第3話
第2話を修正いたしました。
ツムギの年齢を17歳としていましたが、トリップから3年経過しているため正確には20歳です。
「…あっ、ツムギさん! おはようございます、こちらにどうぞ!」
冒険者ギルドは明けの鐘が鳴ると同時に開く。
この世界では約3時間ごとに鐘が鳴らされ、それを基準に生活するのが一般的だ。明けの鐘、朝の鐘、昼の鐘、夕の鐘、暮れの鐘、そして1日の最後に夜の鐘。太陽の位置で時間を当てはめてみたが、多分合ってるはず。
結局昨日も野宿したせいで少し疲れの残る体でギルドの扉を開けると、昨日応対してくれた受付嬢がすぐに気づいてくれた。そして2階の一室へと連れて行かれる途中、それぞれ「応接室」「マスター室」「職員室」と彫られたドアがあったのが見えた。
あ、昨日みたいに一人称を間違えかけるなんてことのないように気をつけないと。
「えーと、昨日は自己紹介を忘れてすみませんでした。わたし、サリーと申します。これからよろしくお願いしますね!」
「あーはい、よろしくお願いします。で、僕は何で別室に?」
「それはですね、魂の格を測定するためです。レベルは大まかにですけど強さが判りますから、ギルドランクの評価基準として採用されてるんですよ。あ、ランクについて説明は要りますか?」
レベル、ね……まずは基準が解らないと何とも言えないか。人のいるところではアクロと相談できないから少し不安だ。
「ランクって具体的にはどういう感じですか?」
「ちょっとお待ちください……はい、これがギルドカードの見本です。見ての通り、長方形の金属片を通称してカードと呼んでいます。使われている金属が何だか判りますか?」
「これは……銀、いや待って、もしかしてミスリルですか」
「うふふー、アタリです。ギルドカードは魔法によって記入や読み取りを行うため、魔力を通しやすいミスリルで作られています。また、右上の部分ですが……小さいですがルビーが付いていますよね。ギルドでは貴重な金属や宝石でランクを表しているんです。高い順にアダマンタイト、ヒヒイロカネ、紅、蒼、碧、黄、青銅、銅となっていまして……えーと、銅ランクになるのには最低10レベル以上であることが条件なのは知ってますよね。上位ランクはそこから20ずつ上げていったレベルが最低基準のレベルとなりますが、戦闘技術なども考慮の上での評価になるので50レベルだけど青銅ランク、なんてこともありえます」
「……つまり下から10、30、50、70、90、110、130、150レベルが基準ですか」
「あらっ、ツムギさん計算速いですね!」
「え? それほどでもないです」
小学生レベルの問題で褒められても……子供扱いされてるのかなぁ。
まあそんなことより、冒険者の最低基準が思っていたより低レベルで驚いた。
うーん、最初から高レベルだと知られるのは怪しまれそうだな。要注意人物としてマークされたり、これまでの経歴を調べられるのは避けたい。
「また、魔道具で計測できるのが150までで、それ以上はそれ用の魔法を使わないと計測できません。ですが……まあ知っているとは思いますが、我々人間族のみならず生き物すべてに成長限界というものがあります。はっきり言って人間族は、碧ランクまでいければいいほうで、黄ランクでも十分すごいことですし、その……もし、ランクが上がらなくなっても落ち込まないでくださいね? まあ限界には個人差がありますし、我がシャンラーダ王国の英雄と名高い騎士団長様は120レベルに到達なされたので望みがないわけでもないですが……」
シャンラーダ王国。成長限界。
私は適当にうんうん頷きつつ、頭では別のことを考えていた。
魔法具なら思ったよりも簡単に騙せるかもしれない。一部の例外を除いて、魔法具は保有魔力の少ない一般人でも使えるから。
面倒なのは腕のいい魔法使いに出張られて、隠蔽する時に使う魔力を見破られることだ。
まあ、言い訳なんてどうとでもなる。どうとでもなるけれど、隠蔽系スキルを持っていることがバレる以上今後に支障がでるかもしれないと思うとちょっと、ね。
あ、それともう少し情報を確認しておこう。
これからは嫌でも他人と関わる機会が増えるのだ、知っていて当然のことを知らなかったら不信感を持たれる。
「人間族? そんな呼び方ありましたっけ?」
「ああ、確かにまだ馴染みのない言葉ですもんね。一昨年に亜人種のうちの獣人、エルフ、ドワーフの3種族と我々人間は同じ種族として扱おうという協定が結ばれまして、そしてその調停は“勇者”様の多大なる貢献があってこそ。よって、勇者様の種族である人間を呼び名として使い続けることになったんです」
勇者。
ここ、シャンラーダ王国の隣国「聖リーネンベルグ皇国」の英雄。
「――――……ユーイチ・サトー様ですよね」
私を召喚した国の英雄。
「はい! そういえば去年、王都で催された陛下の生誕祭でパレードがあったんですけど、サプライズでユーイチ様もいらっしゃってたんですよぉ! もう、ほんとカッコよくて……あっ、すみません! ユーイチ様のことになるとつい……って、あの、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
「あ、はは、大丈夫です。その、僕も勇者サマに憧れてて、間近で見れるチャンスを逃してたのかって思ったら悲しくなっちゃって」
「ああうん、そうですよねぇ、わたしたちの手の届かない存在ですもんねー。解ります、その気持ち。あ、もしかしてツムギさんてば勇者様に近づきたくて冒険者に?」
「まあそんなとこです」
「ユーイチ様は前人未到の180レベル超えらしいんです! あーもうスゴすぎますよー! この調子で魔族も打ち倒してくれますように!」
「あはは……」
魔族とは、1回だけ戦ったことがある。
あの時はアクロ狙いかと思って殺そうとしていたので、きちんと会話をしたわけではないが……あの魔族はそんなに悪い印象を受けなかった。
しかしサリーさんは、魔族を狂暴で略奪を好む野蛮な奴らだと言う。今までの魔族対人間の戦いにおいてどれだけ悪辣な行いをしていたかをまるで見てきたかのように語る。
あ、ゴメンナサイ、略奪云々は私自身盗賊まがいのことをしているから耳が痛いです。
「で、で、その時ユーイチ様はですね!」
あ、勇者の話に戻っちゃった。笑顔を作り続けるのもいい加減疲れてきたし、サリーさん、ちょっと黙ってくんないかな。
リンク現象で私の不機嫌を感じたのだろう、アクロが期待しているのが伝わってくる。いや、あのですね、そんなに期待してもサリーさんはお前のご飯にしないよ?
結局、ギルドカードを受け取って終わらせて1階へと降りることができたのは、ちょうど昼の鐘が鳴り終わる頃だった。
そういえばお腹空いたな、と思って腰につけたポーチに手を突っ込んで、空間魔法で干し肉を取り出して齧る。
わざわざ手間をかけたのは、誰が見ているか判らない以上ポーチ自体が空間系のマジックアイテムだと思わせておくためだ。空中から取り出すなんて上級の空間魔法を使えると知られたら、何のためにレベルを偽装したのかが解らなくなる。
干し肉を飲み込み、掲示板で日帰りできそうな依頼を物色する。
測定では14レベルということにした。つまり私も冒険者の仲間入りしたことになる。
しかし所詮は銅ランク。受けられる依頼で目につくのは採取や住民のお手伝いばかりで、どうもやる気が出ない。
討伐依頼はないのかと探せば、そういうのはソロでやるなら青銅ランク以上であることが条件で、銅ランクでは2人以上のパーティーじゃないといけないようだ。
「……むぅ」
私のような細身で背も小さい奴が初っ端からレベルが高いのは怪しまれると思ってのことだったんだけど……こうも面倒くさいなら青銅ランクぐらいにしとくんだったなぁ。
けれど今さら後悔してもランクは変えられない。しょぼいのを地道にこなすか、誰かとパーティーを組むか、2つに1つだ。
「…………あ、そうだ」
掲示板から離れて、まだ昼だからか閑散としている酒場の一席に座る。そして財布として使っている小袋を取り出した。これは金貨用だ。
現在流通しているのは価値の高い順に晶貨、金貨、銀貨、銅貨となる。両替は専用の施設で晶貨1枚で金貨100枚分、金貨1枚は銀貨10枚分だ。ちなみに銀貨はあまりいい顔をされないが、銅貨10枚にしてもらえる。
銅貨5枚で一食分くらいになるので、銅貨1枚は100円くらいという認識でいいだろう。
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ、むぅ、なな、や、この、とお。ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……くふっ」
お金を数えていると、ついニヤけてしまうのは何故なんだろう。
「おー、けっこう持ってんな」
「ッ!!! え、エリオット、さん?」
「よお、ツムギ。先輩からの忠告だ、すぐにそれ隠せ。俺以外に気づく奴がいないとも限らねえ」
まずい、数えるのに夢中になっていた。昨日とは違って真面目な顔をするエリオットに従って財布をしまう。
「ったく。お前、どっかのボンボンだったりすんのか? そういうことは宿とか1人になれるとこでやるもんだぞ」
「これから気をつけます」
「よしよし。で、何買うつもりなんだ? モノによっちゃあいい店紹介できるぞ?」
「ちょっ、その前に頭撫でんのやめてください」
「はっはっは、いやぁちょうどいい高さだなー。俺が194サンテだったはずだから……160サンテあるかないかってとこか?」
1サンテ=約1センチほどと考えていい。私が最後に測ったときは確か154センチだったから、それから数センチ伸びたとすればエリオットの見立てはかなり正確だ。
わしわしと髪をかき混ぜるような撫で方をしてくるエリオットは、どう考えても私を子供扱いしている。…別に、私がチビなわけじゃない。この世界の住人が平均的にでかいだけだ。
にしても……何を、ねぇ。
恥ずかしいことでもないし、違法なことでもないはずだから別に素直に答えるのも問題はないはず。でも、正義感溢れる人物には軽蔑されるだろうなぁ。
「で、何だ?」
まあ、そんなことどうでもいいか。
「僕、銅ランクになったんですけどね。討伐依頼を受けるためにパーティー組まなきゃいけないんで、奴隷でも買おうかなぁと」
「……、…………奴隷を?」
「はい。奴隷です」
こいつは私に要らない存在だ。だからどう思われようが別にいいし、邪魔になったら消せばいい。
「…………へえ…ま、そういうことなら北門の近くに店がある」
「! ……あは、意外。止めないんですね?」
「そりゃそうだろ、違法でもねえし。俺が組んでやりゃあいいんだろうが、悪いが今の相方と解散してまで面倒見てやれねえんだ」
すまなさそうに眉を下げてエリオットは掲示板のほうをちらりと見た。良さそうな装備をしているのが数人いるから、あの中の誰かが相方さんなのだろう。
「それにもしもの話だが、他の冒険者と組んで捨て駒にされちまうよりはずっといい」
「捨て駒」
「ああ。そういう奴らばかりとは言わねえけど中にはやっぱり悪質なのもいるんだ。あー、それとな、奴隷買う時も気をつけろよ? 元気そうだけど実は病気持ちだったとか、あるって聞いてたスキルをもってなかったとか、色々聞くからな。お兄ちゃんは心配です」
「えっ、お兄ちゃんって年なんですか? お父さんと同い年かと……」
「ひっでえ!? そこまで老けてねえって、俺まだ26だぞ!」
げらげら笑うエリオット。こいつが何を考えて私に構ってくるのかは解らない。
それを見定めるためにも、どうやらもう少し時間が必要なようだ。
×××××
パンの配達、なんていう依頼ついでに北門近くまでやってきた。
最初はアホらしい依頼だと思っていたけれど、オマケとしてもらったパンはまあ、美味しかった。文化レベル的にどう考えても一般市民の食べるパンのレベルじゃない。酵母とかどうなってるんだろ。摩訶不思議だ。
いつの間にか通り過ぎてしまい、慌てて来た道を戻る。
そして堂々と「奴隷あります」なんて看板を立てている建物の扉をくぐった。
「いらっしゃいませ。こちら名前と職業の一覧となります。ごゆっくりどーぞ」
「あ、はい」
それなりの規模の店なのに店員は1人しかいなかった。
まさかこの人がオーナーなのだろうか。それにしては小太りじゃないし媚売ってこないし……うーん、イメージと違う。
渡された羊皮紙に書かれたリストは参考程度に、とりあえず順番に見ていく。もちろん魔法で全員のレベルとスキルを確認するのも忘れずに。
檻の中でうずくまる奴隷たち。半分ほどまで見ても、昔読んだ小説とは違って良さそうなのが見つからない。
「あの、ご主人様」
「……僕のこと? 買ったわけじゃないのに、どうしてそう呼んだの」
「それは、その……」
もう帰ろうかと思いかけた時、声をかけてきたのは女の子だった。自分から声をかけてきただけあって確かに将来有望そうな可愛い顔、さらには年齢の割に出るとこは出ているという結構な美少女だ。
リストによると18歳、種族は人間。念のためもう一度魔法で確認してみれば、レベルは8と一般人としては少し高め、スキルはまあまあ使えそう。
「わ、わたし、口減らしで親に売られて、でも売れ残っちゃって、こ、このままじゃ娼館に行くしかっ……な、何でもします! 戦いも、ちょ、ちょっとはできますし、そのっ……よ、よ、夜もお役に立てます、だか、だから、お願いします! どうかわたしを買ってくれませんかっ!? お願いします!」
「……ふぅん」
…かなり中性的な体格になっちゃったのをいいことに、一人称を変えたり服を体の線がでないローブにしたりと男装の真似事をしてみたけど案外バレないものだ。声をかけられたということは、要するに「この人にだったら抱かれてもいい」と思ったのだろう。
そう考えると私ってちょっとイケメンなのかもしれないと思い始めた。……あれ、何だか嬉しい。
だがしかし。少しテンションが上がりはしたが、私にそっちの趣味はないのだ。
うーん、どうしようかな。