第60話 崩壊の後に
白い光の中で、音が消えた。
空も大地も、すべての境界が溶ける。
風が止まり、時間が凍りついたかのように、
ただ二人の“ツバサ”だけがそこに存在していた。
翼は拳を握る。ゼロは無表情のまま、それを見つめていた。
「……終わりにしよう、ツバサ=ゼロ」
「終わり? 何を終わらせる?
お前が築いた矛盾の世界を? それとも……自分自身を?」
ゼロの言葉に、翼の胸が痛んだ。
まるで、自分の奥底から聞こえる声のように。
ゼロは続けた。
「お前は“救う”ことにこだわりすぎた。
人を癒し、街を守り、仲間を支え……そのくせ、自分は壊れていく。
それは偽善だ。自己犠牲の上に立つ理想だ」
翼は俯いたまま、拳を震わせる。
「たしかに、俺は間違ってるかもしれない。
けど――それでも、誰かが“前に進む力”を信じなきゃ、
世界は本当に終わっちまうんだ!」
ゼロが冷たい目をした。
「希望で世界は救えない。秩序だけが救いだ」
「秩序は、心を殺す。
お前の世界じゃ、涙も笑いも意味を失う。
そんな世界、誰も生きたいと思わない!」
二人の視線が交差する。
光の中、ゆっくりと“創造主の紋章”が展開した。
白と黒、二つの陣がぶつかり、宇宙のような空間が揺らめく。
「ツバサ=ゼロ。
俺は、お前を否定しない。
でも――この世界は、俺が守る!」
翼が叫ぶと同時に、足元から蒼光が噴き上がった。
世界の断片が光の羽のように散り、周囲の虚空を照らす。
「回復術式・最終階層――《リヴェレーション・コード》!!」
空間全体が輝き、無数の魔法陣が重なり合う。
癒しと再生、破壊と修復が同時に展開され、
まるで“生きる意志”そのものが形を持ったようだった。
ゼロも応じる。
「完全制御術式――《ゼロ・コード:アポカリプス》!」
黒い翼が背中から広がり、世界が引き裂かれる。
光と闇が衝突し、時空の波が爆発した。
ミーナとセリアは遠くの丘からその光景を見ていた。
「……あれが……翼、なの?」
「違う。あれは“神の戦い”よ。翼は、今……人を超えてる」
空から閃光が落ち、地上に大穴が開いた。
空間がねじれ、地平線が波打つ。
翼は必死に意識を保ちながら、ゼロの影に手を伸ばした。
「ゼロ! お前も、誰かを守りたかったはずだ!」
ゼロの顔に、一瞬だけ苦痛の色が浮かぶ。
「……守りたかった? そんな感情、とうに消えた!」
「消えてなんかいない!」
翼が叫ぶ。
「お前の瞳、さっき……一瞬だけ揺れた!」
ゼロが息を呑む。
翼はさらに踏み込む。
「お前は俺の一部だ。だから分かる。
本当は、誰かに“生きてほしかった”んだろう!?」
「黙れ……!」
ゼロの光が爆発する。
無数の断片が翼を切り裂き、血が舞った。
それでも翼は笑った。
「痛い……でも、これが“生きてる”ってことだ」
「意味のない苦痛だ!」
「意味はある!
苦しんで、それでも立ち上がるから――人は前に進める!」
ゼロの顔が歪む。
感情のないはずの瞳に、涙が浮かんでいた。
「俺は……捨てられた。
不完全だからって、創造主に……!」
翼が静かに近づく。
「捨ててなんかいない。
お前がいたから、俺は“人を愛せた”んだ」
「……愛?」
「ああ。
お前は“愛を知る創造主”として、俺の中で生きてる。
だから、一緒に――この世界を救おう」
ゼロはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
翼の手と、ゼロの手が触れ合った瞬間――光が走った。
白と黒の陣が融合し、ひとつの光輪となる。
崩壊していた大地が再生し、空の亀裂が閉じていく。
「……これが、“世界の選択”か」
ゼロが呟いた。
「違う。“俺たち”の選択だ」
翼が微笑む。
ゼロの身体が徐々に光に溶けていく。
「ツバサ……次の世界では……きっと、もっと上手くやれよ」
「おい、待て! ゼロ!」
だがその声は届かず、ゼロは穏やかな笑みを残して消えた。
光が収まったとき、翼は一人、静かな大地に立っていた。
遠くで、ミーナたちが駆け寄ってくる。
「翼ぁぁぁ!!」
ミーナが涙を流しながら抱きつく。
セリアも安堵のため息を漏らした。
「終わったのね……」
「いや――まだ“始まり”だ」
翼は空を見上げる。
崩壊した空の裂け目の先には、無数の光の粒が漂っていた。
ゼロの残滓。その一つひとつが、新たな生命の核になろうとしていた。
「世界は、再生を選んだんだ」
ミーナが微笑む。
「ゼロも、救われたのね」
「たぶんな。……でも、きっとまた会えるさ」
翼は拳を握り、静かに息を吐いた。
風が吹く。焦げた大地に、緑の芽が顔を出していた。
セリアがふと尋ねた。
「これから、どうするの?」
翼は少し考えてから、笑った。
「世界が選んだのなら、俺たちはその“続きを見届ける”だけさ」
その背後で、光の残響が弾けた。
まるで、“次の物語”の幕開けを告げるかのように。




