二人の距離(1)
これまでの本編削除のお詫びに「小説家になろう」サイトでは未収録だった番外編を一つお届けします。
お楽しみください。
夏休みが終わって二学期が始まった。
高校三年生、受験勉強の天王山といわれる夏休みは長いようで短い。
それは優奈にとっても同じだった。
けれど、休みの初めに一大決心の末トモへの想いに区切りをつけた優奈にとって、彼に会わない長い休みは、トモへの思いを少しずつ忘れていく……いや、そうではなく、穏やかなものにしていく時間だった。
けれど、二学期が始まって、久しぶりにトモに会ってその笑顔を見たとたん、優奈はチクリと胸が痛むのを自覚した。
ああ、ダメだなあ、あたし。まだ、ダメなんだ。
せっかく長い休みがあったのに……覚悟していたのに、まだ……。
でも、と優奈は思った。
きっと大丈夫。もう大丈夫。なぜなら……
御薬師くんにちゃんと伝えたから。彼があたしの気持ちを知ってくれたから。
だから、大丈夫。
そう思った。
それでも、優奈はあいかわらず、いつの間にかトモをぼんやりと眺めていることがあった。
時々気づいたトモが優奈を振り返る。それで初めて自分が彼を眺めていたことに気づく。
そんな優奈に、トモは照れたように、でも優しく微笑んでくれる。
優奈には、それだけで嬉しかった。
ちゃんと伝えてよかったと思う。
想いは届かなかったけど、そんなこと最初からわかってたけど、でも、前よりも近くにいられる気がする。
恋人としてではなく、友達として。
そう思った。
山岸は、夏休み中ずっと気になっていた。
休み前、優奈と交わした会話。
彼女が御薬師の事を好きなことは見ていてわかった。直接優奈から確かめもした。
自分の好きな子が他のやつを好きだという事実。
苦しくて、悲しかったけれど、優奈の表情を見ていて考えを変えた。
彼女が笑顔でいられるなら、俺は、彼女を応援しよう。
そう思って声を掛けた。
御薬師に気持ちを伝えてあげようかと聞いた。
けれど彼女は、自分で決めると答えた。あれから―――どうなったんだろう?
それが休み中、気になっていた。
二学期が始まって、久しぶりに会った優奈は前と変わらないように見えた。
教室で時々ぼんやりと御薬師を見つめる姿。その表情。
山岸は優奈がまだ悩んでいるのだと思った。だから……
「竹宮さん?」
「あ、山岸くん?」
昼休みの閑散とした教室で優奈が一人でいるところを見計らって山岸は彼女の前の席に腰掛けた。
周りをキョロキョロ見渡す。
「山岸くん、どうしたの?」
優奈が怪訝な表情で聞いた。
「いや、天野がいないか、確認」
「え? メグ?」
優奈がキョトンとして山岸を見た。
「なんか、俺、あいつに睨まれてるような気がするんだ」
「あははは」
優奈が面白そうに笑顔を見せた。
「そんなことないよー」
「そうか? でも、俺、ちょっと苦手なんだ」
「どうして?」
「前に怒られたから」
「あー」
優奈はそれが修学旅行の時のことだと思い出す。自分のことでメグが怒ってくれたのだ。でも
「大丈夫だよ。メグ、もう怒ってないし、優しい子だよ」
にっこりと微笑んで、そう言う優奈を見て、山岸の心臓がドキドキしだす。ちょっとそっぽを向いて頬を掻いた。
「そ、そうか。いや、まあ、いいんだけど、でも、あいつがいないほうが話がしやすいし……」
「えっと、そうだ。なに?」
優奈が改めてそう聞いた。
山岸はもう一度優奈に向き直る。少し逡巡して、それから思いきったように言った。
「御薬師のことなんだけど……」
優奈がハッとした表情を見せた。その表情でますます確信する。
まだなんだ。まだ、彼女、決心が着いてないんだ。
どうしよう? もう一度言ってみるか?
「山岸くん、そのことは……」
「俺、手伝おうか?」
言いかけた優奈を制するようにそういった。
「え?」
優奈がよくわからないという顔をする。
「俺、休みの間、ずっと気になってたんだ。ほら、休み前にそんな話しただろ」
「あ、うん」
優奈が頷く。
「だから、どうしたかなと思ってたんだけど、手伝うよ」
「えっと、あの……」
優奈が困った表情になった。
「いいから。いいから。あの時言ってたように、きみが自分で、あいつに告白できるようにしてあげる」
その時、山岸の脳裏には計画が浮かんでいた。
まず、御薬師のやつをどっか人気のないところに呼び出す。
そのあとで竹宮さんを連れていく。
どこがいいかな? 体育館倉庫か? 校舎の屋上か? えっと……
「あの、山岸くん、それは、もう……」
困惑顔の優奈は、一人勝手に想像にふける山岸に話しかけた……が、
「えっと、いつがいい? 明日? あさって? いっそ、今日でも」
長い休み中、ずっと気になっていたことで暴走気味の山岸は聞いちゃいなかった。
「ちょ、ちょっと待って、山岸くん、だから……」
「まだ、決心着かないのか? それなら、やっぱり、俺が言ってあげるよ」
そう言って、腰を浮かし掛けた山岸に優奈は慌てた。
「待って、待って、山岸くん。あの、それは、もう……言ったから」
「え?」
瞬間、山岸の動きが止まる。すとんと腰を下ろした。
「言った? ……告ったのか?」
驚く山岸。優奈は頬を赤くして軽く頷いた。
「そ、そうなの。だから、もう……いいの」
驚いていた山岸の表情が、一瞬曇り、それから笑顔に変わった。
「そ、そうなんだ。それは……よかった。うん。よかったよ……」
山岸の瞳がしばらく揺れて、それから、ハッとしたように優奈を見据える。
「そ、それで……どうだったんだ? あいつの返事は? オーケーだったのか?」
真剣な表情で聞いた。
「あー、えっと……」
優奈は視線を落とし、けれど、はっきりした口調で答えた。
「ダメだったよ」
その瞬間、山岸の心臓がドクンと鳴った。胸が痛い。
「な、なんで?」
思わず掠れた声が出た。
「あははは」
顔をあげた優奈は照れたような笑いを作った。
「ごめんね、山岸くん。応援してくれたのに」
「い、いや、そんなことどうでも……」
「あたし、山岸くんに感謝してるよ」
「え?」
「山岸くんの言葉で、告白する勇気がでたの。だから、感謝してる」
優奈はそういって今度は自然な笑顔を見せた。
「そうなのか?」
「うん」
「でも、そんなこと、いや、そんなことより、なんで、ダメで……」
まるで自分のことのように苦しそうな表情をする山岸。
優奈はちょっと意外な目で彼を見ていた。それから、ポツリと告げる。
「恋って、難しいね」
その一言が山岸の心に刺さった。自分が失恋したときのことを思い出す。
今、目の前にいる少女に振られたときの苦しさを。そして思った。
「竹宮さん、大丈夫かい?」
「……うん」
優奈は、なにかを吹っ切るように、柔らかく頷いた。
けれど山岸の胸の中には、まだ、痛くて、もやもやしたものが残っていた。