第51話 監視体との邂逅
光が途切れた。
次の瞬間、翼たちは巨大な空間の中に投げ出された。
天井は見えない。
周囲には無数の浮遊石が漂い、地面には紋様が刻まれている。
そこは――明らかに、この世界の“外側”だった。
「ここ……どこなの……?」
リリアの声は震えていた。
「転移された……いや、引き寄せられたんだ」
セリアが唇を噛む。
「奴の……意志で」
そのとき、空間が軋むような音を立てた。
闇の中に、一つの光点が現れる。
それはゆっくりと形を取り、やがて人の姿へと変わっていった。
黒と白が混ざるような長い外套。
顔は影に覆われ、ただ双眸だけが銀に輝く。
「――第一監視体、識別名。
神に造られ、神を滅ぼしたもの」
その声は、低く、そして異様に澄んでいた。
翼は無意識に一歩前へ出る。
「お前が……“監視者”の頂点か」
アルヴェインは、微かに笑った。
「頂点、ではない。“始まり”だ」
その言葉に、空気が重くなる。
「世界は繰り返す。
創造、繁栄、崩壊、再生。
我らはそれを“維持する”ために生まれた。
だが――お前は違う」
銀の目が、まっすぐに翼を射抜いた。
「お前は、創造の側に立つ者だ」
「……だから、消しに来たってわけか」
「消去とは異なる。
矯正だ。お前の存在は、この世界の均衡を歪める」
アルヴェインが手を掲げた。
次の瞬間、空間全体が振動し、魔力の奔流が溢れ出す。
「くっ――!」
セリアが魔法障壁を展開する。
光の壁が三人を包み、なんとか押しとどめた。
だが――圧が違う。
空気がねじれるほどの力。
「これが……監視体の力……!?」
リリアの声が掠れる。
「抵抗は無意味だ」
アルヴェインの声は穏やかで、それが余計に恐ろしかった。
「天城翼。お前は“器”を持つ。
我々がかつて封印した《原初コード》の断片――癒しの理。
それが覚醒すれば、この世界の構造は崩壊する」
「そんなこと、させねえよ!」
翼が叫ぶ。
彼の周囲に、光が集まり始めた。
――心臓が熱い。
何かが、内側で脈動している。
「翼、待って! まだ体が――!」
リリアの制止を振り切り、翼は右腕を突き出す。
「“癒し”は……奪う力じゃない。
守るためにあるんだ!」
光が弾ける。
無数の紋章が浮かび上がり、翼の右手が青白く輝く。
その光は、破壊ではなく“再生”の波動。
けれど、アルヴェインは微動だにしなかった。
「幼き創造の真似事だ」
静かな声とともに、指を鳴らす。
空間が裂け、黒い鎖が出現した。
それは一瞬で翼の体を絡め取り、動きを封じる。
「ぐっ……!」
腕が軋む。
血が流れ、光がかき消される。
「お前の癒しは不完全だ。
“痛みを理解しない癒し”は、ただの偽善にすぎない」
その言葉が、翼の胸を刺した。
頭の奥に、誰かの声が響く。
――痛みを知らぬ者に、世界は救えぬ。
過去の幻聴。
父が言った言葉か、それとも……別の記憶か。
「黙れ……!」
翼が叫び、光が爆ぜる。
鎖が弾け、周囲の浮遊石が粉々に砕け散った。
その中から、翼の右眼が光を放つ。
「……お前が、俺の“痛み”を否定するな」
空気が震えた。
翼の体から放たれる光が、次第に金へと変わっていく。
リリアが息を呑む。
「それって……《コード・アウェイク》!? 癒しの覚醒形態――!」
翼はゆっくりと前へ出た。
彼の背に、透明な翼のような光の残滓が浮かぶ。
アルヴェインが初めて、わずかに瞳を動かした。
「……覚醒した、か。
だが、未完成」
「十分だ」
翼が駆けた。
地を蹴る音と同時に、光が走る。
衝突。
金と黒の光がぶつかり合い、空間が震える。
魔力の奔流が嵐となり、二人の間に閃光が散った。
アルヴェインが腕を上げ、黒い刃を生成する。
翼はそれを素手で受け止めた。
刃は彼の手を裂いたが、その瞬間、傷は光となって消える。
「……それが、癒しの力か」
「ああ。何度でも立ち上がる――そのための力だ!」
翼の拳が閃光とともに突き出される。
その一撃は、アルヴェインの仮面を割った。
破片が舞い、銀の瞳が露わになる。
――人間のように、悲しげな瞳だった。
アルヴェインが一歩退き、口元をわずかに動かす。
「……そうか。お前は“拒絶”ではなく、“選択”をする存在か」
翼が息を荒げながら睨み返す。
「俺は誰にも決めさせねえ。この世界も、俺自身も」
アルヴェインは目を閉じた。
「その意志……確かに“創造者”の系譜に値する」
空間が静まり返る。
次の瞬間、アルヴェインの体が光に包まれ、霧のように消えていった。
「……試練、はこれで終わりではない」
最後の声だけが残響のように響いた。
光が消え、翼たちは再び地上へと落ちていく。
視界の中、夜明けが見えた。
遠くの空に、初めて見る“二つの太陽”が昇っていた。
リリアが泣きながら笑う。
「また生き延びたね……!」
セリアも微笑んだ。
「ええ。でも、これで本当に始まったわ」
翼は空を見上げ、静かに呟く。
「監視者たちの“本当の目的”……確かめに行こう」




