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第2話

 少し立て付けの悪い扉を開ければ、カランカランとドアベルが鳴る。

 もう日暮れも近いこの時間帯。併設されている小さな酒場で仕事終わりの1杯を楽しむ人々は、黒に近い紫のローブを着た細身の少年に好奇の視線を向けた。

 しかし少年は特に気にすることもなく、真っ直ぐ受付嬢のところへ歩いていく。


「すみません、わた…えっと、僕の登録お願いしたいんですけど」


 言った瞬間そこかしこからどっと笑い声があがる。


「おいおい、坊主。ここがどこだか解ってんのか? お前さんみてぇなひょろっこいのが来るとこじゃねぇぞ?」


「冒険者ギルド。来るもの拒まず去るもの追わず、ルール違反は即制裁。どっか間違ってるとこありますか?」


「ははは、合ってるよ!」


 即答してやれば、さらなる大声で笑い始める大剣を背負った男。茶色い短髪や日に焼けた肌、まさに冒険者といった風貌だ。僕より頭2つぶんほど大きい。

 細いのは認めるけれど、お前みたいなガチムチに比べりゃ大概の奴は細いに決まっている。


「エリオットさん、失礼ですよ!…しかし、わたしから見てもあなたは、その……荒事に向いているようには見えません。冒険者は実入りもいいですが、死亡率も高い危険な仕事が大半です。それでも登録するんですか?」


 心配そうな受付嬢にこくりと頷いてみせ、登録用紙を受け取る。

 興味津々でのぞき込んでくる男…エリオットとやらが近くてムサ苦しい。


「用紙には項目がいろいろありますが、必須なのは名前と年齢、職業(ジョブ)の3つです。ですが、特殊技能(スキル)を記入しておくとパーティーメンバーとして勧誘されたり、指名依頼がくることもあるのでそれも書いておくのがオススメですよ」


 うーん…他人と組むのは嫌だしね、必須事項だけでいいや。


「…ツ、ム、ギ……へー、お前さん、ツムギっつーのか。ここらじゃあんまし聞かねえ名前だなあ」


「…変ですか?」


「いんや別に。個性的でいいんじゃねえか?」


「ありがとーございます。あ、書き終わりました」


「はい、確認いたします。名前ツムギ、年齢20歳…20歳!? ど、童顔ですね……あら? ツムギさん、使役士(テイマー)なんですね、種類だけでいいので使役獣についてこちらの用紙にご記入お願いしま……あっ、エリオットさんはこれ見ちゃ駄目です!」


「は? 何でだよ」


「ギルドランクの低い使役士が貴重な魔物をテイムしていた場合、素材目的で襲う冒険者がいないとも限らないからです。エリオットさんは大丈夫だと思いますが……」


「当たり前だろ、そんなことしねえよ! ……しっかしまあ、そういうことならしゃあねえわ。じゃあなツムギ、また会おうぜ」


 何だったんだ一体……。

 ひらりと手を振って酒場へと戻っていった彼を見送り、用紙へと向き直る。


「……と、これでいいですかね?」


「……わあ、何て珍し、あ、いえ、問題ありません! あ、すみませんけど今日はもう遅いので冒険者についての説明やギルドカードはまた明日、朝にきてくださいね」


 今のが誰かに聞かれてたら用紙を隠した意味が消え失せていたのが解らないのかな?

 思わず、というようにこぼれ落ちた言葉にじと目になりつつ、登録料である銀貨5枚を手渡してさっさとギルドを後にした。


 宿を探そうとふらりと歩き出す。

 しかし、


『釣れたぞ、ツムギ。酒場から着いてきた』


「え、もう? 治安悪いのかな、ここ」


 別に1日くらい野宿が増えたって問題はないので寄り道しようと思う。


 薄暗く人通りもなくなった夜の道。

 感覚を研ぎ澄まして後ろに注意していれば、足音と話し声が聞こえてくる。


「なあなあ、あのガキ……ツムギつったっけ、どんくらいになっかなあ?」


「ガキっつーか、あんなんでも20らしいけどな。ま、黒髪黒目は珍しーし、14歳くらいってことで売り込めばそれなりにオイシイだろ」


「ド変態ってぇのは理解できねぇなあ……貧相な男の何が楽しいんだか。俺はもっとこう、バイーンとしたエロい女が…」


「しっ、あいつ路地裏に入ったぞ! あの道は袋小路に続いてるはずだ、もうちょいしたら仕掛けよう」


「おう。にしても、ひひっ、あいつも運がねーな。冒険者開始1時間でオワリ、なんてなあ?」


「ぶはっ、ちげーねえ! ははは、ま、せいぜいオレらの飯の種になってもらおうぜ」


 いっそ見事なまでに下衆だなぁ。何だか慣れてるようだし、これが初犯というわけでもなさそうだ。

 しばらく聞いていても、使役獣については話題に出てこない。ほっとしながら相棒に囁きかける。


「男が2人か。アクロ、どう?」


『ああ、問題ない……が、たまには違うものがいいんだがな』

 

「いつもごめんね。ああいう奴らのほうがリスク少ないからさぁ…」


『いい、構わん。安全第一、だからな』


「ありがと。…さ、獲物(・・)が自らやってきてくれたことだしね、やっちゃおうか」


 毎度のことだが、彼らのような奴らの末路を想像するとついつい口角が吊り上がってしまう。堪えきれなくて、くふっと吐息がこぼれた。

 うーん、僕、いや私もだいぶこの世界に染まったよなぁ。


 声が思い出せなくなってしまったけれど、お母さん。

 親不孝な娘でごめんなさい、私はまだ生きています。


 カシュンカシュシュという声と会話しながら、薄暗い空に輝く一番星を見上げた。






×××××






 あの時。8つの赤い目が私を見つめていた時。


『────シヌノカ ニンゲン』


 カシュ、カシュ、という何かが擦れるような音が私にはどうしてか意味ある言葉として聞こえていた。


『ワレ モ モウスグ シヌ。オマエ ドウセ オワル イノチ ナラ コドモ タスケテホシイ』


 もう助からないと、諦めていたのもある。どの道死ぬのだから食べられるのも大差ないと、自棄になっていたのもある。


 でも、一番は、彼女が「お母さん(・・・・)」であったから。


「……うん、いいよ」


 そうして気がつけば私は、小山のような蜘蛛の傍らで朝日を浴びていた。蜘蛛は脚が5本しかなく、お腹も半分ほど失って息絶えている。

 ぼうっと亡骸を見つめていると、静かに私の影から這い出てきた中型犬ほどの大きさの蜘蛛。大きさこそ違うけれど、赤い目や紺色の甲殻はよく似ていて、すぐにあの亡骸の子供だと気づいた。


 アクロと名乗った彼の説明によれば、アクロたちはナイトセージと呼ばれる蜘蛛系魔物の貴重種らしい。魔法薬や魔法具(マジックアイテム)に用いられる高級素材として乱獲されているのだとか。そして彼ら親子も狙ってきた冒険者に襲われて瀕死の状態で逃げてきたそうだ。

 どうして歯や足の腱が元通りになっているのか、と訊けば「契約」の際の魂の再構成の副作用として私たちは健康体を得たのだと教えてくれた。性別が違ったせいでお互いにかなり中性的な体つきに変化したようで、私の胸は絶壁になっていた。…別に悲しくはない、悲しくなんてないったらない。

 また、私はアクロの記憶やナイトセージの力の一部を得ているらしいし、アクロは私の記憶や同レベルの知能を得たらしい。彼のメリットが少ないように思えるけれど、互いに瀕死だったためにこれが限界の深度だったのだという。


「深度?」


『正しくは、“契約深度”だ。魂の共有部分が大きいか小さいかを表し、深ければ深いほどメリットも大きいが……そのぶん片割れがもう一方に及ぼす影響も大きくなる。これを“リンク現象”と呼ぶ。例えば俺の脚が1本切断されたとして、深度が浅ければお前の腕には違和感がある程度で済む。だが深ければお前の腕も切断されるだろうな』


「……ふぅん、今はどのくらい?」


『そうだな、半分というところか。おそらく直接的な傷はなく痛みを覚える程度だろう。…………さて、お前…名は(ツムギ)だな? ツムギ、お前にも俺の知識が根付いているはずだ。知りたいことは思い出せ』


 それからお互い生まれて初めてとなる狩りに行く途中、彼は独り言のように呟いた。


『俺たちは魂の格(レベル)を上げて力をつけねばならない。もう二度と人間共に奪われないように、な』






×××××






 壁にぶつかりそうになってパチクリと瞬き。いつの間にか行き止まりまで来ていたようだ。


 あれから3年、3年だ。各地を転々として格上の魔物に挑み、ナイトセージを狙ってやってきた冒険者さえも糧として、アクロと私は力を蓄えてきた。

 契約によって得た身体能力と、異世界トリップ特典としか思えないほどの膨大な魔力と魔法の才能。私はもうただ痛みを享受するだけの弱者じゃない。

 アクロも脚の1本1本が成人男性サイズ、全体的に見れば大きめの車と同程度の大きさになった。甲殻はより堅牢に、脚爪や鋏角はより鋭利に、毒はより凶悪に。


「…【電流(カレント)】」


「ぐ」


「がっ、?」


 ばちち。一瞬の紫電のあとには胸を押さえて倒れ伏す男が2人。それぞれの手からダガーとロングソードが滑り落ち、やがて泡を吹いて息絶えた。

 何が起きたのか解らないって顔に少し笑いながら、武器を拾って空間魔法で収納する。


 【電流(カレント)】は私のオリジナルの雷魔法で、威力は下級程度。

 そもそも人間を殺すのに派手な魔法は必要ない。威力だって下級で十分なのに、何度か対峙した他の魔法使いたちは上級魔法なんてド派手なものを使いたがった。竜種を相手にする時や、大人数を一度に殲滅する時ならともかく、私たちからすれば詠唱中の奴らはいい的でしかないっていうのに。


『最初の丸焼きからは信じられないほど成長したな……しかし、よくもまあ心臓だけを正確に打ち抜けるものだ』


 音もなく私の影から這い出した彼は、上機嫌に口元の鋏角をカチカチと噛み鳴らしている。

 …毎度毎度、最初の頃の失敗の話を持ち出すのはやめてほしい。


『む、何故褒めているのに不機嫌になるんだ。 ……なあ、今回もお前は食べないのか?』


「うん、さすがに私もまだちょっと抵抗があってね」


『……そうか。……まあいい、あとでツムギもしっかり食べておくようにな』


「はーい」


 アクロと生活するようになって知ったけれど、蜘蛛は捕らえた獲物の中身を消化液で溶かしながらそれを啜り、獲物は徐々に皮や殻だけとなって息絶える。

 ……つまり何が言いたいかというとですね?


「わぁグロい」


 じゅぅう、じゅる、じゅぞぞぞぞぞ。

 おぞましい音と共にリンク現象で私の空腹も紛れていく。うーん、おやつを食べた時と同じくらいかな。これならアクロは2、3日保つだろう。


 粗方吸い尽くして満足したのか、アクロが獲物2人の残骸を噛み潰して丸めてから私の影へと引っ込んだ。

 私はバレーボールのような2つの残骸を火魔法で炭も残さず消し去る。これで証拠隠滅は完了だ。

 ちなみに戦利品の武器は、質が良ければありがたーく使わせてもらうし、質が悪ければ売り払って財布の足しにする予定である。


 ……この行為に罪悪感を1ミリも感じなくなったあたり私もなかなかの外道になったなぁ、と妙に清々しい気分だった。



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