107エンメルカル「絵二枚」
エンメルカルの素晴らしい家臣達。
崩落の足音 ―― 届かぬ悲鳴
エリドゥの穏やかな街並みを散歩していたエンメルカルの耳に、風に乗って「黒い噂」が飛び込んできた。ウルク国が魔神PMCの手によって陥落し、父であり偉大なる王、メスキアッガシェルが崩御したという戦慄の凶報。ゾンビたちが国を支配しているという悪夢のような事実は、まだ「噂」という霧に包まれてはいたが、王子の直感が、それが真実であることを告げていた。
「この噂は……本当か!? 父さんが、あの強い父さんが、あんな奴らに……」
家臣ガルデウスの顔が沈痛に歪む。
「……ええ、誠でございます。ウルクからの連絡は途絶え、都は死の静寂に包まれていると」
「そんな……信じたくないッ!」
エンメルカルの視界が歪む。昨日まで当たり前にあったはずの帰るべき場所が、一瞬にして消失した喪失感。
「それなら、私がこの目で確かめて参りましょうか?」
忠義に燃えるルキウスの言葉に、エンメルカルは反射的に首を横に振った。
(これ以上……誰の命も消えてほしくない。父さんだけで十分だ。俺のために、これ以上誰かがいなくなるのは耐えられないんだッ!)
「……それには及ばない。俺は、これ以上家臣を失いたくないんだ」
その言葉に含まれた怯えを隠すように、彼は俯いた。
「王子は心配性ですね!」と明るく振る舞うヘルミトンに、「ちっげーし!」と顔を赤らめて返すのが精一杯だった。
:偽りの静寂 ―― アルリム王への心酔
「エンメルカル王子。……今は、喪に服しましょう」
家臣イザベラの提案に、王子は虚を突かれた。
「うむ、それで……喪に服すとは何だ?」
まだ「死」という概念が生活の一部ではなかった世間知らずの王子。イザベラは、母のように優しく解説した。
「故人を悼み、一定期間、己の行動を慎んで祈りを捧げることですわ」
(祈ることで、父さんは救われるのか……? ならば、何だってしよう)
↑(エンメカル)
「ヨシ! そうしよう!」
一行は、倒壊した王宮の代わりにアルリム王が提供してくれた豪華な別荘へと身を寄せた。
「それにしても、アルリム王様は本当に気前が良いですわね!」と、セシリアが感嘆の声を上げる。
エンメルカルは、別荘の窓から見えるエリドゥの景色を眺めながら、アルリム王という存在に圧倒されていた。
「感謝感激だな。あのお方は、シェケルの使い方が実に鮮やかだ。きっと人柄も、太陽のように高潔で揺るぎないのだろう。アルリム王様の庇護下なら、俺たちは永遠に守られ、悠々自適な生活を謳歌できるに違いない!」
(王とは、あのように万能で、慈悲深くあるべきなんだ。俺のような、ただ怯えているだけの子供とは違う……)
彼は、アルリム王への尊敬を強めるほどに、自分自身の不甲斐なさを内側から削り取られるような感覚に陥っていた。
:王冠の重圧 ―― 独白の果てに
「王子! 昨今は物騒ですぞッ! 余り外出しないで下されッ!」
駆け寄ってきた親衛隊長アレクサンダーの叱咤に、エンメルカルは思わず反抗的な態度を取ってしまう。
「えぇ━……だって、家に居てもつまらないって!」
「王子がそんな体たらくでは、メスキアッガシェル王も浮かばれませんぞッ!」
アレクサンダーの苦悶に満ちた正論が、エンメルカルの胸に鋭いトゲとなって刺さった。
「……わーてるって!」
強気な言葉とは裏腹に、王子の心臓は恐怖で脈打っていた。
父が死んだ。ならば次は、自分が「王」にならなければならない。だが、どうやって?
「気が小さい」と思われるのが怖くて、ずっと喉の奥に押し込めていた言葉が、ポロリとこぼれ落ちた。
「……俺には……正しい民の導き方が解らないんだ。怖いんだよ、アレクサンダー。」
一瞬の沈黙。アレクサンダーは、王子の震える肩を見つめ、苦虫を噛み潰したような顔のまま、しかし確かな温かさを込めて答えた。
「……私も協力します。全ては、愛しきウルクの繁栄のために。我ら臣下、一致団結して王子を支えましょう」
その無骨な誓いに、エンメルカルは氷が溶けるような救いを感じた。
「……アレクサンダー、ありがとう。」
エリドゥの別荘、その豪華な壁の向こう側では、亜人へと進化したイオンが6万の死霊軍勢を率いて、着実にこの「安らぎの地」へと迫っている。
若き王子は、果たして父の遺志を継ぎ、死者の手に堕ちた故郷を奪還できるのか。
次回:『死霊の進撃 ―― エリドゥ防衛戦と王子の初陣』
少年の覚悟が、戦場に情熱の火を灯す……!




