2234年日本(2)
きっかり一時間後に会議室へ入った。警備課の面々が薄暗い室内に待機している。
「あぁら、人を待たせるなんて偉くなったのね。理奈ちゃん」
松下薫が真っ先に嫌味を垂らす。私はこの子の事がどうしても好きになれない。
「時間通りに来たつもりだけど?」
「全員揃った様だから、手短に用件だけを伝える」と本部長が切りだした。「はぁい」と薫は軽口を叩く。その様子を本部長が鋭い目を向け、彼女を諫めてから話しだした。
「君達の職務は国境を警備し、テロを退ける。迅速に国民に気付かれず、国境外からの脅威を排除する。それが本来の職務だ。実際に君達は期待以上に良くやってくれている。我々も充分その点は評価しているつもりだ。」
「部長、用件は?」木崎が腕組みをしながら大柄な体を揺すった。
「まあ聞け。今回君らに依頼するのは国内の反乱分子の身柄拘束だ。」
「それは警察機関の仕事じゃなくってぇ」薫が茶化したように声を上げる。
「全く、黙ってきけんのか。困った連中だな。依頼しているのがその警察なのだ。」
「ええーいつからあたし達アウトソーシング業になったのー」
と薫が馬鹿にしたように言った時、中央の立体表示装置に1枚の写真が表示された。
スキンヘッドの巨大な男。肩から鉄骨の骨格が覗き、喉には防塵呼吸装置が接続されて口元を覆い隠している。
「うわぁ。見事にやばい雰囲気しかしないわねぇ」と薫が茶化す。
「この人物だ。武器や違法オンラインへのアクセス装置などを国内に密輸し、犯罪組織や新宗教法人に販売している言わばブローカーだ。それ以外にも人身売買の嫌疑も掛けられている。恐らくは国境外出身の人間だ。所属している組織や企業も判明していない。」
「私達がこの人物を拘束しなくてはいけない一番の理由は?」と私は尋ねた。
「理奈ちゃぁん、見たらわかるじゃない、違法身体改造をしているのよ」
「その通りだ。密輸先の現場で度々確認されている。動いた警察の何人かは後を付けて身柄を拘束しようと何度も試みている。しかし、」
「巷を騒がせている高架下の首つり死体やバラバラ死体達は、コイツの仕業なのねぇ・・」
「その通りだ。薫、会議中にオンラインは切っておけ。」
「それが仕事なのにぃ」
「兎も角だ。頼まれた以上我々としては期待以上の役割を果たすつもりだ。これは我々の対外的なイメージの向上にも繋がる。木崎、理奈は単独で動け。高田と薫はコンビで動くように。私からは以上だ。詳細な情報は本日中に指令から届く。明日のミーティングで方向性を決定しろ。」
「今我々が抱えている案件に関してはどうなるんです??」高田は驚いて抗議する。
「高田、この件は外部案件で最重要課題だ。本日からこの件に絞って動け。解散だ。」。
「しかし、人選の理由は?なぜ俺が松下と・・・」
「ああら、私じゃ不足って事かしらぁ?」
「松下は戦闘要員じゃないだろう。お前がカバーしてやれ」部長はそう言って指令と共に部屋から出て行く。
「じゃ、後から其々、ファイルを送っておくわね。」指令も部長の後を追って退出する。
「俺だって戦闘要員じゃないのにな・・」
「愚痴るなよ高田。お前のスキルアップも兼ねてだろう。」と木崎は声をかける。
「おう、山下。今日は派手だったそうじゃないか」
「あら、褒めてくれたの?ありがとう。でもいつかの貴方ほどじゃないわ」
「ふん、昔の事だろうが。じゃあ、俺はあがるぜ」そういって木崎は退出していった。
「わたしも今日はお先に失礼するわ。」しばらくしてから、私は未だ項垂れている高田と何時も通りの薫に声をかける。
「おぅ、おつかれ」高田は薫と組むのが余程嫌なのか、沈んだ声で返事をした。
「ばぁい。」と薫は陽気に返事をした。
高田が自分には「人をだます才能が有る」とハッキリと自覚したのは高校生の頃だ。簡単な事だ、搾取する人間と搾取される人間、この2種類を見分ければ良い。強きものにはこびへつらい、弱きものには唾を吐く。有史始まって以来、人類の関係性というものは変化には至らない。利用する者と、利用される側。残酷かつ正当に構成される高校のヒエラルキーを高田は熟知していた。
大量の移民から構成される多種多様な人種のるつぼと変化した2200年代の学校教育の現場は、時代が変わってもヒエラルキーの三角形のトップは金持ちのボンボン、底辺は根暗な馬鹿で構成されていた。高田は風見鶏の如くクルクルと立場を変えて三角形の内部を移動した。グループからグループへと、中心人物に取り入り用無しになったら切り捨てる。企業が行う人材の切り捨てとまるで変わらず、心温まる友情や青春の一時など一切なかった。
高校を卒業後、警察学校に入学し可もなく不可もなくの成績で卒業した高田は、その後東側で暗躍する麻薬・違法アクセス装置密売組織の一斉摘発の計画に自ら志願した。“ネズミ”の役を請け負ったのである。高田は人の自尊心をくすぐり懐に飛び込む事に長けていた。そして心の底でそんな自分を誇ってもいたのだ。実際大したものだと自分でも思っていた。“ネズミ”がばれるまでは。