第62話 崩れゆく聖域と、迫る決断の時
自由都市ヴァレクを抜け、翼たちは北東に伸びる《白霧の峡谷》を進んでいた。目的地は――神殿国家イルヴァーナの最奥に眠る《大聖域》。
そこで“監視者”の正体、そして翼の力の源が明らかになる……はずだった。
「……にしても、相変わらず寒いわねここ」
セリアが白い吐息を漏らしながら肩をすくめる。
「寒いのはいいけどさぁ……視界ゼロなのがキツい。リリア、道ほんとに合ってる?」
「合ってるよ! ほら……たぶん……いや大丈夫! 八割くらい!」
「二割迷子じゃねぇか!!」
霧の中で全員が同時に突っ込んだ。
翼は苦笑しつつも警戒を高める。この峡谷、ただの霧ではない。魔力の濃度が異常だ。
(まるで……俺たちを誘導してるみたいだ)
そう考えた瞬間だった。
――ゴォォォォォォッ!!
霧の奥から震動が走る。地面が揺れ、小石が弾けるように飛び跳ねた。
「また嫌な音がしたぞ!?」
「魔獣!? それとも落石!?」
「いや……違う」
翼が即座に全員を後ろへ下がらせる。
霧が裂け、巨大な影が姿を現した。
角、赤い外骨格、四本腕。
過去の王都襲撃で見た魔獣よりも明らかに強大――
「《深界級》魔獣……!」
アリアが震えた声で呟いた。
「なんでこんなのが聖域の近くに……」
「理由は後。来るぞ!」
影が咆哮し、翼たちに突進する。
◆
「うおおおっ!? 速いっ!!」
セリアが炎を纏った槍を投げ放つ。
だが、魔獣は四本の腕のうち一つで容易く弾き返した。
「くっそ固ぇな!?」
「外骨格が異常に強化されてる……翼!」
「ああ。やるしかない!」
翼は深く息を吸い、右腕に力を集中させた。
蒼白い光が脈打つ。
かつて手に入れた“真の回復”の力――
治癒の逆転、負傷と魔力の因果を断ち切る破壊の光。
「――《リジェクション・バースト》!!」
蒼い光の塊が炸裂し、魔獣の胸部を抉る。
外骨格が砕け、魔獣が呻き声を上げて後退した。
「ナイス翼! やっぱあんたの回復魔法、回復してなくない?」
「言うな。自分でもたまに思う」
リリアが矢を放ち、アリアの雷撃が追撃する。
セリアが近接で足を止め、翼が攻撃を重ねる。
五分ほどの激戦の末、魔獣は絶叫を上げて崩れ落ちた。
霧が晴れ、周囲が静かになる。
「……大丈夫かみんな」
「余裕!」
「余裕じゃないけど余裕!」
「言ってること矛盾してるぞリリア」
と、そこへ――
「やっぱり来たか。《天城翼》」
背後から静かな声がした。
「……っ!」
振り返ると、黒衣の男が立っていた。
顔は半ば仮面で隠され、瞳だけが異様に澄んでいる。
「お前は……監視者……!」
「正式な呼称は《記録者》だ。
君の力の観測、そして“最終段階”への誘導。それが我々の使命」
「最終段階? どういう意味だよ」
「翼。君の力は“治癒”の派生ではない。
本質は――“世界の構造干渉”だ」
「構造……干渉?」
「回復という因果の修復を極限まで高めれば、逆に“破壊”へ転じる。
それは世界の法則にすら届く。だからこそ、君は危険なのだ」
翼は無意識に拳を握る。
「だから俺をずっと監視してたのか」
「そうだ。そして君の行き先である《大聖域》――
あそこが君の力の源。
君はそこで“選択”を迫られる」
「選択?」
記録者は静かに言い放つ。
「――世界側につくか。
それとも世界を壊す側につくか」
全員の息が止まった。
「ふざけんなよ。俺がそんな二択に乗るわけ……」
翼の言葉を遮るように、地響きが響く。
峡谷の奥から光の柱が立ち上がった。
「……始まったか」
記録者は空を見上げため息をついた。
「大聖域が“呼んでいる”。
翼、急げ。君が迷えば、世界の均衡が崩れる」
そう言うと、記録者は霧と共に姿を消した。
◆
残された翼たちはしばし硬直していたが……
最初に口を開いたのはセリアだった。
「……翼。大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ」
翼は正直に言った。
「だけど……行くしかない。
俺の力が世界を壊すって言うなら……なおさら、自分で確かめなきゃ」
リリアがにっこり笑う。
「なら決まりだね。あたしたちも一緒に行くから」
「当たり前でしょ」
「当然だ。危ないならなおさら付き添う」
「……怖いけど、でも翼が行くなら私も」
仲間たちの言葉に、翼は息を吐きながら微笑んだ。
「ありがとう。
じゃあ行くか――《大聖域》へ」
霧の奥で、光が脈打つ。
世界の命運を握る場所へ、翼たちは歩みを進める。
そしてこの瞬間――
物語は最終局面へ向けて、確実に動き出した。




