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第56話 再誕の世界

――静寂。

 世界のすべてが一度、白く塗りつぶされた。


 光も音も、風すらも存在しない。

 それは“終わり”ではなく、“始まり”の白。


 そして、その白の中に、一人の青年が静かに横たわっていた。


 名を――天城翼。


 だが、彼は自分の名を知らなかった。

 目を開けた瞬間、世界はすでに見知らぬ姿をしていたからだ。


 草原。

 空は限りなく高く、見渡す限り翠が続く。

 風は穏やかで、鳥の声もする。


 それでも、何かが違った。


(……ここ、どこだ?)


 頭がズキズキと痛む。

 思い出そうとすると、意識の底が白く濁る。


 誰かと笑っていた記憶。

 誰かの名を呼んでいた声。

 けれど、その「誰か」を思い出せない。


 ただ、胸の奥に残っている。

 ――“守りたい”という感情だけが。


「……痛っ!」


 立ち上がろうとして転ぶ。

 腕に擦り傷ができた。血が滲む。

 その瞬間、無意識に手をかざしていた。


「ヒール」


 淡い光が、掌から溢れた。

 痛みが消え、傷が消える。


 自分でも驚いて、翼は呟く。

「……俺、なんで……?」


 ヒール。

 それが何の力なのか、どうして使えるのか、まったく分からない。

 それでも、体のどこかが覚えていた。

 まるで呼吸をするように、自然に。


 遠くから声が聞こえた。


「おい! おーいっ!」


 振り向くと、茶色い髪を風になびかせた少女が走ってくる。

 背には小さなリュック。服装は冒険者風。

 陽に焼けた肌が健康的で、瞳はまっすぐだった。


「……生きてた! よかったー!」


 少女は翼の前で息を切らし、にっこり笑う。


「え、えっと……?」


「ごめん、びっくりさせたね。あたし、ミーナ。

 こっちの草原で倒れてたから、慌てて探しに来たの!」


「俺は……」


 口を開こうとするが、言葉が詰まる。

 名前を思い出せない。


 ミーナは首をかしげた。

「……記憶、ない感じ?」


「……ああ。気づいたら、ここにいた」


「ふむ……そういうことなら、とりあえず街に行こう。

 ここ、“第二世界セカンド・レイヤー”の外縁部だよ」


「第二世界……?」


「うん。十年前に“第一世界”が崩壊して、

 新しく再構築された世界。

 あんた、まさか知らないの?」


 翼の胸に衝撃が走る。

 崩壊。再構築。

 どこかで聞いた気がする言葉。


 彼は思わず、空を見上げた。

 ――その空には、巨大な光の裂け目が走っていた。

 まるで世界そのものが、まだ“修復中”のように。


(……俺は……何をしたんだ?)


 胸の奥に、説明できないざわめきが走る。


 ミーナは彼の袖を軽く引く。

「行こう。日が暮れたら、魔霧が出る。外にいると危ないから」


 翼は頷き、歩き出した。


 ◆


 数時間後。


 草原を抜けた先に、木造の街が広がっていた。

 石と木の壁、通りを走る子供たち、屋台の匂い。

 だがどこか、すべてが“新しい”。


「ここ、自由都市――じゃなくて、再誕都市アルテリア!」


「再誕……」


「そう! 一度滅んだ世界の上に建てられた最初の街。

 ここを中心に、第二世界が広がってるの」


 門番が翼を見るなり、眉をひそめた。

「おいミーナ、その男……登録証は?」


「拾ったの! 記憶喪失っぽい!」


「またか……。最近多いんだよな、“転来者”」


「転来者?」と翼が聞き返すと、

 門番は少しだけ顔をしかめて言った。


「突然この世界に現れる奴らだ。

 前の世界からの残響――ってやつらしい」


 翼の心臓が跳ねた。


(前の世界……)


 それが、自分の来た場所なのかもしれない。

 だが何も思い出せない。


 街に入ると、活気に満ちていた。

 冒険者たちが笑い、商人が叫び、子供が駆け回る。

 だがよく見ると――街のあちこちに、光の柱のような“修復痕”がある。


 建物の一部が、まだ再構築途中なのだ。


 ミーナが説明する。

「第二世界はまだ未完成なんだ。

 “創造主”が再構築を終わらせるまでは、あちこちに空間の継ぎ目があるの」


 “創造主”という言葉に、翼の胸がざわついた。

 なぜだか、無意識に自分の胸に手を当ててしまう。


(……俺、何か……知ってる)


 けれど、思い出せない。


 宿に入ると、ミーナが笑顔で言った。

「今日はここに泊まろう。あんたの記憶が戻るまで、手伝ってあげる!」


「助かる……ありがとう」


「どういたしまして! でも、明日は一緒にギルド行こうね!

 あんたの能力、登録しとかなきゃ」


 翼は頷いた。

 ベッドに横になると、心地よい疲労が体を包む。


 天井を見上げながら、ふと呟く。


「……ヒール」


 掌が光る。

 だがその光は、ほんの少しだけ違っていた。

 以前よりも――暖かく、そして深い色をしている。


 まるで、命の奥底から滲み出るような光。


 その光を見つめながら、翼は思った。


(俺は……誰を救おうとしていたんだろう)


 名前も顔も思い出せない。

 けれど、“大切だった誰か”の笑顔が、微かに胸に浮かぶ。


 ――その笑顔を、守りたい。


 その想いだけが、翼を繋ぎとめていた。


 風が窓を叩く夜、

 遠く離れた大陸の空で、金と銀の羽が舞った。


 誰も知らない場所で、また新しい“物語”が動き出していた。

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