二人の距離(2)
トモは屋上に呼び出されていた。
目の前に立っているのは優奈……ではなく、山岸だ。
なんだか真剣の表情で、話があるからといって引っ張ってこられた。
なんだろう? なんかあったかな?
「御薬師!」
突然叫ぶように彼は言った。
「え? えっと、なに?」
トモはキョトンとした表情で目の前の山岸を見つめる。山岸は少し赤い顔で怒っているような声を出した。
「おまえ、えっと、た、竹宮さんを、振ったのか!」
「はあ?」
いきなり言われてトモは戸惑った。そして思い出す。あの日のことを。
「告白されて、振ったんだろう?」
山岸が詰め寄るように近づいた。
「うん。そう……」
「おまえさあ。なんでそんなことするんだよ!」
山岸の手がトモの腕を掴む。
「なんでって……」
「彼女はなあ、おまえのことほんとに好きなんだぞ! いつもおまえのこと見てるんだぞ! 知ってるか?!」
腕を掴む山岸の手に力がこもった。
「知ってるよ。それに、ちゃんと彼女の気持ちは聞いた」
「だったら、なんで、おまえ?!」
つかまれた腕が痛いほどだった。でも、トモは振り払わない。
「僕にも、好きな人がいるんだ」
トモは山岸の瞳を真っ直ぐ見つめ、はっきりと口にした。その瞳に力がこもる。逆に山岸の瞳が泳いだ。
「くっそー。なんで、そうなるんだ? どうして、上手くいかないんだよ?」
トモは、山岸が優奈のことで真剣に怒っている様を、少し驚いて見ていた。
修学旅行の時、告白の手伝いをさせられた。
けれど、彼の気持ちがどのぐらいのものなのかなんて、その時はわからなかった。でも、これは……
その真剣さがトモにも分かった。
「ごめん。優奈さんには悪いと思ってる。ちゃんと謝った。山岸にも謝らないといけないのかもしれない。でも僕は、他に好きな子がいるんだ。その子以外、考えられない」
山岸が一瞬呆れたような表情をして、それから頬を朱に染める。掴んでいた腕を放すと、拳をトモの前に突きだした。
「くそう! 理由はわかった。でも、納得できねえ。だから、御薬師、一発殴らせろ!」
「え? えっと?」
怖いぐらい紅潮した山岸の表情。けれど、その申し出に、トモは怯むでもなく頬を掻いた。
「いいよ。それできみの気が済むなら。どうぞ」
その返事に山岸が驚いたように目を見開いた。
挙げかけていた拳を途中で止める。
「あのなあ、御薬師、おまえ、バカか?」
「そ、そうかな?」
トモは怪訝な顔で聞いた。
「俺が無茶なこと言ってるんだぞ。怒れよ!」
「え、だって、悪いのは僕の方で……」
「おまえは、おまえの筋を通したんだろう?」
「でも、傷つけたのは本当だから」
山岸が呆れたように言う。
「ほんっとに、お人好しだな、おまえは!」
「そ、そうかな?」
トモが照れたように笑う。
「バカ! 褒めてねえぞ」
「うん」
「ああ、もう!」
山岸は握った拳を下ろして、トモから距離を取った。
「おまえのお人好しには負けるよ」
「もう、いいの?」
「ああ、もういい。その代わり、一つ約束しろ」
山岸がトモを見つめる。
「竹宮さんを、もう、悲しませるなよ」
「え? えっと……」
それは、トモにも即答できない願いだった。それでも言ってみる。
「で、できる限り」
「おまえなあ?!」
もう一度山岸が呆れた顔をした。トモは肩をすくめる。
山岸は今度は苦笑した。
「仕方ないなあ。それで勘弁してやるよ」
山岸はそう言いって、トモから離れて歩き出そうとしたが、足を止めた。
「あ、そうだ。御薬師の好きなやつって、誰なんだ?」
「は? ……えっと」
トモが頬をぽりぽりと掻いた。
「竹宮さんよりいい子って誰なんだよ? 聞かせろよ」
「……天野」
「は?」
山岸は心底驚いた表情になった。
「天野? ほんとに?」
「うん」
「お、おまえ、勇気あるなあ。怖くね?」
「そう? そんなことないけど……幼なじみなんだ」
ああ、それは、災難だなあ、と納得したように言って山岸は歩き出した。
もしメグが聞いていたら、今度こそ山岸にトラウマが残ることになっただろう。
これぞ天の配剤である。