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マアトの羽根が傾くとき

作者: 空白【 】

あなたは、いま生きている世界に「重さ」を感じるだろうか。

便利で、清潔で、平和で、何ひとつ困らないはずのこの時代に、なぜか説明できない違和感が沈んでいる――

そう感じたことはないだろうか。

もし、人々が当たり前のように信じている価値や正しさが、実はどこかで歪みはじめていたとしたら。

あなたは、その歪みに気づけるだろうか。

そして、気づいたあとで、目をそらさずにいられるだろうか。


この短編に答えはない。

ただ、ひとつの視点として、

“あなたの心の天秤” にそっと触れるだけだ。


読み終えたとき、

あなたのマアトの羽根は、どちらへ傾いているだろう。

《偽りの平和と透明な絶望》

都市は静かだった。静かすぎて、透明な嘘に満ちているようだった。

僕たちは皆、「平和」という名の巨大な温室の中で生きている。窓の外は安全で、死は遠いニュースで、苦痛は病院の奥深くに隔離されている。だが、その安全の代償に、僕たちの生は「薄く」なった。死がタブー化された世界で、「生きる」ことは努力や切実さではなく、ただの「義務」になった。

朝、鏡を見る。そこにいるのは、僕が誰かを忘れた顔だ。僕は周囲に合わせた「演技」を繰り返す。親を安心させるための微笑み、同僚に合わせる無難な相槌。「生きている」ことの証明は、「誰にも迷惑をかけていない」という状態を続けることだった。

 

《生態系の悲鳴と世界の歪み》

ふと、テレビのニュースが目に入る。山里でクマが駆除されたという報道。

人々はクマを「危険な魔物」と呼び、自らの安全を侵す「敵」として断罪する。しかし、その山を削り、彼らの食料を奪い、生息地を破壊したのは、僕たちの「人間中心の平和」だ。僕たちの安全は、あらゆる動物や自然の「命の切実さ」を犠牲にして成り立っている。

この矛盾が、僕には異世界アニメの「スタンピード」のように見える。秩序を乱す「魔物」と、それを討伐する「勇者」の構図。だが、その「魔物」の正体は、僕たちが長年無視し続けてきた「自然の摂理」の悲鳴ではないか。

この世界には、勇者などいらない。勇者が必要な時点で、問題はあまりにも巨大化し、僕たちの責任は外部化されてしまっている。誰か一人の英雄に解決を委ねるという思考が、この文明の「終わり」を象徴しているのだ。

最も恐ろしいのは、僕たちの社会には「死の責任」がないことだ。

人は苦しむ誰かに向かい、安易に「死ぬな」と言う。だが、その「生きろ」の裏側に、「この先の苦痛に対する責任は負わない」という無責任なメッセージが透けて見える。病院で、介護の場で、尊厳を求めた者たちが悲劇的な結末を迎えるのは、社会が「生」の質ではなく、「生」の量だけを絶対視しているからだ。

僕は、古代エジプトの壁画を思い浮かべる。冥界の王オシリスの前で、心臓と真実の羽根マアトを天秤にかける審判だ。心臓がマアトの羽根より重ければ、その魂は消滅する。

あの文明は、「真実なき生」、つまり責任や倫理観を伴わない生は、「第二の死」として永遠に消滅すると知っていた。

今の僕たちの社会には、この「マアトの羽根」が存在しない。天秤が傾いても、誰も咎めない。「生きることを強制する」だけの価値観の中で、僕たちは皆、生きる切実さを失い、未来(新しい命)への希望も失っている。

 

《 結び:静かな消滅の予感》

「これでは文明は終わる」

僕の呟きは、誰にも届かない。人々は、耳を塞ぎ、目を閉じている。この国は、この根本的な問いから目を逸らし続け、「静かな消滅」という形で、やがて世界から「教科書的な教訓」として扱われるだろう。

僕は、この「強制された生」の中で、絶望という名の真実を静かに見つめ続ける。僕たちの文明は、外部の敵ではなく、自らが生み出した矛盾と、思考の停止によって、終焉に向かっている。

この物語には、答えも結論もない。

なぜなら、世界の歪みも、人の心の重さも、

そもそも単純な形で語れるものではないからだ。


私はただ、ひとつの問いを投げただけだ。

それをどう受け取るかは、読み手のあなた自身に委ねられている。


真実の天秤がどちらへ傾くのか――

その答えだけは、物語の外側でしか見つからない。

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