第4話
今回から後書きにて判明しているステータス(つまりレベルや使えることを読者の皆さまが知っているスキル)を書いていこうと思います。
とりあえず主人公パーティーだけ書いていく予定です。特に見なくても問題はないはずですが、補助的な要素として考えていただけると嬉しいです。
うるうる、うるうる。
そういう目で見られるのはとても居心地が悪い。
「お願いしますぅ……」
眉間に皺を寄せてみてもめげることなく懇願してくる少女。こういうのが世の中の男にはウケるんだろうなぁ、と感心すら覚える。
「…………店員さん、ちょっといいですか」
「あ、はい。何でしょうか?」
「この子と、えーと……あ、あれでいいや、あの獣人。職業、レベル、スキルを教えてくれません? リストが間違ってたら嫌ですし、お願いします」
「……、もちろんいいですよ。この娘はリリアナ。職業は癒し手の8レベル。スキルは回復魔法Ⅰのみですね」
「ま、まだレベルは低いですがっ、頑張って役に立ってみせます、お願いしますっ!」
「リリアナ、話をさえぎるな。……すみません、お客様。この娘はいっつもこんな調子で、せっかくお買い上げいただいても“空回りしすぎで使えない”って返品されるんですよ。当店としても返金するのも面倒なので金貨20枚、というところです」
「へぇ、安いな。相場は金貨30枚からでしょう?」
「ははは、王都に近いとこに行けば足元見られないためにもそのくらいはするでしょうね!」
職業は魔法などで保持しているスキルを確認した時、一定のレベルに達しているとその名称が確認できることがある。
剣術や盾術など近接系スキルが多ければ「戦士」、火魔法や水魔法など攻撃的な魔法を覚えていれば「魔法使い」、私のように魔物と契約していれば保持スキルに関係なく「使役士」などと可能性は様々。職業は対応するスキルを使う時、例えば戦士が剣術を使う時などに消費される魔力を少なくする効果があるため、重要視されている。
もちろん新しいスキルを覚えたので確認してみたらまったく別の職業になっていた、なんてこともありえなくはない。しかし、基本的に上位職と呼ばれる職業になるのがほとんどだろう。
数ある職業の中でも「癒し手」とは、将来的に聖職者、僧侶などの上位職になれるかもしれない職業だ。怪我や毒などを治せる回復魔法が使えるだけあって、仲間にしたい職業として人気が高い。
しかし血の気が多い冒険者はその性格が表れるのか、回復魔法を使える者が少ないためにヒーラーの総数は決して多くはないと聞いたことがあった。
「ふぅん……買おうかな。あ、獣人のほうの説明は? えーと、うん、あの黒っぽい男の子。15歳にしては大きいですよね」
「ああ、アレは……まあ、ちょっとした縁で押し付けられたような感じで仕入れましてね。名前はあるのかどうかも知りません。確か灰狗族なのに黒いから、ってことで厄介者扱いされていたとか…………職業は戦士の16レベルだそうです。スキルは双剣術Ⅱ、気配感知、あと風魔法Ⅰを持ってるみたいですね」
あの子、ワンコだったのか。猫より犬派な私からすれば黒い犬なんて嫌がる要素はない。
こちらの声が聞こえているはずなのに、顔すら上げず蹲ったままの犬。檻の位置は最奥だ。まだステータスを鑑定魔法で確認していないので、確認ついでに店員を伴って傍に近寄る。
……うん、嘘はないようだ。ここからは、値段交渉の時間。私は今だけ大阪人になる!
「さっきから“らしい”とか“みたい”とか……本当に確かな情報なんですか? 間違ってたりしません?」
「もちろんです! ですが……見たところ、お客様は冒険者のご様子。仕入れた側が言うのもナンですけど、あの獣人はオススメできません」
「あはは、解ってますよ。でも、盾ぐらいにはなるでしょう? まあちょっと値引きしてくれたら嬉しいなーって感じはしますけど」
「いやはや買い物上手なお方ですねぇ……仕方ない、処分するにも困ってましたし特別です、金貨10枚!」
「5枚」
「それはちょっと……9枚」
「あは、店員さんはさぁ、あのワンコの状態見て言ってるんですよね? 返品はしないって約束しますよ? だから金貨6枚、これより高いんじゃ買いません」
「……し、しかたありませんね。それではリリアナと獣人、合わせて金貨26枚ということでいいでしょうか」
「はい……あ、」
犬が、こちらを見ていた。
その左腕は二の腕の半ばから失われている。リストによれば舌も切られていて話すこともできないらしい。
スキルの双剣術は片腕しかないので使えない。風魔法は詠唱できない。こんなふざけた値段で納得してくれたのはこれが理由だ。
奴隷になる前は美しかっただろう紫の目も、疲れや絶望からか、黒々と淀んでいる。どろりとした視線は3年前の私のよう。
「ふふふ、やっぱり金貨27枚で買わせてください」
「え? あ、はあ、ありがとうございます」
×××××
暮れの鐘がだいぶ前に鳴り響き、空にも星が顔を出した頃やっと私たちは宿へと着いた。奴隷を選ぶのにかなり時間をかけたため、宿には少し遅い時間に滑り込んだ形になった。2階の角部屋でベッドは3台あるし、文句なしの部屋だ。
ここは1泊銀貨3枚、朝夕の食事付き、お湯や昼食は銅貨5枚で用意してくれるという好条件なだけあって、駆け出しの冒険者がよく利用しているそうだ。
「……やっぱり臭うなぁ……2人とも、宿のほうにお湯を頼んであるからまずは体洗おう。夕飯や話はそれからね」
「えっ、イイんですか!? ありがとうございますご主人様!」
「……」
「はいはい。リリアナは1人でできるね? お前はその後。ちょっと調べたいこともあるしさ」
迷惑そうに渋い顔をした従業員も、銀貨を1枚握らせてやれば快くお湯と夕飯の準備を始めてくれた。そろそろお湯は準備できているはずだろう。
部屋からリリアナが出て行ったのを見届けて、質素なベッドに腰かけた。途端に鳴ったギシリと軋む音が耳に障る。
どろりとこちらを見る紫。にっこりと笑って私は言った。
「ポチ。服、脱いで」
「……?」
「腕の傷を確認したいだけだから上だけでいい。あ、ポチはお前のことね」
のろのろと服を脱いでいくポチはとても大変そうだ。
バランスが上手く取れずにふらついて私の座るベッドに倒れこむことすらあった。慌てて立ち上がった時に見えた顔は羞恥に歪んでいて、思わず笑いそうになる。
私はそんな変態染みた内心を悟られないように努めて無表情に口を開いた。
「ふぅん、ポチって腕失くしてからそんなに経ってない? しかも魔物にやられたわけじゃないよね。傷口は綺麗に切断されてるのに治りきってない。それに、体の重心もブレてるしさ、もしかしてここまで歩くのもきつかった?」
「!! あ、おぇわ……っ!」
咄嗟に喋ろうとしたそれは言葉にならずに消えた。ポチの犬耳がへにゃりと伏せられたのを見て、舌を切られたのも最近かと勘繰る。灰狗族のしきたりか何かで切られたのだろうか。
うーん、灰狗族は色ごときでかなり排他的になる部族、とだけ覚えておくことにしよう。
「無理して喋ろうとしなくていいよ、返事する時以外は。返事は必ず“わん”ね」
「……わ、ん」
「ふっ、冗談だったのに」
「…………」
おお、イラついてるイラついてる。眉間の皺がすごいことになっているので判りやすい。
顔だけ見ればかなりの美少年なポチ。変態に売ればそれなりに高く売れそうだ、と思いながらもそれは言わないでおく。
私にも本人を対象とした下衆な趣味嗜好の話をしないだけの良心はまだ残っているのだ。
艶のない黒毛に覆われた耳がぴく、と動いた。そっと私を指差したことから考えて、おそらくリリアナが戻ってくるのだろう。私にも何となく誰かが近づいてきているのが判るが、ポチのスキル“気配感知”はさらに性能がいいらしいなと少し得した気分になる。
コンコンとノックをしてから彼女は部屋に入ってきた。着替えとして渡しておいた簡素な布の服は、胸の辺りがパツンパツン。普通の男であれば目のやり場に困るようなシロモノと化している。
まあ私は男ではないので特に困りはしないが、私の絶壁との格差社会を感じて少し切ない。
「…………前はCカップあったんだけどなぁ……」
「え? ご主人様、何か言いました? あっ、もしかしてわたし、どこか洗い残しがありましたか?」
「んー、うん、キレイだよ」
「そうですか? よかったぁ」
そしてこの後はポチの番だと洗いに行かせたが待っても待っても帰ってこない。様子を見に行ってみれば上手く洗えないでいたようで私が手伝ったりして、結局3人揃って夕飯にありつけたのは夜の鐘が鳴った頃だった。
芋と菜っ葉の塩スープ、チャーシューのような歯ごたえの肉をサンドしたパンが2つ。私からすればパンは1つで十分な大きさだ。
しかしリリアナとポチにはこのくらいは普通に入るようで美味しそうに食べている。しかもポチはよほどお腹が空いていたのかガツガツと貪るように平らげていく。さすが育ち盛り、と感心しながらパンを1つ皿に載せてやると少し嬉しそうに尻尾が揺れていた。
私はポチの傷みすぎてボサボサの毛並みを見ながらぼんやりと考える。リリアナはそれほど悪い状態ではなさそうだが、ポチにはしばらく栄養をしっかりとらせる必要がありそうだ。欲を言うなら昔見たコンテストのチャンピオン犬のような最高の毛並みにしてみたい。
「さて、明日からの予定とお前たちの役割について話し合おうか。あ、ポチ、ゆっくり食べてていいよ。でもちゃんと聞いててな」
「は、はい! えと、わたしはやっぱり後衛で回復に専念したいです……武器は前回買ってくれた方がメイスをお貸ししてくれたので、一応自衛はちょっとできるようになりましたけど」
「……ふぅん、じゃあリリアナは回復魔法ⅠがⅡにレベルアップすることが目標ってことで。一応メイスは……ああ、あったあった。安物だけどしばらくはこれで我慢して」
「ご、ご主人様は魔法具をお持ちなんですか? しかもかなり高価な空間魔法の……まさか、結構なお金持ち……?」
「! ぇふっ!」
「ポチ、大丈夫? 水飲んで落ち着け。まあ、駆け出し冒険者にしてはあるほうだったとは思うよ。ただこれは知り合いからもらった物だし、今はお前たちを買ったからそんなでもない。明日からはしっかりお前たちにも稼ぐの手伝ってもらうから」
「そうですか…」
奴隷とはいえ女の子。リリアナはやっぱり戦いたくないのか、少し残念そうだ。
魔物の骨製のメイスをポーチから取り出したように見せかけてやれば、簡単に魔法具だと誤解してくれたようで上手くいったとほくそ笑む。
「さぁて、次はポチだ」
「?」
「魔法の無詠唱……はできないんだね、想定内だから大丈夫だよ。なら、お前はまず左腕がない状態での動きに慣れなきゃいけない。だからお前には残った右手と口で双剣を扱ってもらう」
鋼の双剣を右手に逆手で持ち、口にもくわえてみせる。これではまったく話せないが、そもそも舌がないのだからポチには大してデメリットがないはず。
ちなみにリリアナに渡したメイスも、この双剣もかつてアクロの獲物となった人間の遺品だ。懐には何の痛手もなく、私の物持ちの良さを誰か褒めてほしい。
「あ、口で扱うのは出来たら、でいい。お前が敵の注意を引きつけている間に僕が魔法を詠唱、リリアナが僕たちのサポート。基本的にはそういう感じで戦闘を進めていきたいと思ってる。もちろん囮役のポチの負担が一番大きいんだし、リリアナは僕よりポチを優先して回復するようにね」
こくりと頷く2人。リリアナはニコニコと笑顔、ポチは陰気な無表情。正反対すぎて見ていて楽しい。
明日はこいつらをギルドに登録して、ゴブリンやグリーンウルフなどの銅ランクの討伐依頼を受けてみよう。
「明日は朝イチでギルドに行くからね、もう寝ないと」
「おやすみなさい、ご主人様!」
「……わん」
「ぶはっ! くっくふふ……おやすみ。あ、僕は少し水もらってくるわ。寝てていいからね」
ぎぃい、と扉を開いて部屋の外に出て廊下の窓を開けた。この下は宿の裏庭にあたり、井戸がある。
もう夜も更けて明かりは星だけだが、アクロ、つまりナイトセージは元々夜行性の魔物。よってアクロと契約している私もさほど暗くは感じられないのだ。
飛び降りて危なげなく地面に降り立つ。きょろりと周りを見回した後、壁を背に座り込む。
『――――……ツムギ』
「こんばんは、アクロ」
小型化というスキルで大型犬サイズで這い出てきたアクロ。紺色の甲殻の艶が美しい。
『ほぼ1日ぶりだな。これからこうも暇が続くというなら運動不足で太りそうで怖いぞ』
「太れ太れー」
キシャァァァ。
冗談なのだろう、威嚇音なのにまったく威圧感はない。
ひそひそと声を潜めての会話。やっぱりアクロと話すのが一番楽しいな。
『そういえばツムギ、お前は奴隷どもに俺のことを言わないのか? 俺はいつまで隠れていればいいのだ?』
「んー……やっぱまだ見極める時間がほしいなと思って。そうだなぁ、短くて1週間。長くて1ヶ月ってとこかな。そんくらいあればちょっとは信用できるでしょ」
『そうか。まあお前のやることには文句は言わん。俺の飯さえ忘れなければな』
「今度は明後日くらいにでも狩るよ」
『ああ、そうしてく、! …………?』
「アクロ?」
私が飛び降りてきた窓。アクロはそこをじっと見つめている。
『……視線を感じた気がした。気のせいかもしれないが、襲撃されないとも限らない。しばらくは周囲を警戒しておいてくれ』
「ん、了解。それじゃあ、また明日の夜に……おやすみ」
『おやすみ』
軽くジャンプして窓枠に着地して宿の廊下へと戻る。静かに部屋に入るとリリアナは健やかな寝息を立て、ポチは小さく丸まるように横になっていた。
私もローブを脱いで枕元にたたんで置き、ベッドに横になって目を閉じる。ギシギシと軋む音が気になったが、意外と睡魔が襲いかかってくるのは早かった。
現在判明しているステータス
【ツムギ】異世界人 20歳
・レベル 14(偽装中のため正しい数値ではない)
・職業 使役士
・スキル 契約、火魔法、雷魔法、空間魔法、鑑定魔法、隠蔽系のスキル
※備考 スキルのレベルは不明
【アクロ】魔物(ナイトセージ)
・レベル 不明
・スキル 小型化
【リリアナ】人間 18歳
・レベル 8
・職業 癒し手
・スキル 回復魔法Ⅰ
【ポチ】獣人(灰狗族) 15歳
・レベル 16
・職業 戦士
・スキル 双剣術Ⅱ、気配感知、風魔法Ⅰ
※備考 左腕と舌を欠損しているため双剣術と風魔法は使用不可