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旧東京都シェルター内部(1)

いつも何か間違った場所に居ると感じるようになったのはおれが、おれ自身について考えだした時、つまりは15の時だった。その時おれはシェルター内部の、旧聖教が管理している孤児院の中に居た。昼と夜は空を覆う巨大なシェルターで奪われ、シェルターに付属している巨大な幾つもの光源がおれの太陽だった。その太陽ごとにそれぞれの思惑めいたものを感じる事はその時から多々あった。ランダムに点滅している様で一定の規則を保ちながら点灯する巨大な人工の太陽たち。そんな太陽たちにおれは幻滅していた。シェルター内部にはもともと持っていた何かを奪われた、ありとあらゆる種類の人間達が犇めいていた。それはあの孤児院の中も同じでおれの他に20人程度の哀れなガキどもが居たが、おれはミチホ以外の他の人間達の事を余り覚えてはいない。ミチホは他の同い年と比べて体は小さく、おれは逆に体が大きかった。


孤児院での生活にはとても満足していた。おれはそこで読み書きと数字の足し方と引き方を習った。他にももう忘れてしまったが、教団の考え方を院長から習った。おれは椅子に座り、院長の授業を聞いている事がとても好きだった。そう、おれは院長のことを父親のように尊敬していたのだ。あの夜までは。しかし、おれ以外のガキどもは院長の話は好きではなかったらしい。おれはあまり話をする方では無かったので、ガキどもはおれの事を馬鹿だと思っていた。おれも自分でそう思う事にした。おれ以外の沢山の人間がそれは犬だといったら、おそらくそれは犬なのだろう。そんな中でもミチホはおれに親切にしてくれた。朝早く起きて居住棟の外にある水洗場で顔を洗っていると、タオルを干しているミチホに会う事が良く合った。そこでミチホは良くおれに話しかけてくれた。おれはミチホと話をしている時だけ、まるでパズルピースが合わさったかの様に、世界にぴったりと適合していると感じていた。


ある夜の事、おれはシャワー室からでて雑魚寝部屋に戻ろうと食堂の前を通りかかった。その時おれは、何時も見てきた食堂の机の上に見慣れない蠢く塊を見て、次に細く続く鳴き声を聞いた。「なにをしているんだ」とおれはミチホの上に圧し掛かっている孤児院の院長と、ミチホの両手足を抑えつけているガキども3人に尋ねた。院長はおれに気付き、整った顔立ちに笑顔を浮かべておれを手招きした。ガキどもは意味深なにやにや笑いを顔に張り付けている。おれは全てを理解した。おれは我慢が出来なくなる。おれはおれ自身の暴力に我慢が出来なくなるが、それ以上に、この場に居る奴ら全てに我慢が出来なくなる。院長に近づき、口を狙って顔面を殴る。何本かの歯が折れて俺の手の甲にささる。時間が硬直して8の瞳が俺を見ていた。おれは自分の中に未だ抑えきれない暴力の予感を感じる。院長は下顎が千切れ飛び床に倒れて痙攣している。おれは次に、腰を抜かした3人のガキどもの首を手際よく順番にへし折ってやる。ボキッ、ボキッという音がおれの両手にしっかりと手ごたえとして残り、おれの暴力は収まっていく。「いつもおまえはこんなことをされているのか」おれはミチホに尋ねた。ミチホは息を整えながら「そうよ」と答えた。おれはその答えに得意げな何かを感じて、何も言えず、彼女から逃げだした。


その夜からおれは幾つもの夜を過ごした。それはたとえば刑務所の中でオカマを掘られている男の声を聞きながら眠った夜。それは例えば坑道の中でつるはしを振って壁を掘っていた夜。そして別の夜では教団に囚われて金属のベッドに横たわり、手術用のランプを見つめていた。幾つもの夜を過ごす度に、おれの背中は大きく膨れ上がり喉は潰れ、今は特殊重鉄鋼の強化骨格が全身に埋め込まれている。


 だが、時間を戻そう。おれは19歳になっている。おれは孤児院で4人も殺し(その頃は本当にそう思っていた)、逃げながら働いていた。ある時は巨大な工場で。またある時は何かの運び屋として。


 おれは運び屋という雑務を通してこの世の中で何が金に成るのかを理解した。中身についておれは何も聞かされなかったが、一度何かの拍子で鞄の中を見た事が有る。それは黒い円形の薄い金属板のようなものだったが後でオンラインへの違法アクセス装置だと分かった。現実逃避には中毒性と女を。両方を生み出すことのできる違法アクセス装置は正に金を生み出す黒い卵というわけだ。おれは毎日毎日シェルター内のあちこちへ訪れ、電脳麻薬を運んでいた。夜遅くに出て、シェルターの人工太陽がうっすらと灯る頃に、手ごろな廃ビルの一室で眠りについた。遠くのどこかのビルの谷間で銃声が聞こえる。フロートヘリのエンジン音が聞こえる。


 運び屋をやっていると色々と面倒な場面に遭遇する。例えば、扉すら満足に付いていないモノレールの車輛の中で、おれは礼儀正しくおとなしく座っている。窓の外には愛すべき我が東京が、巨大な廃墟と化したかつての人々の憧れが広がっている。おれは窓からの風景を眺めているが、意識をしっかりと前の車輛の2人の男に向けている。派手な格好をした男二人がおれを気にしている。正確にはおれの持っている銀色のアタッシュケースの中身を気にしている。おれはそんな事にはまるで気付いていないかの様に景色を眺める。窓の外にはおれの時代と同じ大きさの、巨大な失望しか存在していない。


 車両を降りて錆びついた階段を降りる。目的地であるカネフサビルに向かって3つほど横断歩道を渡った時、後ろから男二人が走ってくる。おれは文字通り腹の底から恐怖を感じる。しかしそれ以上に、感じている恐怖以上に、憎しみが湧きおこってくる。奴らはおれから商品を奪い取ろうとしている。奴らはおれの仕事をつぶそうとしている。そんな事はおれは許さない。断じて許さない。


「よう」男の一人がおれに追い付き、ヘラヘラと笑顔を浮かべて親しげに肩に手をかける。年はおれより少し上、23歳ぐらいといった感じだ。おれはとても驚いて、怯えた表情を作ってみせる。奴らにおれが恐怖していると思わせてやる。もう一人の男はそんな俺を見て歩を緩め、周りをうかがいながらナイフを出して近づいてくる。気にするなよ、とおれは思う。誰もいないんだ、たっぷり楽しめるさ。「これが欲しいんだろ?」おれは男に尋ねる。その一瞬でおれは男の右顔面にアタッシュケースを持ったまま肘鉄を加える。男は不意を突かれて前のめりで倒れ込む。おれの大きな足が男の後頭部を激しく踏みつける。まずは一回。「欲しいんだろ?もっと笑えよ」そしてもう一度。首がひしゃげる音が全身に伝わる。近づいてきた男は面食らって体を硬直させたが唸り声をあげておれに向かってくる。おれは男がナイフを突き出すより早くその腕を掴んでねじり上げ、男の右頬にナイフを突き刺す。絶叫が響き、カタが付いてしまった事を悟る。おれは男にささやきかける。「これをおれに刺そうって思ってたんだよな」男は流れ出る血で喉が詰まり、口から血の泡を吹いている。「そうだよな。こんなものをおれに刺そうって思ってたんだよな」おれは男の手からナイフを取り上げて出鱈目に、しかし素早く男の胸を何回も刺してやる。男は死んでいく。シェルターの天井広告が主張する、『洗練されて心安らぐ生活』なるものとは真逆の状況で、男は野良犬と同じように冷たく死んでいく。おれはため息をついてアタッシュケースを拾い上げ、目的のビルに向かって歩き出す。


 おれはこの世界を憎み始めている。

 

 おれは目的のカネフサビルに到着し、金は掛かっているが趣味の悪い一室に居た。大きな机の向こうには派手なスーツを着た男が足を机の上で組んでいる。「今日は遅れたな」と男は話す。逆光でこの男の顔はいつも見えない。おれは答える。大変申し訳ございません、暴漢に襲われてしまいまして。「ははっ」と男は乾いた声で笑う。「すると何か?お前は危ない目に遭っても、投げ出さず運ぶ物を守ったってことか?」男はおれの血まみれのシャツを指さして尋ねる。はい、それが私の仕事で御座いますから。「くれちまえばいいじゃねぇか、こんなもの」男は足でアタッシュケースを蹴る。机から落下するアタッシュケースを捉える。ですが、やはりそれは私の信条にそぐわないと申しますか。「信条。お前、ちょっとずれてるよな。」男はスーツの上着の裏ポケットから封筒をおれに向かって投げだす。「もっていけよ。おれは何というか、お前みたいなやつ嫌いじゃないぜ」いえ、そんな勿体ないお言葉。そして男は大いに魅力的な提案をしてくれる。「どうだい。いまウチの客の店が“選手”を一人探している。頑丈で、でかくて、なるべく若い奴だ。」


 こうしておれは運び屋から、旧聖教が経営する電脳ナイトクラブのデスマッチの“選手”にステップアップした。おれは自分のスタートとも言える殺人に怯えて暮らすことより、いっそのこと内部に踏み込むことを選ぶ。幸いな事といえるのかどうかは分からないが、殺しは今の世の中に溢れかえっている。ウンザリする位に有ると言っても良い。おれは多くの陰惨な殺しの中に自分の隠れ蓑を見出す。おれはおれである事を保ちながら、かつての孤児院と同じ資本の傘下に下る。


ここまで読んでくれてありがとうございます。ストックが切れました・・このパートの文体は自分の好きな小説をまねています。

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