第45話 凍てつく誓い
氷風の谷――北の果てに広がる白銀の大地。
息をするだけで肺が凍るような寒気の中、翼たちは雪を踏みしめながら進んでいた。
「……寒っ! なんで俺たち、よりによってこんな場所に来てんだよ」
翼が凍えた声で愚痴をこぼすと、セリアが手元の地図を見ながら答えた。
「文句言わないの。ここでしか手に入らない“氷花の雫”がないと、アークの治療が間に合わないのよ」
あの夜――ヴァレクを襲った“漆黒の災厄”。
アークは翼たちを逃がすため、敵の中心に突っ込み、重傷を負った。
辛うじて命は繋いだものの、呪詛の氷が体を蝕み、王都の医師でも手が出せなかった。
「……必ず助ける」
翼は吐息を白く散らせながら、拳を握る。
リリアが小さく笑った。
「ほんと、アンタらしいわ。自分の命より他人を優先するタイプ」
「そういうお前はどうなんだよ」
「もちろん行くわよ。ここまで来て途中で逃げるとか、あたしのプライドが許さないもの」
彼女の笑顔は頼もしく、いつもの軽口の奥に、決意の熱が見えた。
だが、彼らの前方に広がるのは、ただの雪原ではなかった。
風がうなり、地面が軋む。氷の壁がせり上がり、巨大な影が姿を現す。
「――っ! 氷竜……!」
セリアが息を呑む。伝承に名を残す古代竜。
その吐息ひとつで町を凍らせると言われる存在だ。
「マジかよ……よりによってここでか!」
「逃げるわけにもいかないわ。“氷花の雫”は、あの竜の巣にしかないの」
リリアが短剣を構え、翼が前に出る。
竜の目が彼らを射抜いた瞬間、空気が爆ぜた。
白い暴風が吹き荒れ、翼の頬を切り裂く。
「セリア、結界を!」
「やってるっ!!」
蒼光の魔法陣が展開され、氷のブレスが弾かれる。しかしその衝撃で地面が崩れ、翼は滑落しそうになる。
リリアがすかさず手を伸ばした。
「バカ! 掴まりなさい!」
「うおっ――助かった……!」
竜が吠えた。
氷柱が雨のように降り注ぐ。翼は結界の隙間から飛び出し、右手に魔剣を構える。
「《癒しの共鳴》!」
剣に淡い光が宿り、仲間の傷を癒やしながら力を増幅させていく。
その輝きに呼応するように、セリアの魔法陣が新たに重なった。
「《雷纏・裂光陣》!」
「《氷刃連舞》!」
稲妻と氷がぶつかり、轟音が雪原を切り裂いた。
翼はその隙を逃さず、竜の懐に飛び込む。
「いけえええっ!!!」
渾身の一撃が竜の胸を貫き、蒼白い血が噴き出す。
竜が苦悶の叫びを上げ、翼たちは雪煙の中で息を合わせる。
しばらくして――氷竜の巨体がゆっくりと崩れ落ちた。
静寂。
吹雪が止み、空の裂け目から光が差し込む。
「……やった、の?」
リリアの声が震える。
翼は剣を下ろし、深く息を吐いた。
「ああ。終わった」
「……本当に、よくやったわね」
セリアが微笑む。その背後で、氷の花弁がひらひらと舞っていた。
洞窟の奥に進むと、青く輝く花があった。
それが――氷花の雫。
翼は慎重に花を摘み、両手で包み込むように持つ。
淡い光が彼の指先を照らし、まるで竜の魂がその中に宿っているかのようだった。
「これで……アークを助けられる」
安堵と同時に、強い想いが胸を締め付ける。
仲間の命を守るために、自分が何を犠牲にしても構わない――そう誓った夜が、再び蘇る。
リリアが横でぽつりと言った。
「ねぇ翼。あんた、戦うたびに顔が変わっていくよ」
「そうか?」
「うん。昔よりずっと、怖いくらいに優しい顔してる」
セリアが笑いながら肩を叩く。
「それが、リーダーの顔ってやつでしょ」
帰路につく彼らの背に、淡い光雪が舞い落ちた。
遠くで聞こえる風の音は、まるで誰かの声のように、静かに彼らの誓いを包み込んでいた。
――この旅の果てに、何を失い、何を得るのか。
まだ誰にも、わからない。




