帰郷の春
フェリーが桟橋に近づく。
潮の香りが鼻をくすぐる。
海の上を渡る春の風が、心地よく頬を打つ。
船が岸に着くと、ゆっくりと鈍い音を立てて接岸した。
一歩、足を踏み出す。
波の音、潮の香り、すべてが懐かしい。
でも——どこか静かすぎる。
閉まったままの店、使われていない自販機。
昔はもっとにぎやかだったはずなのに。
「……こんなもんか」
小さく呟く。
そのとき、後ろから声がした。
「……湊?」
振り向くと、見覚えのある顔。
中学の頃、よく一緒に遊んだ友人・悠真だった。
高校で上京してからは、ほとんど会う機会はなかったが、数年ぶりの再会だ。
「……やっぱ湊だよな」
少し驚いたように笑う。
「久しぶり」
自然と口から出る言葉。
「久しぶりってレベルじゃないだろ」
苦笑しながら近づき、軽く肩を叩く。
「帰ってくるって連絡くらいしろよ」
「……悪い」
素直に答えるしかない。
少し沈黙が流れる。
お互い、何を話すべきか探すような空気。
「……今日、だろ」
悠真が少し声を落とす。
言われなくても分かる。
「ああ」
短く返す。
「そっか」
それ以上は何も言わない。
でも、その一言で十分だった。
「とりあえずさ」
少し空気を変えるように言う。
「一回家帰るんだろ?」
「ああ」
「じゃあ途中まで一緒に行くわ」
そう言って歩き出す。
昔と変わらない距離感。
それだけで、少しだけ救われた気がした。
島の道を歩く。
見慣れたはずの景色、少しずつ変わっている。
新しくなった家、逆に消えた建物。
時間の流れを、嫌でも感じさせる。
「……あのさ」
隣を歩く悠真が、ぽつりと言った。
「結衣のこと」
その名前で、足が少し止まる。
「……今さらだけどさ」
言葉を選ぶように間を置き、少しだけ声を落とす。
「お前、あの日来なかったよな」
心臓が強く鳴る。
「……ああ」
それしか言えない。
「……そっか」
責めるでもなく、慰めるでもなく。
ただ、事実だけがそこにある。
分かれ道で悠真と別れる。
「じゃあ、ここで」
軽く手を上げる。
「……またな」
「……ああ」
背中を見送りながら、胸の奥が重く沈んだ。
そして、実家の玄関前に立つ。
見慣れたはずの家も、どこか他人の家のように感じる。
少し迷ってからドアを開ける。
「……ただいま」
久しぶりに言う言葉は、少しぎこちない。
奥から母親の声。
「……湊?」
「……帰ってきたの」
少し驚いたようでも、嬉しそうな声。
「ああ」
短く答える。
「連絡くらいしなさいよ」
それでも、どこか安心したような顔。
「……悪い」
家の中はあの頃とほとんど変わっていない。
でも、どこか静かだった。
「……今日、行くの?」
母が静かに訊く。
「ああ」
「そう」
それ以上は言わない。
その沈黙が、すべてを分かっているようだった。
ご愛読ありがとうございます。
引き続き少しずつ話を増やせていけたらなと思います。




