二人の距離(7)エピローグ
翌日、朝の登校時。
家を出たトモとメグは人通りのほとんどない道を、いつものように手を繋いで歩いていた。
メグは繋いでない方の手に単語帳を握っている。
「コンペア。コンシダー。コンポーズ」
「意味は?」
「ええっとね、比較する。考える。構成する……だっけ?」
「うん。合ってる」
「よし!」
メグがガッツポーズを作った。トモがくすくす笑いをする。
「あ、なんで笑うかなあ?」
メグが頬を膨らませた。その時、
「あれ?」
道の先の人影を見つけてメグが声をあげた。
「わーい。優奈さーん」
手を振ってメグが優奈を呼ぶ。優奈も軽く手を振って答えた。
「どうしたの、優奈さん? こんな遠回り?」
「もしかして、僕たちを待ってた?」
優奈は頷いて答えた。
「うん。そう。電話してもよかったんだけど、直接三人で話したくて……」
「なに?」
「あのね……」
そう言って、優奈は昨日起こったことを二人に話した。山岸に自分の秘密を話してしまったことを。
メグが驚いたように言った。
「え? そんなことがあったんだ?」
「ふ~ん。山岸がね」
「あは、びっくりだね」
二人の反応に優奈は尋ねた。
「どう思う?」
「山岸のこと?」
「記憶のこと?」
「うん」
トモとメグは山岸のことを思った。
ここ数日の優奈に対する彼の真剣な態度。そして今聞いた彼の話。たぶん、きっと……
「大丈夫じゃないかな?」
「心配いらないと思うけど」
二人の言葉に優奈がふっと息を吐いた。
「そう思う?」
「うん」
トモが答える。
「もし不安なら、わたしが山岸くんに釘をさそうか?」
メグが言った。
「え? ああ、そう?」
優奈が小さく苦笑する。
もしそうなったら、山岸くん、またメグを苦手になっちゃうかな。
ちょっと、かわいそう。
そう思った。
三人が一緒に教室に入ったときには、すでに山岸は来ていた。
三人の姿を見て腰を浮かす。メグがひょいひょいと手を振った。
山岸がちょっといやそうな表情を浮かべて引っ込める。そのまま席を立って三人の所にやってきた。
「お、おはよう」
「おはよう、山岸くん」
優奈の挨拶に山岸の頬が弛む。
「聞いたよー、昨日のこと」
「うっ」
メグの言葉で固まった。
「山岸くん、ちょっと見なおしたよ」
「お、おう。そうか?」
なんとなく照れる。
「それでさあ、優奈さんのこと……」
メグの声のトーンが変わる。
「誰にも、いっちゃ、ダメだよ」
その声は真剣さに満ちていた。
「もちろん」
山岸は反射的に答えていた。
「そんなことするもんか」
「うん。それならいいよ。ね?」
メグが笑顔を見せながら、優奈とトモを振り返る。二人が頷いた。
「約束だからね。破ったら、ただじゃおかないから」
笑いながら付け加えるメグ。その笑顔とは裏腹に、破ったら本当にただではすまない気がした。
山岸はげっそりと肩を落とす。
でも、傍らで苦笑している優奈の笑顔を見ていたら、そんなことどうでもいい気がしてきた。
山岸は、自分もいつの間にか笑い出しているのを感じた。
番外編 二人の距離
おわり