第47話 監視者の影、夜の港で
夜の自由都市ヴァレク。
港湾地区は昼の喧騒とは打って変わり、どこか湿った静けさに包まれていた。
波の音、錆びた鎖のきしむ音、遠くの灯台の灯――。
そんな中を、翼たち三人が駆け抜けていた。
「アークがここにいるって本当なの!?」
リリアが叫ぶ。
「確証はない。でも、港が最後の目撃地点なら動くしかない」
翼は短く答える。
セリアが魔導灯を手に、倉庫群の通路を照らした。
海風に混じる血の匂い。
そして――かすかな足跡。
「……止まってる」
セリアが指差した。
足跡は、古びた倉庫の前で途切れていた。
扉には鍵がなく、代わりに奇妙な紋章が刻まれている。
黒い三日月。その中央に一本の槍。
「見覚えがある……!」
翼の目が鋭くなる。
「これ、王都の魔導兵団が使ってた“追跡封印”だ!」
リリアが眉をひそめた。
「じゃあ、本当に王都の奴らが……アークを連れてったってこと!?」
翼は頷くと、手をかざした。
「――《ディスペル》!」
光が広がり、紋章が霧のように消える。
同時に、重い扉が軋む音を立てて開いた。
中は暗く、冷たい。
潮と油と血の匂いが入り混じっていた。
翼たちは慎重に足を進める。
「……誰かいる」
セリアが囁いた瞬間――
ガシャン!
天井から鉄格子が落ち、三人を囲い込む。
リリアが杖を構える。
「罠!? くそっ、解除式が二重になってる!」
翼が咄嗟に鉄格子を掴む。
魔力を練り上げて、拳を叩きつけた。
「――《ヒール・ブースト》!!」
回復魔法のエネルギーが反動として爆発し、鉄格子がひしゃげる。
続けざまに蹴り飛ばし、脱出した。
その時、倉庫の奥で拍手が聞こえた。
「やはり君は面白い」
姿を現したのは、漆黒の外套を纏った男。
フードの奥に光る、紅い瞳。
「……お前が“監視者”か」
翼が低く言う。
男はにやりと笑った。
「監視者、ね。そう呼ばれているのは知っている。
だが、私はただ――“正しい選別”をしているだけだ」
「選別?」
リリアが眉をひそめる。
「強者と弱者。価値ある魂と、腐った魂。
君たちはどちらだと思う?」
セリアが一歩前に出た。
「そんなもの、あなたが決めることじゃない!」
監視者は静かに手を上げる。
空間が歪み、足元から黒い影が湧き上がった。
それは人の形をしていたが、顔のない幻影の兵士。
十体、二十体――次々と現れる。
「……来るぞ!」
翼が叫び、前に出た。
影兵の一体が剣を振り下ろす。
翼は回避しながら拳を叩き込んだ。
「《ヒール・スマッシュ》ッ!!」
白光の拳が影を砕く。
だが次の瞬間、背後から別の影が襲いかかる――
「《ファイア・ランス》!」
リリアの炎槍が影を貫いた。
「数が多い! セリア、後ろ頼む!」
「了解!」
セリアが短剣を構え、踊るように動く。
彼女の魔力で強化された刃が、影の群れを切り裂いた。
それでも、影は無限に湧いてくる。
監視者は楽しそうに言った。
「素晴らしい……翼。君の“癒し”は、破壊すら癒す。
まさに、我々が求めていた力だ」
翼の目が鋭く光る。
「お前らの“求める力”なんかに、興味はねぇ!」
彼は両手を組み、深く息を吸い込む。
「《ヒール・インパクト》――全開ッ!!!」
眩い白光が倉庫を包み、影たちを一斉に吹き飛ばした。
その光に、監視者のフードが弾け、素顔が露わになる。
現れたのは――若い男。
整った顔立ちに、氷のような無表情。
しかしその瞳には、どこか悲しみの色が宿っていた。
「……やはり、君は危険だ」
監視者は低く呟き、手の中の黒い魔導石を砕く。
空間が歪み、爆風が巻き起こる。
翼たちは咄嗟に防御魔法を展開したが――
「逃げたっ!」
リリアが叫ぶ。
爆煙が晴れると、監視者の姿は消えていた。
残っていたのは、一枚の黒い羽。
翼はそれを拾い上げる。
「……あいつ、まるで俺たちを“試してる”みたいだったな」
セリアが真剣な表情で言う。
「監視者はただの敵じゃない。
目的がある……それも、王都と関係してる」
リリアが拳を握った。
「つまり、放っておけないってことね」
翼は無言で頷く。
そして、遠く海を見つめた。
波の向こうには、まだ見ぬ闇が広がっている。
王都、監視者、そして“選別”の真意――。
だがその中で、確かに一つの決意があった。
「……もう、誰も奪わせない」
その声は静かで、けれど炎のように強かった。
夜風が吹く。
黒い羽が、港の灯の中でひらりと舞った。




