お前などもう私の婚約者ではない!」
煌びやかな場所でそう言われた。
それだけならまだよかった。
「マリアーナを反逆罪で捕らえよ!」
そんなこんなで、私は死んだのだった。
というなんだか散々な前世を思い出したのは今世の8歳の春。
本家にて、1歳の誕生日を迎えた本家のご子息とお会いしたときのことだった。
「あぅ、あー!」
「まあまあ、流架ちゃんは真凛ちゃんのことが気に入ったのかしら」
奥方様の目にはこの私の引きつった笑いが目に入らないらしい。
本家のご子息。流架ちゃん、なんて呼ばれてるけど、立派な男の子である赤ちゃんは、私が前世で拾った暗殺者の少年……だと思われる。
名前が一緒だし、目元のほくろも一緒だ。
いやだけど、いやいやいや。
「ゃー! まー! まー!」
「この子が暴れるなんて珍しい。ねえ、真凛ちゃん、ちょっと抱っこしてみない?」
「わたし、落としたらこわいから……「ゃぁぁあああああ!!!」
遮るように叫ばれた。赤ん坊は奥方様の腕の中でジタバタと暴れまくり、私へと手を伸ばしてくる。
なにこれこわい。
「しょうがないわねぇ。真凛ちゃん、おいでなさいな」
「えっと、」
「行きなさい、真凛」
「はい……」
両親に助けを求めたけど、そもそも分家筋の人間が本家筋の人間に逆らえるわけがなかった。
おとなしく奥方様とご当主様がいる上座へと上がる。
今挨拶してるのが我が家だけでよかった。他の家の人たちに見られたらなに言われるかわかんない。だけど、ご当主様がなにも言ってこないのも怖い。
「まー」
「わっ!」
「あらあら、流架ちゃんったら」
体当たりするように抱きつかれて、そのまま倒れそうになる。なんとか耐えたけど、重い。赤ちゃんって重い。
あとこれ絶対ルカだ。なんとなくわかる。これ、ルカ。
前世で私がたまたま拾った暗殺者で、まだ少年だったルカだ。私が死刑になるときに私を逃がそうとしてたから、それを断ったら「絶対許さない」と呟いてたルカだ。
えっ、こわ。今思い出したけど、私許されないじゃん。こわっ。
「ほら、真凛ちゃん、流架ちゃんの名前呼んであげて」
にこにこ顔の奥方様に促されて、断ることもできずにルカと目を合わせる。
なにかを期待するような青い瞳。空を切り取ったような瞳は変わらない。
「ルカ……くん」
「きゃーっ!」
「まあ、あなた!ルカがこんなに喜んでるわ!」
「……ああ、そうだな。真凛」
「は、はいっ、ご当主さまっ!」
「流架はお前が気に入ったらしい。今日一日は流架の側にいてくれるか?」
拒否なんて選択肢にないんですよね、知ってます。
「はい、ご当主さま。こうえいです」
「まーぅ!」
久留廻 真凛、8歳。私の今世の運命は今日この日に確実に変わった。
月日は流れて私15歳、流架が8歳。
流架が1歳の誕生日のときに私から離れることを断固拒否したため、その日から私は本家預かりになった。
両親とは特に仲は良くも悪くもだったから、両親の決断は早かった。いくら本家に言われたからってその日のうちに子供を預けるってどうよ。定期的に元の家にはお金が入ってるらしいし、あれ? 私って売られた?
……まあ、私には妹もいるから姉一人いなくなってもよかったんだと思われる。ちなみに妹は流架と同じ年齢だ。
本家預かりの身になった私は、まず学校が変わった。ただの一般の学校から、お金持ち学校へ。
前世を思い出さずとも、前世のような性格だった私に友達はいなかった。前世でも友達はいなかった。前世も今世も友達がいないとかもう可哀想。
けれどそれがよかった。
前世を思い出した私は、剣も魔法もない世界で魔法が使えるようになってしまったのだ。絶対今は必要のない魔法。たぶんだけど、前世では隔離されるほど魔力があったから、その影響かなと思われる。
この魔力、定期的に発散しないと熱が出るから厄介だった。
なんてポンコツ設定。
そんなポンコツ設定で友達なんて作れるはずもなく、私はぼっちです。別にいいけど。
で、問題はそんな周りの環境よりも元凶だった。
「まりんおねーちゃん、おかえりなさいっ」
にぱっと天使の笑顔で私に駆け寄る悪魔。もとい廻神流架。
私の家の本家の当主の息子。つまり、次期当主が確実となっている少年である。
私の腰に抱きついてきた少年が私のその年にしては豊かな胸に擦り寄る。
ちょっとセクハラですよ、息子様。
「今日はどうだった? 高校、いやなことありそう?」
「ただいま。なんであることが前提なの」
私の冷たい態度に流架は気にした様子もなく、座った私の膝の上に向き合うような形で座る。
おっぱい触ってもいい? ふざけんな、クソガキ。
私の胸に手を伸ばす流架の手をぱしんッと叩いて下させる。ケチィと唇を尖らせる流架はただかわいいだけ。女の子顔負けだ。
私の質問に流架はいじやけたような顔を一変させて、にぱぁっと笑う。
「だって、マリアーナさまを殺したあの王子が通うんだもん」
「……知ってたの」
「まりんさまのことをぼくが調べないとおもう?」
やだ、この8歳怖い。
流架はルカの記憶を持っていた。私と同じである。私が隠していたのに、流架は自然と私に聞いたのだ。
「マリアーナさま、今日は殺してほしい人いる?」と。
マリアーナであったとき、暗殺者であったらルカはよく私に聞いてきたそれ。ちょうどそのとき学校の宿題をしていた私はその質問に考えるまでもなく自然と答えていた。
「いないわ。今日もルカは私と一緒にいてね」と。
自分の失言に気付いても、後の祭り。
ハッと振り向いてルカを見ると、ルカはにんまりとおおよそ天使の笑顔とはかけ離れた悪魔の笑みを浮かべていた。
そのあとはもうあれよこれよと、ルカの手を取らなかったことを責められ、なぜか今度は私が流架に生涯仕えることを約束させられた。
ちなみに当時4歳の子供である。怖い。
私が半泣きになったのもしょうがないと思う。
あんなに責めなくてもいいじゃんね!
思い出すのはやめよう。私の精神のために。
そんな私ももう高校生。今日は入学式でした。高校は今まで通っていた小中高一貫のお金持ち高校だ。
そんな私の高校の入学生代表で壇上に上がったのは前世で私を無実の罪で処刑した王子様でした。つらみ。
今までいなかったのにどうして来た!
そう文句を心の中で叫んだ入学式。今世の奴の名前は若王子蓮。今世でも王子かよ、ケッと思ったのは秘密。
そんな若王子は今まで外国に住んでいて、高校になって戻ってきたらしい。
ちなみに今まで関わってはいないけど、王子命だった元幼馴染の騎士がいることを私は知ってる。
今まで怖かったので息を潜めていました。嬉しいことに、私の学年にはとても目立つ人物がいたから私は目立たないで済んだ。勉強だって中の上を維持しましたとも!
今まではそれで済んだ。でもね、嫌な予感がするのです。
だって、あの王子と目が合ったんだもん。こわい。
小さくため息を吐くと、膝の上の流架が小さな手で私の頭を撫でる。
「……まりんさまは、アイツのことがまだ好きなの?」
流架は二人きりになると私のことをさま呼びする。
次期当主がそれでいいのかと思うけど、しょうがない気もする。
流架はルカが抜けてない。それはきっと私のせいなんだと思う。だから、それを無視して流架に答える。
「いや、元から好きじゃなかったからね?」
「でも、」
「マリアーナのときに婚約してたのはそれが王命だったから。マリアーナが魔力の量多過ぎたせいで、婚約か殺すかだったからよ」
「ほんと……?」
「本当。安心した?」
「うん……」
俯く流架の頭をポンポンと撫でると、胸にすり寄ってくる。胸触るのやめてって言ってんのに。まあ、しょうがない。
マリアーナは本当に魔力が多かったのだ。マリアーナの魔力の多さは異常だった。
それゆえに、マリアーナは王家に監視されていた。王子との婚約もその一貫。魔力が異常に多いマリアーナは本来なら殺されるところ、王子との婚約によって生かされていたのだから。
王子が無実の反逆罪で私のことを処刑したのは許さないけど、もしも処刑されてなくてもどっちにしろ殺されてた私はなんとも言えない。
ルカはそんなマリアーナがたまたま拾った暗殺者の子供だった。ルカが、暗殺者だったのだ。曰く、他国の暗殺者で魔力量の多いマリアーナを殺すために来たらしい。
そんなルカを返り討ちにしたマリアーナはルカを拾った。拾って、殺されてあげるけどまた今度と言った。
ルカはそんなマリアーナに反発しつつも、やがて懐いた。
「ねえ、まりんさま」
「ん、なぁに?」
膝の上に座る流架を撫でながら、机にあった飲み物を手に取る。
喉乾いてたんだよね。ラッキー。
「じゃあ、ぼくとけっこんしてくれるよね」
「ぶはっ! げほっ、げほっけぼっ!……は?」
思わず飲み物を吹いてしまった。慌てて拭う。
何言ったの、流架は。変な言葉聞こえたんだけど気のせい? 気のせいでいい?
「ずっとずっとマリアーナさまのことがすきだった」
「そ、そう」
「ぼくがあのクソ王子からマリアーナさまを救いたかった」
「へ、へ〜」
いつの間にか立ち上がった流架が私の両頬に手を添える。
な、なんかまずいんですけど。流架から離れようと身体を反らせるけど、どんどん近付いてくる。
このさい流架がクソ王子なんて言った言葉は気にしない。気のせい気のせい。
「る、流架。私とマリアーナは違うから、ね? 落ち着こう?」
「やだ。むり」
「えぇ……」
片手で流架の胸を抑えて、もう片方の手で身体が倒れないように畳をおさえる。
「ずっとずっとすきだった。1歳のときまた貴女とあったとき、もう離さないってちかった」
「そんなときから記憶あったの!?」
「生まれたときからあった」
なにそれ初耳。驚愕の事実にぼけっとしてる私を無視して流架は続ける。
「まりんさまがぼくの分家なら、本家には逆らえないよね?」
「ちょ、」
「まりんさまのこと、ぜーったい逃がさないよ」
力が抜けて、畳の上に倒れる。そのすきに流架が私に馬乗りになって、そのまま私に口付けた。
「んっ」
「……キス、しちゃったね」
「………」
「高校生の女の子が小学生の男の子に手出しちゃったね」
「………」
「責任、とってもらわなくちゃ」
語尾にハートでもつけるように弾んだ声で話す自称小学生にサーッと血の気が引いたのは悪くない。