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第53話 神域に呼ばれし者

光の奔流に飲まれ、翼は再び無の中に落ちていった。

 時間の感覚がない。上も下も、温度すら存在しない。

 ただ、かすかな鼓動だけが己の存在を繋ぎ止めていた。


 ――どこだ、ここは……。


 意識を研ぎ澄ますと、世界がゆっくりと形を取り戻していく。

 白と金の空間。まるで万華鏡の中にいるような、幻想的な輝き。

 その中央に、一人の女性が立っていた。


 銀の髪、淡い青の瞳。

 その姿を見た瞬間、翼の胸が強く締め付けられる。


「……まさか……美月?」


 女性は静かに微笑んだ。

 「あなたの記憶の中では、そう見えるのね」


「じゃあ……違うのか?」


「私は《リュミナ》。第三監視体。

 だけど――“彼女の意識”の断片を宿している」


 翼は一瞬、息を呑んだ。

 リュミナの身体から放たれる魔力の波動は、美月と同じ“癒し”の属性だった。

 けれどその奥には、何かもっと深い、古代の力が脈打っていた。


「なぜお前が……美月の姿を……?」


「あなたの“心が選んだ”の。

 最も信じ、最も赦せなかった存在として」


 その言葉に、翼の視線が揺れた。

 王都でのあの日。

 聖女・美月は、自らの過ちを償うため、王都に残った。

 その後、再び会うことはなかった。


「……彼女は、どうなった?」

「肉体としての彼女は、もう存在しない」

「っ……!」


 沈黙が落ちる。

 リュミナは一歩、翼に近づいた。

 その瞳には悲しみでも憐れみでもない、“確信”が宿っていた。


「でも、彼女の“癒しの理”は消えていない。

 あなたの中に、彼女の一部が生きている。

 ――二人は一つのコードとして、繋がっているの」


 翼は拳を握った。

「そんなもの、望んじゃいなかった……。

 あの時、救いたかっただけなんだ。誰も、犠牲にしたくなかった」


 リュミナは微かに笑う。

「あなたの“癒し”は純粋すぎる。

 だからこそ、監視体たちは試しているの。

 ――“本当の癒し”とは何かを」


「本当の……癒し?」


「痛みを奪うだけが癒しではない。

 時に、痛みを“受け止めさせる”ことも、癒しになる。

 あなたが無意識に使う《全癒パーフェクト・リカバリー》は、

 人の魂の痛みまでも消してしまう。

 それは、存在の記録を上書きする行為。

 ――言い換えれば、“神の権能”」


 翼は息を飲んだ。

 自分が癒してきた人々の顔が、次々と脳裏に浮かぶ。

 彼らは皆、感謝してくれた。だが――

 その中で、何かを「忘れた」ような違和感を感じたこともあった。


「……まさか、俺の癒しが……記憶を?」


「一部、消している。

 肉体を癒すと同時に、心の痛みをも消してしまう。

 それは“やさしさ”であり、“傲慢”でもある」


 翼はゆっくりと膝をついた。

 胸の奥が焼けるように痛む。


「俺は……間違ってたのか……?」


「いいえ」

 リュミナがそっと膝を折り、翼の顔を覗き込む。

「あなたの行いは、誰も否定できない。

 でも、次の段階へ進むには――“癒しの理”を完成させなければならない」


「完成……?」


第四監視体ヴェルザが鍵を握っている。

 彼は“破壊の理”を司る存在。

 あなたの“癒し”の正反対に位置する者」


 翼は顔を上げた。

「破壊と癒し……表裏一体ってことか」


「そう。

 癒しが過ぎれば、世界は停滞する。

 破壊が過ぎれば、世界は滅ぶ。

 バランスを取る者だけが、“創造の座”に辿り着ける」


「創造の……座?」


 リュミナは微笑んだ。

「あなたが選ばれた理由よ、天城翼。

 この世界を“癒しによって再構築する”か、

 “破壊によって再生を導く”か――その岐路に、あなたは立っている」


 翼は立ち上がる。

 瞳の奥で、決意が燃え始めていた。


「なら、俺は――癒しで守る。

 たとえ“神の傲慢”と呼ばれても、俺は誰かの痛みを見過ごさない」


 その言葉に、リュミナの表情が少しだけ緩んだ。

「……それが、あなたの答えなのね。

 なら、私の役目はここまで」


 光がリュミナの体を包む。

 風が渦を巻き、翼の足元が再び歪んだ。


「待て、まだ話したいことが――!」

「大丈夫。いつかまた、“真実の場所”で会いましょう」


 リュミナの声が遠ざかる。

 光の中で、最後に聞こえたのは――


 「……あなたの“癒し”が、誰かの希望でありますように」


 視界が真っ白に染まり、翼の体が再び現実へと引き戻された。


 そして――目を開けた瞬間、そこに広がっていたのは、

 焦げた森と、崩れた瓦礫の街並みだった。


 「……ここは……?」


 セリアとリリアの姿はなく、

 空には、黒い炎をまとう影が、ゆっくりと舞っていた。


 ――第四監視体、《ヴェルザ》。


 翼の新たな戦いが、静かに幕を開けた。

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