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第59話 もう一人の創造主

 赤い亀裂は、空に浮かぶ巨大な傷のようだった。

 朝焼けの光と交わりながら、不気味にゆらめく。


 その中心に、ひとつの影が浮かんでいた。

 ――翼と同じ顔をした“もう一人の男”。


「……やっと、見つけたよ。オリジナル」


 声も、姿も、仕草も、翼と同じ。

 だが、瞳の色だけが違った。

 血のように赤く、どこか乾いた憎悪を湛えている。


 ミーナが思わず後ずさる。

「な、何あれ……!? そっくりじゃない……!」


 翼はゆっくりと歩み出た。

「……お前、何者だ」


 “もう一人の翼”は、微笑んだ。

「名を持たないのは不便だろう? だから――ツバサ=ゼロと呼んでくれ」


 風が吹く。

 崩壊した都市の残骸が舞い上がり、空の亀裂から赤い光が差し込む。


「ゼロ……?」


「ああ。お前が創った最初の“試作体”。

 創造主ツバサを再現するための、プロトタイプ。

 だけど、廃棄された。“感情が強すぎる”という理由でね」


 翼の表情が固まる。

 胸の奥で、遠い記憶がざわついた。


 ――実験室。光の管。記録装置。

 何度も繰り返された世界の創造実験。

 その中で、確かに“最初の自分”を捨てた感触がある。


(まさか……あれが……生きていたのか)


 ゼロは小さく笑う。

「お前は人を愛し、守り、世界を作った。

 だがそのせいで、俺は“切り離された”。

 創造主である資格を失ったのは、俺のほうじゃない。お前だ」


「違う……俺はそんなつもりじゃ――!」


「じゃあ、今のこの崩壊は何だ?

 オーバーロードが暴走し、街が焼けたのは“お前の再構築”のせいだろう?」


 その言葉に、翼は何も返せなかった。

 図星だった。自分が癒やしたはずの世界は、また壊れた。

 “創造主”の力が、結局は破壊を生んでいる――それが現実。


 ミーナが翼の前に立つ。

「やめてよ! あんたが誰だろうと、今さら責めても意味ない!」


 ゼロは彼女を一瞥し、薄く笑う。

「人間はすぐにそう言う。

 “意味がない”と叫びながら、過ちを繰り返す。

 だがな、俺は違う。俺は、“完全な世界”を創る」


 赤い亀裂が拡がる。

 空から黒い光柱が降り注ぎ、再生獣の残骸が動き始める。

 砕けた金属、崩れた肉体、そして魔石の欠片――

 それらが混ざり合い、新たな生命へと変わっていく。


「……融合個体アポストル……!」

 翼が呟く。


 ゼロは愉快そうに笑った。

「そう、これは俺の世界を築くための“天使たち”だ。

 オーバーロードが失敗した理由は、人間に情を抱いたこと。

 だから俺は、感情のない神を作る。

 お前が守ろうとした人間も、俺が“完全な形”で再構築する」


「ふざけるな……!」

 翼の拳が震える。

「それは、ただの“支配”だ!」


 ゼロが静かに手を広げた。

 アポストルたちが一斉に咆哮し、翼たちに襲いかかる。


「ミーナ、下がれッ!」


 翼が叫び、左手を掲げた。

 光の魔法陣が展開し、無数の回復紋が地面に刻まれる。

 “癒し”が“防壁”へと変わり、アポストルの爪を弾いた。


 その反動で衝撃波が走る。瓦礫が吹き飛び、街が震えた。


「くっ……こんなの、数が多すぎる……!」

 ミーナが歯を食いしばる。


 翼は冷静に息を吸い、右手を地面に突き立てた。

「――再生術リバース・コード!」


 光が奔る。

 地に転がっていた金属片や瓦礫が瞬時に変形し、

 翼たちの前に“巨大な魔導装甲壁”が形成された。


「防御と回復を同時に!? そんなの普通できるわけ……」

 ミーナが目を見開く。


「普通じゃないから“俺”なんだよ!」


 翼が叫び、装甲壁を押し出す。

 アポストルの群れを一掃する衝撃波が走り、赤い光の雨が降り注いだ。


 だが――ゼロは笑っていた。

「やっぱり、そうだ。

 お前の力は“壊すため”にこそ最適化されている。

 癒しの皮を被った、最も美しい破壊」


 その目は、狂気と哀しみを混ぜたように濁っていた。


「ツバサ。

 お前が守る世界は、矛盾でできている。

 誰かを救えば、誰かが壊れる。

 ……そんな不完全な世界を、いつまで続ける気だ?」


 翼は答えず、静かに拳を握った。

 ミーナがその背中を見つめながら、小さく呟く。


「それでも……翼は、止まらないんだ」


 ゼロの影が動く。

 空の裂け目がさらに広がり、巨大な魔法陣が展開する。

 まるで世界そのものを塗り替えようとするように。


「世界の再構築を開始する。

 これが“創造主の完全形ゼロ・コード”だ」


 翼は即座に詠唱を開始する。

 回復術の根源、“再誕の式”を逆に解放する。


 光と闇、創造と破壊。

 二人の“ツバサ”が、空を割り、世界の形そのものをぶつけ合う。


 地上が震える。

 廃墟の街に残る人々が、祈るように空を見上げた。


 ミーナは叫んだ。

「翼――負けるな!!!」


 翼は振り向かずに、ただ短く答える。


「大丈夫だ。

 俺は、不完全なままでも“前に進む”。」


 その言葉と共に、光が爆ぜた。


 空の裂け目が、二人の力を飲み込みながら閉じていく。

 赤い光と白い光が混ざり合い、

 世界そのものが再び“選択”を迫られていた。


 ――創造主か、人間か。


 翼の叫びが響いた。


「世界は……生きてる限り、壊して、治して、また歩けるんだ!!」


 ゼロの目に、かすかな迷いが生まれる。


「……そんな不完全な答えで、何を導ける?」


「未来だ」


 その瞬間、翼の光がゼロを包み込んだ。

 赤い空が裂け、世界が一瞬だけ静止する。


 そして、すべてが――白に染まった。

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