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二人の距離(6)

「な? なに? どうして山岸くんが?」

 優奈は慌てて山岸の側にしゃがみ込んだ。

 顔をあげた山岸が表情を苦痛に歪めながらも、腕を伸ばして優奈を自分の後ろに庇おうとする。

「山岸くん?」

「下がって……」

 山岸は苦しい息でそう言った。汐伯が近づいてくる。

「なにもの?」

 もう一度彼が訊く。

「お、おまえこそ、誰だよ!」

 少し震える声で山岸は言い返した。

「山岸さん……優奈のお友達だそうですよ」

 高い声がそう答える。ビクッとして慌てたように山岸は振り返った。

 そこにいるのは優奈のはずなのに、その声は彼女の声ではなかった。

「そうですよね?」

 山岸は混乱した。

 一体どうなってるんだ? この子は優奈に違いないのに、でも、この声は?

「きみは……誰?」

 状況も忘れて山岸は優奈をまじまじと見つめた。

「みつきです」

「山岸くん」

 同時に二つの声が聞こえた。一つはさっきから聞いている彼の知らない声、もう一つはよく知っている優奈の声だった。

「な、なに?」

 どこから優奈の声が聞こえてきたのか? 目の前にその少女がいるはずなのに、山岸はキョロキョロと辺りを見回した。

「竹宮さん?」

 恐る恐る呼んでみる。

「うん。あたし」

 目の前の少女が確かに答えた。

 その瞬間、山岸は思わず少女を抱き寄せていた。よかった。竹宮さんだ。

「ふえ?」

 いきなり抱きしめられて、優奈はとびあがりそうになった。

「あ? え? あの、や、山岸くん、ちょっと……」

 慌てて体を引き離そうとする。けれど、背中に回された腕が振り解けない。

「ね、ねえ、山岸くん、放して……」

「離させましょうか?」

 傍らに立った汐伯が冷静に言った。その声に弾かれたように、優奈を抱きしめていた山岸が自ら立ち上がった。

「竹宮さん、逃げて!」

 そういいざま、再び汐伯に飛びかかろうとする。

「山岸くん、待って!」

「汐伯殿、控えてください!」

 二つの声が同時に響く。その声で山岸はビクッと立ち止まり、汐伯は片膝を折って控えた。

 優奈が山岸の腕を取って体を向けさせる。山岸の表情にはひどい困惑があった。

「山岸くん……」

 山岸は優奈を見、控えている男を見て、もう一度優奈を見つめた。それから頭を軽く振る。

「ど、どうなってるんだ? さっきの声……どうして違う声が同時に聞こえたんだ? 俺、おかしいのかな? それとも、腹話術かなんか?」

 優奈は黙って首を横に振った。それにかまわず彼が続ける。

「俺、きみが襲われたと思って、でも……この人、きみの知り合いなのか? 汐伯ってなに? 俺、訳、わかんないよ。それに……どうしてさっきから、きみの周り光ってるんだ?」

 どうしよう? なんて説明しよう?

 優奈は悩んで、とっさにどうしていいのかわからなかった。彼女が話し出す前に声が響いた。

「山岸さん、私達は二人で一人なのです」

「あ、待って、みつき……」

「二人?」

 山岸が驚いたように呟く。

「どういうことなんだ?」

「みつき、ダメよ」

 優奈は焦った。

 山岸に知られたら吃驚されて、たぶん怖がられてしまう。

 彼は、メグや御薬師くんとは違う。人外の不思議なんて、そう受け入れられるもんじゃない。だから、

「みつき、もう……」

 忘れさせよう。今見ていることを全て。

 そう言おうとして、遮られる。

「いいえ、優奈。彼には、一度ちゃんと話しましょう。それが、己を顧みず、やって来てくださった殿方に対する礼儀というものですよ」

「そ、それは……」

 優奈はさっきの山岸の姿を思い出した。結果的に思い違いだけど、それでも自分のために彼は危険を承知でとびこんできたのだ。

 このまま記憶を消してしまうのは、あまりにも身勝手なような気がした。

 たとえ、後で同じように消すにしても。

「わかったわ」

 優奈はみんなに聞かせるようにそう言った。

 山岸が優奈の顔をまじまじと見つめている。優奈は彼に向き直った。

「山岸くん、あのね、あたし……月のお姫様の生まれ変わりなの」



 それから優奈は、山岸に出来るだけわかりやすく自分とみつきと月の女王の事を話した。

 山岸は驚いた顔で、でも、じっと優奈の話を聞いていた。

 全くの荒唐無稽な話。こんな話信じてくれるだろうか? 信じられなくても、仕方ないよね。

 でも嘘じゃないんだ。あ、だけど、信じてもらえない方がいいのかもしれない。そうだよね。

 優奈は話しながらそう思っていた。

 その方が、迷いがないっていうか、後ろ髪引かれないっていうか。記憶を消しやすいし。

 話のなかで、どうしても、メグやトモのことも出た。でも、自分以外の二人の秘密は伏せた。

 ただ、助けられたということだけは話した。その時、山岸の表情が微妙に揺れたのには優奈は気づかなかった。

 話し終えたとき、山岸はすぐにはなにも言わなかった。身じろぎもしない長い沈黙があった。そして、

「……俺も、いたかったな」

 ポツリと彼が言った。

「え?」

 なにを言ったのか、優奈にはわからない。

「山岸くん?」

「……最初から、俺もいたかったよ。御薬師と同じように」

 そう言って、悔しそうに眉を寄せる。優奈は不思議に思った。

「山岸くん、驚かないの?」

「驚いてるさ」

「信じてくれるの?」

「そうだな、半信半疑だけど、でも、きみの言うことなら信じるよ」

「それなら……」

 優奈の声が一瞬途切れる。震える声で彼女は言った。

「怖くない?」

「どうして? 全然」

 拍子抜けするような答えが間髪入れず返ってくる。優奈はびっくりした。

「だって、あたし、普通じゃないんだよ? 二人で一人で、月のお姫様の生まれ変わりで、それで……」

「いいじゃん、それで」

「え?」

「普通じゃなくて、かまわないだろ」

「え? でも」

「月のお姫様上等!」

「え? え?」

「竹宮は、竹宮だ。きみがきみでなくなるっていうわけじゃないだろ?」

「そ、そうだけど」

「なら、いいよ」

「ほんとに?」

「ああ」

 山岸は頬を掻きながら続ける。

「俺、きみがやばいことに巻き込まれてるんじゃないかと思ってた。だから、助けなきゃと思ったんだ」

 優奈が目を見開く。

「でも、これは……これなら、いいよ。逆に、よかった、て思うんだ」

 そういう山岸の表情は、なぜか輝いて見えた。



 そのあとしばらくして、山岸は一人で帰っていった。

 その後ろ姿を見つめながら、優奈は尋ねた。

「これで、よかったと思う?」

「ええ。たぶん」

 みつきの声。

「でも、彼の記憶……消してないよ」

「優奈は消したかったのですか?」

「……ううん」

 首を振った。

「どうしてでしょう?」

「わからない。でも、彼に、知っていて欲しい気がしたの」

「ふふ。それで、いいんじゃないでしょうか?」

 優奈は小さく頷いた。


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