表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

リベンジ・アクト

作者: けものさん
掲載日:2025/12/24

 喧しい機械の駆動音にハッと目を覚ます度に、如何にオリジナルの私が無音を好まない性格だったのかと実感する。人工転生の終わり際に続く無音は、私の唯一のトラウマだ。それはいつも、一つ死を彷彿させる。実際問題、私はこの機械の上で眠る度に一度、そうして目を覚ます度にも一度、死んでいるのだ。


 今回は、私の体感時間では約20年近い時間を異世界で過ごした。

 軋むベッドで眠る事を強いられていたからか、ボヤケた頭のまま少し寝返りを打っても音一つ立たず、いつまでも横になっていたいふわりとしたベッド式の人工転生装置の上で、私は大きく深呼吸をした。


「はぁー……成せずに帰ってきたかぁ。果てさて、これは何度目のダイヴだったろうねー?」


 眠っていた間、私を覆って守っていた黄緑色の蛍光色のプラスティックカバーが、黄色へ色を変えて、小さな駆動音を立てながら開く。そこには懐かしくも見慣れたパートナーが立っていた。


 久方ぶりの再会に、私は思わず感動で涙が出そうになるけれど、向こうはそんな素振りもなく手慣れた作業で装置を触りはじめる。何故ならば、彼女にとって私の転生世界へのダイヴ時間は長くて2日、大体は数時間程度のものだからだ。


「ダイヴお疲れ様です、リティさん。今回はまた……随分と感情豊かなパーソナルを引っ張ってきてるみたいですね」


 呆れたような溜息混じりの声も、懐かしく感じる。


 人工転生者の私をサポートするエンジニアの彼女は、私が横になっているベッドの頭部の装置を操作して、私の今回の転生物語の失敗を形作っているデータという名の本を取り出している、あの本の中身には、私が転生した世界での物語が書き綴られているけれど、それは自分の実感として考えても、出来の良い物ではなかった。


 私はやっと自分の温もりが伝わってきた寝具の上で、大の字になって笑う。


「あはは、ただいまリードさん。どうしてもダイヴの後は、自分の性格を忘れちゃうね」

「リティさんがやっていることはまぁ……そういうものですしね」


 後はどうしても、宿った肉体のパーソナルに寄っていく事もある。完全な別人格の、私と呼ぶ事も出来ないような人間の一生を過ごす事だってある。

 本当の私は女性ではあるけれど、ダイヴ後は男だった事だってあるし、獣人だった事だってあるという事を、私は数多く残している記録で知っている。

 

 どんな事だって起きる世界に、私達は挑んでいるのだ。


「ん、すぐ行くよ。だってその本の厚さだと……精々……一日くらいの物でしょ?」

「まぁ、それは……はい」


 リードさんが気まずそうに答える。それもそのはずだ。

 あの本を読むのにそうそう長い時間がかかるわけがない。という事はつまり、私が体感時間で送った二十年程度の転生生活は、本にすれば一日で読み終えてしまって、それ以上続きが作られないような内容だったという事だ。


「それに、今までの私の転生記録は、未だに一つも娯楽的認可が降りていないしね」

 リードさんが、無理に笑みを作りながら、小さく頷く。


 仕方がない話だ。だって、私がダイヴした世界で結果を残せていない事が問題なのだから、それに付き合ってくれているだけ、私にとってはありがたい。


「お上も厳しいよねぇ、売れるには値しない、か」

「この分野はAI制作物にお株を奪われて久しいですからね……いくら別世界への魂の介入が出来たからと言っても、NI-S制作物が陽の目を見るのはいつになるやら……」


 ヒトに魂の存在が完全に実証されて十数年、私達の住む世界とは別の世界が認識されて数年、そうしてその世界へ魂的な干渉が可能になって数年。


『Nature intelligence-Soul』――所謂『Ni-s(ニース)』と呼ばれる、人間の自然な力と、魂の要素を強く絡めた、AI由来ではない制作物の取り組みが少しだけ盛んになった。


 私達は、Ni-SによってAI制作の分野に切り込もうとしている。それも、シェア率94%をAIに奪われた小説という分野で、だ。


 これは、ある意味での反逆というか、リベンジというか。シェア率6%の、ヒトが書いた小説を読んで育った私達の戦いみたいなものだ。


 本という古い媒体で出力しているのもそうだ。今やあらゆる事が電子化されたこの世界で、私達はAIにオーダーすればいくらでも上等品が出てくるような娯楽製品を、自らの経験と魂で作り出そうとしていた。


 かといって、技術の進化に伴う体感二十年、実際は一日の記憶を一人の人間に積み重ねては狂ってしまう。だから、私はいつものようにリードさんに目配せした。


「とりあえず、記憶を分離しよっか」


 私がリードさんに促すと、彼女はもう既に用意していたようで、赤いカプセル薬と水が入ったコップを渡す。


「異世界分離薬……古い本を読んで育った身としては、怖くなるような薬なんですけれどね……」

「あはは、言わばこんなの、やっと存在が確定した魂を削ってるようなもんだからねぇ……」

 私は笑いながら渡された薬を飲み込む。

 途端、身体の血液が沸騰するように熱くなった。強いアルコールを飲んだ時の喉の熱さが、一瞬で全体に巡るような感覚、そしてその感覚は、全身に行き渡った後、生物のように身体の中を蠢きながら私の頭部を目指していく。

 目眩を覚える程の熱に、思考が、脳が、ねじ切れそうになる。


――事実、記憶はねじ切れている。


 そうして、その熱が消えた後に残るのは、急速な冷却。これは感覚や、物理的な物ではない。


「……ふぅ、しかし私達も、随分な挑戦をしているものよね」

 

体感20年分の異世界での経験は、もう私の中に記憶として存在しなかった。持ち得ていたであろう能力があったとしても、既に消滅している。今この瞬間、私があの異世界で経験した数多くの出来事は、記憶ではなく完全な記録だけの存在になったのだ。


 そうして、私の性格や性質を些か変化させていた状況も、完全に消え失せる。

 リードをリードさんと言っていた丁寧かつ高いトーンの声を出す私はもういない。


「今回は尚の事ギャップがありますねぇ……天真爛漫なリティさんは」


 困り眉をしながら装置の拘束を解くリードに、私は小さく笑いかけて床へと足を下ろす。


「私としても最初は恥ずかしかったのよ? 目覚めてからの自分は覚えているのだから」

「まぁ、何十回と繰り返せば慣れますよね……こういう事も……」


 そう簡単にAIに勝てる分野ではないことは承知の上だった。だけれど私達にはまだ時間が残されている。

 私達の行っているNi-S制作は、魂の冒涜だと呼ぶ声も少なくはない。この世界で一度仮死状態になった上で、人工的に転生し、この世界とは違う物語を持ってくるというのは、確かに生命もしくは魂を冒涜していると言われても仕方がない。


 ただ、私達は悔しいのだ。


――私達が作り出す物に、想像の果てに、経験の果てに、面白い事が生まれないなんて、悔しい。


「正式な認可が降りなかろうが、私は図書館に並べますよ」

「いつか朽ちるであろう駄作でも、ガラガラの本棚は埋められる……か」

 図書館という場所が、どんどんと狭い施設になって、物質的な本が扱われなくなってからは、個人私有出来るレベルになって久しい。

 私達は互いに少ない給料から出し合って、私達のように、旧世代のヒトが創った小説を好む人の為の小さな図書館を作っていて、そこには私が異世界に行く度に本として出力された駄作達も、沢山並んでいる。


「いっそ、ダイヴ無しで直接書いてみます?」

「発想や想像をひたすら文字にしていくって事?」

 まだ物語がヒトの手だけで作られていた、古い時代の手法だ。

「ですです、私達が出力した本を元に……あっ」

 言っている間に、リードは自分がやろうとした事がもう既に何かにやられている事に気付いたようだ。

「そ。沢山の名著を食い尽くしたAIと同じ事をしても、仕方ないって事」


――魂に干渉出来るのが魂だけであるとしても、私達はAIには勝てない。


 だからこそ、私はもう一度眠りに付き、誰かになって、何かの物語を紡ぐのだ。

「いつか届くと、思うしかない。その為なら私は、どんな物語の主人公にだってなるよ」

「へへ……強欲ですね」

 リードの顔がふにゃりと微笑んだのを見て、私は大きく深呼吸をした。


「ん、休むのは辞めた。このままもう一回ダイヴしてくる」

 言いながら装置にもう一度横になった私を、リードは少し心配そうな目で見ていた。

「リベンジですか……」


 そう、これは私のリベンジなのだ。魂を込めきれず、駄作を作り続ける私のリベンジ。

 AIに殆どを奪われ、取って代わられた事へのリベンジ。


「いっそこんな私達が、物語だったら……なんて、どう?」

 私は下らない冗談を言って、リードを誤魔化した。

「きっと広がらないですよ。こんな地道なお話は……」 

 そうだろうなと思いながら、記憶を食べ続けた私が壊れるか成し遂げるまでを書き綴ったなら、それもまた一つの私の記録として誇らしいのかもしれないなと思った。


「じゃ、行ってくる。今度こそ、今度こそ、ね?」

「はい、今度こそ」


 装置が起動する、この駆動音を聞く度に、カチっと私の頭の中でスイッチが入るような気がする。

 物語に魂を宿す為に、無数の主人公になり続ける、私の物語。

 それに名前を付けるならどんな物が良いのだろうと思いながら、私は死に、魂は世界を越えた。


 何度でも何度でも、私達は、冒頭に戻るのだ。だけれど、それでも良いんだと、私は思っている。

 何故なら主人公とは、そういう風に、出来ているのだ。

 次の物語の私も、私は全力で、この魂の続く限り主人公になるだけだ。

 

 物語を、創り続けるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ