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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

剣聖と勇者

それが私の恋の終着点

作者: 鈴森一

 魔物の血と脂がこびりついた剣を手に、私は戦場を駆けた。

 勇者の指示が飛ぶ。仲間たちがそれに呼応して動き、魔物をまた一体また一体と倒していった。

 ――私もそんな、勇者の仲間の一人だ。


 彼らと共に旅をして、もう何年になるだろうか。激しい戦いの毎日の中で、そういった時間の感覚すらすでに希薄となっている。


 そうして今日も戦いが終わる。

 魔王の居城が近いせいか、最近は魔物との戦いがより一層厳しいものになっていた。仲間たちもずいぶんと消耗しているように見える。

 野営のために、私は周囲の安全確保を買って出た。

 そうして近くの水場までやってくる。


 ふと見た水面に映っているのは、自分の姿。

 それを見たのはいつぶりだろう。

 日に焼けていて、体中が傷だらけだ。短く切ったはずの髪も、いつの間にか肩くらいまで伸びていた。それにしたってボサボサで、見るに堪えない。

 疲れからか、瞳もどこかどんよりと淀んでいる。

 

 ――ああ、全く。醜いなぁ。


 こんな姿で恋をしているなんて言っても、笑われるだけだ。




 私の生まれ故郷は魔王の軍勢に滅ぼされた。

 ただ一人生き残った私は、その憎悪を糧に剣の腕をひたすらに磨いた。

 勇者と初めて出会ったとき、私の戦い方を見た彼は「憎悪で戦ってはいけない」と私に言った。

 私には彼の言うことが理解できなかった。憎悪で戦おうが無感情で戦おうが、同じことだと思った。だって、どうせ殺すのだから。

 それでも彼と旅を続けるうちに、少しずつその言葉の意味が分かるようになった気がする。

 勇者は守るべきもののために戦っている。大きなものを背負いながら戦っている。その強さの糧は悲しみだ。


 そして、そんな勇者は約束してくれた。いつか魔王を倒したら、私の故郷の復興を手伝ってくれると。

 ――嬉しかった。

 きっと魔王を倒した後はそんなことをしている暇なんて勇者にはないけれど。

 別に、果たされない口約束でも構わないと思った。


 そうして彼と共に戦って、彼の心に触れていくうちに、私は彼の力になりたいと思うようになる。

 彼の心を覆う悲しみを、癒せはしなくても、せめて共に背負えたらと。

 そのときは気付かなかったけれど、たぶんそう思うようになったときが、私の恋の始まりだった。


 それでも私は、この恋が実らないことを知っている。

 それは別に私に魅力がないからとか、そういう話ではなく。単に勇者には婚約している相手がすでにいるからだ。

 その相手というのは、とある王国の姫君である。

 肌は透き通るように白く、傷一つない珠のようで。その長い金髪もよく手入れされていて、瞳もキラキラと輝いている。

 それでいて心優しい性格をしており、誰からも愛されている正真正銘のお姫様。

 ――私だって彼女のことは好きだ。

 私の持っていないモノを全て持っている、そんな恋敵だとしてもそれだけは変わらない。

 自分の心に嘘はつけないのだ。


 そう、嘘はつけない。

 だから私は結ばれないと知りつつも、勇者のことを好きで居続けるしかない。

 けれどこの旅も、近い内に終わりを告げる。

 思えば過酷な旅だった。何人もの仲間たちが犠牲となった。

 そんな彼らの思いも、魔王を倒せばきっと報われる。それで全てが終わる。

 そして、私の恋も――。



「交代の時間だ」


 見張りに立っていた私に、勇者が声をかける。


「そう」


 そっけなく答える。私はいつもこんな感じだ。ずっと素直になれないままここまで来てしまった。

 それにしたって、今さらな話だけれど。


「……もうすぐ、この戦いも終わるな」


 確かに魔王の居城はもう目の前だ。だから勇者もそんなことを言ったのだと思う。

 正直、らしくないなと思った。


「目の前の戦いに集中しないと、足元をすくわれる……勇者がいつも言っていること」

「……それもそうだ」


 魔王は強大な力を持っているけど、今の私たちなら勝てる相手だ。けれど、気を抜いていて勝てるほど甘くはない。

 おそらく勇者としても、早くこの戦いを終わらせたいと思って、少し焦っているのだろう。

 辛く、長い戦い。

 事実、私たちはもう心身ともにボロボロだ。

 だから早くこの戦いを終わらせて楽になりたいと、そんな気持ちがないと言えば嘘になる。


「それじゃあ私は眠るから……見張り、頑張って」

「ん、ああ……ありがとう」


 そういって私は見張り場を離れ、野営のテントに向かう。

 そうしてすでに眠っている仲間たちを起こさないように、静かに床に就いた。


「ねえ」

「……何」


 気を遣ったつもりだったけど、起こしてしまったのだろうか。

 あるいは、最初から起きていたのかも知れない。

 声をかけてきたのは仲間の中で治癒術師を務める女性だった。みんなのお姉さんといった立ち位置で、仲間内でも信頼が厚い。


「勇者様に、好きって言わなくていいの?」

「…………」

「魔王との戦い、全員が無事に帰れる保証はないのだから……悔いは残すべきじゃないと思うわ」

「……分かってる」


 分かってる、そんなことは。

 魔王との戦いは、きっとこれまでの戦い以上に熾烈を極める。今までに犠牲となった仲間たちのことを考えれば、今回で犠牲が出ないと考える方が甘い。


 ――そして十中八九、最初に死ぬのは前衛の私だ。


 けれど、そんなことはすでに覚悟している。今さら命惜しさに足がすくむなんてこともあり得ない。


「だったら――」

「ねえ」


 何かを言おうとした彼女の言葉を私は遮る。

 彼女に何を言われたところで、私の気持ちも、思いも、覚悟も。

 それらはもはや、変わることはない。これはそういう宣言だ。


「……何?」

「もし私が死んだら……勇者は泣いてくれるかな?」

「そんなの……泣くに、決まっているでしょう?」

「……だったら、私はそれで充分」


 ――私がいなくなったことで、勇者の心に傷が一つでもつけばいい。


 そんな私の願いは、きっと何よりも醜い。

 でも世界を救おうという勇者の仲間だなんて言っても、所詮は人間だ。

 だから醜くて、弱い。


「……そう。貴方がそう言うなら、もう何も言わないわ」

「…………ありがと」


 彼女はそう言って、私の弱さも醜さも尊重した上で受け入れてくれた。

 本当に私は、良い仲間に恵まれたと思う。

 正直、世界のためとか言われても私はあまりピンと来ないのだけれど、そんな仲間のためになら戦える。

 ――それこそ、命がけで。

 そんなことを言ったら、勇者は怒るかな。……うん、怒る。

 でも、私に出来ることなんて、最初からそれくらいしかないのだ。

 だから、ごめんね勇者――。


 ――こんな私の弱さを、一つだけ許してほしい。






 ――なんてことを思ったのが、三か月ほど前。


 どうしたことか、私は生き残ってしまった。というより、あれから魔王を倒すまでの間に仲間の犠牲が出ることはなかった。

 私たちも消耗していたが、それ以上に魔王側が消耗していたということなのだろう。かつては世界を震え上がらせた強大な魔力の持ち主も、長きに渡る戦いでその魔力を使い果たしつつあったのだ。


 そうして勇者が魔王を討ちとって、世界に平和が戻った。


 その後、凱旋を果たした勇者一行は、パーティーだのパレードだので引っ張りだことなり、世界中を巡ることになる。

 ――正直言って、勘弁して欲しかった。

 ずっと不安だった民衆のため、というのは分かる。

 分かるのだけれど、やっぱり私はそういうのに向いていない。


 王城の侍女に慣れない化粧をさせられ、髪も綺麗に整えられ、ピカピカのドレスを着せられて。

 そんな格好で人前に出て、笑顔で手を振って――そういうことは、お姫様がやるべきなのだ。


「……なんだ、いい顔で笑えるじゃないか」

「……うるさい、バカ勇者」


 勇者にそうからかわれたこともあったけれど、パレード用の馬車の上で暴れるわけにもいかず、足を踏んで抗議するくらいしか出来ないし。




 そんな風に慣れない環境に振りまわされて、ようやく解放されたのがつい一週間前の話だった。


 ――さて、そろそろこの仲間たちともお別れかな。


 みんな、それぞれにやるべきことや帰るべき場所がある。

 生きている限りはまた会うこともあるだろうけれど、世界は広い。

 次に会うのは何年後になるだろうか。

 勇者も、きっとあの王国のお姫様と幸せになるのだろう。


 そんなことを考えていた矢先――勇者が失踪した。


 残された手紙には、「探さないでください 勇者」とだけ書いてあった。


 ……バカなの?




 ――そして、ここからが今の話。


「見つかったか」

「……やっぱり、バカだった」


 私は自分の故郷に帰ってきた。これからは、故郷の復興が私のやるべきことだったからだ。

 そうしたら、そこに勇者がいた。まさかという気持ちと、ああやっぱりという気持ちがあった。


 勇者は、私の故郷の復興を手伝うなんていう口約束をバカ正直に果たそうというのだろうか。

 私ですら一切期待していなかったというのに。


「お姫様はどうするの?」

「ん、ああ。あれは大臣とかが勝手に言ってただけで、俺は婚約した覚えなんてないんだよ」

「でも、お姫様に勇者は告白されてた」

「だから何だよ? 俺くらい強いイケメン勇者となれば、モテて当然だろ?」


 ……何だろう、少し殺意が。


「というか王宮で暮らすなんて俺には似合わないの。お前なら分かるだろ?」

「……でも、王宮で暮らせば一生不自由することはないのに」

「不自由しかないだろ。義務に責務、常に先頭に立って国民を引っ張っていかなきゃならない。俺には無理だよ」

「……確かに」

「確かに言うな」


 自分で言ったのに、勇者は少しわがままだ。


「でも、それじゃあ、これからどうするの?」

「もちろん、お前を手伝うよ。約束だろ?」

「……そうだけど」


 確かにそうだけど、本当にそれでいいのだろうか。

 もう誰もいない、私の故郷の復興なんかに、勇者ほどの人間を付き合わせてしまっても。

 この世界にはもっと他に、勇者のすべきことがあるのではないだろうか?


「なあ、今何を考えてる?」

「……勇者の有効活用について」

「ははは、やめとけって。お前頭良くないだろ?」


 ……確かにそうだけど。


「大体、一人でどうやって街を復興させるつもりなんだよ。いくら勇者一行として得た富と名声があるとは言っても、一体何から手をつけるつもりなんだ?」

「それは…………」


 確かに勇者の言うとおり、私には何一つとして見通しがなかった。

 世界中の国々から魔王討伐の褒美として莫大な財産を貰っているから元手はあるけれど、それにしたってちゃんとした使い道を考えなければ意味がない。


「……それだって、元を辿れば本当はどこか別の街に預けて教育を受けさせなければいけない年齢だったお前を、危険な旅に連れ出した俺の責任なんだよ」

「それは私が連れて行ってと言ったから」

「ああ。そして俺はまだ10歳のお前を仲間に入れた。お前の剣の腕が惜しくてな」

「………………」


 あのときから、もう4年が過ぎている。今の私は14歳、勇者は22歳。

 普通なら学校に通っているはずの年齢だった私は、その4年間死と隣り合わせの世界で剣を振り続けた。

 だから私には剣しかない。

 世界が平和になって私から剣を取り上げたら、残るのは何も知らない生意気な少女だ。


「いや、そもそも俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。そりゃ責任だとか罪滅ぼしって感情が全くないと言えば嘘になるが……それでも今俺がここにいるのは、あくまで俺がここにいたいからなんだよ」

「……どうして?」

「え、どうしてってそれは……」


 私が尋ねると勇者は少し困ったように視線を泳がす。

 ……うん、本当は分かってる。

 醜くて、弱くて、何も知らない私だけれど。


 ――その感情は私にとって、とても身近なものだったから。


「私、頭が良くないから、ちゃんと言葉にして言ってくれないと分からない」

「くっ、お前、本当は気付いて――」

「ねえ、早くー」


 そんな感じで勇者をしばらくからかっていると、ついに吹っ切れたのだろうか。

 勇者はまっすぐに私を見て口を開く。


「――俺はお前のことが好きなんだよ。だから放っておけない……ただそれだけだ」

「ん、よく出来ました」


 照れくさそうにそう言った勇者に、だから私は満足して微笑んだ。

 こうして勇者一行の旅は終わりを告げ、私と勇者は新たな道を歩んでいくことになった。




「ねえ、元勇者」

「元勇者言うな。何だよ?」

「勇者が死んだら、私は泣いてあげるね」

「……? ……なんだそりゃ」

「私を泣かせたくなかったら、長生きしようね」

「よく分からないけど、長生きは得意だぞ。まだやったことないけど」


 そんな適当なことを言う勇者と二人で、とりあえず私は幸せに故郷を再建中です。


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