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第52話 帰還と影

 光が弾け、音が戻る。

 意識の深海から浮かび上がるように、翼はゆっくりと目を開けた。


 ――石造りの天井。

 乾いた空気の匂い。

 視界の隅には、リリアが眠る姿。セリアが包帯を巻き直していた。


「……ここは……?」

 声が掠れて、自分のものとは思えなかった。


 セリアが顔を上げ、ほっと息をつく。

「やっと起きた……。三日も寝てたのよ、あんた」


「三日……?」

 翼がゆっくり起き上がる。

 腕を動かすたび、淡い金の残光が揺れた。

 《覚醒》の名残。まだ体に残っている。


「監視体……アルヴェインは?」


「消えたわ。あんたの光に飲まれて、霧みたいに」

 セリアの声は静かだが、その瞳は揺れていた。

「でも……最後に“試練は終わりじゃない”って言ってた」


「……そうか」


 リリアが目を覚ます。

 寝ぼけた顔で笑って、泣き出した。

「よかったぁ……! ほんとに……生きてたんだね……!」


 翼は苦笑して、彼女の頭を軽く撫でた。

「泣くほど心配されたの、初めてかもな」


「バカ、笑って言うことじゃないよ……」


 その柔らかな時間を破るように、扉がノックされた。


「入るぞ」

 重い声。

 扉の向こうに立っていたのは――アークだった。


「《蒼鷹騎士団》の副団長……?」

 セリアがわずかに警戒の色を見せる。


 アークは部屋を見回し、静かに頷いた。

「目覚めたか。天城翼――いや、“覚醒者”」


 その言葉に、翼は目を細めた。

「知ってたのか」


「お前があの空間に引きずり込まれた時点で、各地の魔力観測が狂った。

 この都市の結界を超える異常反応……。

 “監視体”の活動を感知したのは、千年ぶりだ」


「千年……」

 リリアが呟く。


 アークは近くの机に一枚の文書を置いた。

 そこには、王国の印章が押されていた。


「王都からの通達だ。

 ――“天城翼を危険存在として認定、確保せよ”」


 部屋の空気が凍りついた。


「はあっ!? 何それ!」

 セリアが立ち上がる。

「命懸けで街を守った人間を、今度は“危険”扱い!?」


「理由は簡単だ」

 アークの瞳が、どこか寂しげに光る。

「お前の中の《癒しのコード》が、王国の支配構造にとって“脅威”だからだ」


「……人を癒す力が、脅威?」

 翼は拳を握る。

 その手が微かに震えていた。


 アークは静かに続けた。

「だが安心しろ。俺はお前を捕らえる気はない。

 むしろ――護る側だ」


「護る……?」


「あの戦いの後、この都市でも異変が続いている。

 結界の一部が勝手に再構築され、監視体に似た魔力の残響が残っている。

 つまり、“奴ら”はまだ終わっていない」


 リリアが息を呑む。

「じゃあ、アルヴェインが消えたのは……」


「一時的な消失だ。完全には消えていない。

 あれは……おそらく、翼の力を“試すため”の出会いだった」


 アークは言葉を区切り、低く続ける。

「自由都市ヴァレクの南、封印域《レヴァリアの断層》。

 そこに、第二監視体が現れる兆候がある」


 翼が顔を上げる。

「第二……」


「行くつもりだろう?」

 アークの問いに、翼は迷わず頷いた。

「放っておけない。

 俺の中にある“癒しの理”が、何を意味するのか知りたい」


 セリアとリリアが顔を見合わせ、同時に頷く。

「行くなら、私たちも一緒よ」

「リーダー一人じゃ危なっかしいもんね」


 アークは少しだけ笑った。

「……そう言うと思った。準備は二日後だ。

 ただし、王国の追手が来る前に出発しろ」


「了解」

 翼が頷く。


 アークが去ったあと、部屋にはしばらく沈黙が残った。

 窓の外では、夕陽が都市を朱に染めている。


 セリアがぽつりと呟いた。

「……あんた、また面倒な運命に巻き込まれてるわね」


 翼は苦笑する。

「今に始まったことじゃないさ」


 リリアが頬をふくらませる。

「もう、慣れちゃってるのが怖いんだけど」


 笑い声が少しだけ響いた。

 けれど、その奥にある緊張は、誰も口に出さなかった。


 夜。

 全員が眠りについたあと、翼だけが窓辺に立っていた。

 満月が淡く光り、風がカーテンを揺らす。


 ――アルヴェインの言葉が、耳に残っていた。


 「創造の側に立つ者」

 「痛みを知らぬ癒しは偽善」


 拳を握りしめる。

 自分が“何者”なのか。

 癒しとは、本当に“優しさ”だけで成り立つのか。


 そのとき、月の光の中に一瞬、影が揺れた。

 誰かが、屋根の上に立っている。


 黒いローブ、仮面。

 ――アルヴェインとは違う。もっと軽やかな気配。


 翼が窓を開けると、風が吹き込み、仮面の人物が静かに言った。


 「やっと目覚めたね、“創造の欠片”」


 声は女のもの。

 澄んでいて、どこか懐かしい響きを持っていた。


 「私は第三監視体――《リュミナ》。

 あなたを、次の段階へ導く者」


 月光が差し込み、彼女の仮面がわずかに外れる。

 そこに見えたのは、かつて翼が王都で見送った“ある女性の面影”だった。


 翼の呼吸が止まる。

 「……まさか、そんな――!」


 風が吹き荒れ、光が再び空間を歪ませる。

 彼の足元から、地面が溶け落ちるように変化した。


 「待てっ――!」


 声も届かず、翼の姿は再び光の中に吸い込まれていった。


 静かな夜が戻る。

 残されたリリアが目を覚まし、空を見上げる。

 「……翼?」


 誰も答えなかった。

 ただ、月だけが静かに輝いていた。

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