表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/68

第46話 花の雫と動き出す影

 自由都市ヴァレクの朝は、喧騒と熱気で始まる。

 行商人の怒号、鍛冶場の金槌の音、香辛料の匂いが入り混じる中、翼たちは宿の一室で小さな結晶を見つめていた。


 それは、夜の氷洞で手に入れた《氷花の雫》――。

 透明で、心臓の鼓動のように淡い光を脈打つ。


「……これが、本当にアークの命を救うのね?」

 セリアが小声で問う。

 翼は頷いた。


「ああ。蒼鷹騎士団の医師から聞いた。

 この雫を精製すれば、“魂凍結毒”を中和できるらしい」


 リリアが机に肘をつき、唇を尖らせる。

「でも、なんか妙よね。毒ってより……呪いに近かったじゃない。普通の治療法じゃ説明つかない」


「確かに」

 翼は静かに雫を包む。

 手の中でひんやりとした感触が伝わるたびに、不安が小さく疼いた。


(あの洞窟……妙だった。魔獣も、罠も、まるで“誰かが試していた”みたいだった)


 考えが頭を巡る。

 だが今は、それよりも――アークを救わなければならない。


 *


 昼前、蒼鷹騎士団の本拠を訪ねると、団の雰囲気は昨日とまるで違っていた。

 厳しい表情の騎士たちが廊下を行き来し、空気は張りつめている。


「アーク団長代理の容体は?」

 翼が尋ねると、受付の女性騎士が小さく首を振る。


「今朝、さらに悪化しました。意識がほとんど……」


 セリアが眉を寄せる。

 「早く渡そう」


 翼たちは部屋に案内される。

 そこには、青白い顔で眠るアークの姿があった。

 豪胆で冷静だった男が、今はまるで氷像のようだ。


「……アーク」

 翼はそっと結晶を取り出し、騎士団の医師に渡した。


 薬剤師たちが魔法陣を描き、精製が始まる。

 青白い光が部屋を照らし、淡い音が響く。


 しばらくして――。


「成功だ! 毒素が反応している!」


 医師が叫び、淡い光がアークの身体を包み込む。

 その肌に少しずつ血色が戻っていく。


 やがて彼のまぶたが、微かに動いた。


「……ここは……」


「アーク! 気づいたか!」

 翼が叫ぶと、アークは目を細め、わずかに笑った。


「……助かった……のか」


「まったく、無茶しすぎなのよ」

 セリアが腕を組んで睨む。

 リリアも頬を膨らませた。

 「団長代理のくせに寝込みすぎでしょ」


 アークはかすかに笑い、苦しげに息を吐いた。


「……悪い。だが、君たちがいてくれて……よかった」


 そう言って、彼は再び眠りに落ちた。

 だが今度は、安らかな寝息だった。


 *


 その夜。

 宿の部屋に戻った三人は、ようやく一息ついた。


「ふぅ〜……やっと終わった」

 リリアがベッドに倒れ込み、ぐでんと伸びる。

 セリアは椅子に腰かけ、ため息をついた。


「でも……気になるのよね」

「何が?」と翼。


「アークの毒、あれ“仕掛けられた”ものじゃない?」


 翼もその言葉に沈黙した。

 ――心当たりがある。


 洞窟の最深部で見た黒い紋章。

 それは、王都の魔術師団が使っていたものに酷似していた。


(やっぱり、繋がってる……)


 リリアが起き上がり、真剣な顔になる。

「ってことはさ、王都の連中……まだこの街で動いてる?」


「たぶん」

 翼は頷く。

 「監視者も、“あれ”以来姿を消してない。

  どこかで俺たちを見てる気がする」


 セリアが窓の外を見つめた。

 夜の街。

 灯りの向こうに、黒い影が一瞬だけ揺れた。


「……まるで、私たちの動きを全部読まれてるみたいね」


 沈黙が部屋を包む。


 だが次の瞬間――。


「――報告!」


 宿の扉が勢いよく開いた。

 蒼鷹騎士団の若い団員が駆け込んできた。

 息を切らし、焦燥に染まった顔で叫ぶ。


「アーク副団長が、消えました!!!」


「……は?」


 部屋の空気が凍る。


「回復してたはずじゃ……!」

 リリアが叫ぶが、団員は首を振る。


「護衛が気絶させられていました。

 監視魔法もすべて遮断……内部の犯行の可能性が高いです!」


 翼は立ち上がる。


「場所は?」


「最後に目撃されたのは……港方面です!」


 翼は短く息を吸い、二人に目を向けた。


「行こう」


 セリアが頷き、リリアが杖を握りしめる。


 夜の自由都市ヴァレク。

 無数の灯が揺れる港へと、三人の影が走る。


 風が吹いた。

 その中で、誰かの低い声が呟く。


「……次の幕を、開けようか」


 それは確かに――“監視者”の声だった。


 そして、物語は次なる戦いへと進み始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ