第61話 自由都市決戦前夜
自由都市ヴァレクを包む空気が、ここ数日ずっと重い。
天城翼は城壁の上に立ち、遠くの荒野を見つめていた。昼なのにやけに薄暗い。まるで世界そのものが「何かが近づいている」と怯えているような気配だった。
隣に立つセリアが、ひゅっと深く息を吸い込む。
「……来るわ。絶対、近いうちに」
「だな。魔獣の群れの動きが活発過ぎる」
王都を襲った“黒い魔獣”たちの残滓が、今もどこかで蠢いている。
その根源にいる“王都崩壊の黒幕”。
王と聖女を操り、勇者パーティーまで壊しにかかった“あの謎の監視者”。
自由都市が狙われない理由は――どこにもない。
むしろ、翼たちがいるこここそ、標的にされる可能性が高い。
そんな緊迫ムードの中でも、もう一人の仲間はマイペースだった。
「ん〜〜〜……不穏な空気って、肌が乾くのよねぇ〜……」
リリアが、風に揺られた髪を押さえながらぼやく。
「……リリア。もうちょい真面目にしてくれ」
「してるわよ? だってほら」
リリアは何事もなかったように笑ってみせる。
「わたしたちが暗い顔すると、街の人がもっと不安になるでしょ?」
その笑顔は不思議な力があった。
翼もセリアも、ひと呼吸だけ、心が軽くなる。
――けれど次の瞬間。
ぐら……と、城壁そのものが揺れた。
「ッ!? 地震……じゃない!」
セリアが杖を握り、目を見開く。
揺れではなく、振動。
ドンッ、ドンッと規則的に続く。
まるで、大地の底から巨人が殴っているような――。
「嫌な音ね……魔獣の大部隊が動くと、こうなるのよ」
「もう始まってるってわけか……!」
翼が呟いたとき、背後で足音が響いた。
「天城翼、状況は?」
蒼鷹騎士団の副団長アークが、軽装のまま駆け上がってきた。
「アーク。今ので、確信した。敵は間違いなく来る」
「ああ。城壁の外に魔力反応が増えている。しかも数が……普通じゃない」
「けっこう前から地下で何かが“うずいて”たのよね〜」
リリアがさらっと恐ろしいことを言う。
「リリア、お前それもっと早く言えよ」
「だって〜。言ったら翼がまた寝ずに見回りするでしょ?」
「……まぁ否定はしないけど」
アークは小さく咳払いし、真剣な目で翼を見た。
「本題に入る。自由都市評議会が、正式に“防衛戦”に向けて指揮権を君たち三人に委任する案を通した」
「へ?」
翼は思わず間抜けな声を出した。
「ちょ、ちょっと待って。それって……」
「街の防衛の中心に、お前らが立つってことね」
セリアが代弁する。
「いやいやいやいや!? オレたち3人で!?」
「もちろん蒼鷹騎士団も動く。それに冒険者ギルド、傭兵団、街の守備兵……全戦力を束ねてほしい」
「いや重ッ!!」
「無理なら断ってもいい。だが――」
アークは静かに言葉を続ける。
「君たちより“市民に信頼されている英雄”はいない」
……その言葉には、嘘がなかった。
王都での戦いを終え、自由都市に逃げ込んだ人々。
魔獣襲撃から街を守り、困っている冒険者を助け、巨大遺跡でも数多くの命を救った。
翼たち三人は――この街で、いつの間にか“頼れる存在”になっていた。
「……翼。どうする?」
セリアが静かに問う。
「もし断ったら、この街はどうなる?」
リリアの目は優しいが、その奥に“覚悟”があった。
翼は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
――考えるまでもない。
「やるよ」
「翼!」
「リーダーっ!」
「この街は……オレたちが選んで来た場所だ。守るのは当たり前だろ」
その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。
アークは微笑み、胸に手を当てた。
「……ありがとう。蒼鷹騎士団は、君たちに全力で協力する」
その時だった。
遠くの地平線の先から、低い咆哮が響いた。
ゴオオオオオオオッッッ!!
「なっ……でかい……!!」
黒い煙のような魔力の渦が、荒野を覆い尽くすように迫ってくる。
数では計れないほどの魔獣の群れ。
そしてその中心に――
“巨大な黒い翼を持つ魔獣”がいた。
「……あれは、王都を襲った時の……!」
セリアの声がかすかに震える。
「いや、違う。あれはもっと……大きい」
翼の背筋に冷たい汗が流れる。
リリアは、珍しく冗談の一つも言わず、ただ息を呑んだ。
「翼……たぶん、あれが“黒幕の本命”よ」
「だろうな」
その瞬間、自由都市中に警鐘が鳴り響いた。
「全戦力配置につけ!!」
「防衛線を形成しろ!」
「魔獣の大群接近!!」
街が一斉に動き出す。
アークは剣を抜き、翼に向けて言った。
「指揮は任せた。君は――この戦いの中心だ」
「任された」
翼の胸の奥で、何かが静かに燃え上がる。
逃げることも、迷うことも、もう許されない。
王都を襲った“災厄”が、今度はこの街を狙っている。
そして。
その敵の背後には――“監視者”がいる。
(絶対に……終わらせる)
翼は仲間を見た。
セリアも、リリアも、強く頷いた。
自由都市ヴァレクを守るため。
そして、自分たちの旅を終わらせるため。
三人はゆっくりと前へ歩き出した。
迫りくる魔獣の咆哮が、城壁を揺らす。
決戦の幕は、すでに上がっていた。




