第一話 演説
「…イ…さ…イアン……ま」
誰かが誰かを呼ぶ声が聞える。
「ライアン様!」
女性の怒鳴り声で私は目が覚めた。
ライアン様?一体誰のこと?ええとテレビで言ってたような……寝ぼけ眼で声を発した主の方を見る。
オレンジ色のくるくるとしたショートヘアーの褐色の女性が私の手を握りながら寄り添っていた。
年は私と同じくらい……かな?
「ライアン様お気づきになられたのですね……!良かった!」
どうやら私に話しかけているらしい。
「ライアンって誰……ってあれ?」
声が低いおかしい。思えば手もなんかゴツイ。
目の前の少女は心配そうに私を見つめてくる。
「どうされたのですかライアン様……まさか」
まさかこれはもしかして……
「「異世界症候群!?」」
二人の声が重なって響いた
***
窓から見る空は雨こそ降りはしないが生憎の曇天。
部屋の中は本や銃のようなもの色んな物がごった返している。
「まさかこんなことになるなんて」
そう語るのは、レイリィ・マルガールさん。
先程からライアン様を看病してくれている少女だ。
護衛官だと言っていた。
「ミサトさん、と言いましたよね」
「はい」
「女性ですか」
「はい」
はぁーと少し困ったような感じでため息を吐かれた。
「ライアン様は我々レジスタンスののリーダーです。そんなお方が女性のような口調や物腰であっては困る。貴女にはできるだけライアン様のふりをしてもらいます。」
屹然とした態度でそう告げられても……そんな簡単にふりなんて出来るのだろうか。
「そんなこと言われても私は元の世界に帰りたい」
正直な気持ちを述べる。
「わかっています。ですが演説が差し迫っているのです。できるだけ私が傍に居ますから。お願いします」
演説?そんな物に縁はなかった私に出来るのだろうか。いや、やりたくない。失敗する光景が目に見える。私はレイリィさんから目をそらす。
レイリィさんの表情が焦っている。そんなに重要な演説なんだろうか。
「お願いします。みんなライアン様を求めています……!」
「と言われてもライアン様って人がどんな人かわからないし……」
「教えます教えますからどうか……!」
涙目の少女に訴えられて断れる人はそうそう居ないと思う。
私は承諾した。
レイリィさんに聞くとライアンは誰にでも優しい美丈夫で、彼女らを正しく導くリーダーだという。
ライアンについて話すレイリィさんの表情はなにか愛おしいものを話す表情だった。
ライアンってもてるのかな?ふとそんなことを考えた。
そして演説の原稿が渡される。私はそれと小一時間格闘した。
***
演説の時間だ。なるべくカンペは見ないよう堂々と話す。視線は泳がさない。遠くまで通るような声で。言われていたことを反復する。
そして私は過去の失敗を思い返していた。ピアノ発表会でのことだ。
緊張が走る中丁寧に指を動かしていく。しかし途中で音を外してしまう。
緊張して手が開かなくて指が届かなかったのだ。
それでピアノやめたんだっけ。
いや今はそんなこと関係ない。
幕が開く。
周りには半壊した黒ずんだビル群が立ち昇る。目の前の広間には何千人もの聴衆が見える。すごい人の数だ広間の外側にも何万人もの人が居る。
「よく来てくれた諸君。
諸君らが来てくれたことを誇りに思おう。
崩れゆく家屋。散り散りになる家族。
今や我らの国は政府の暴虐によって蹂躙されている。
こんな暴虐になすがままになっていていいのか?いやそうではない。
我々一人ひとりの力が小さくとも、その力が合わせれば必ずかの政府への風穴となる。
力を合わせ立ち向かおうではないか!」
”おおおおおおー!!!ライアン様ー!!”
盛大な歓声が響く。
「大成功です。」
レイリィさんが言った。
どうやら異世界に来て初めての仕事はうまくいったようだ。よかった。
「ありがとうレイリィさん」
「レイリィでいいですよミサトさん」
よし後は戻る方法を探すだけだ。