第44話 タルグ地下聖堂突入
灰色の空が夜を追い払い、朝靄が静かに山を包み込む。
自由都市ヴァレクの北東――険しい山岳地帯の奥に、目的地《タルグの地下聖堂》はあった。
王都時代から存在した古代遺跡の一つ。だが今、その内部は《魔導連盟》の実験拠点として使われている。
翼たちは岩陰に身を潜め、眼下の谷を見下ろしていた。
崩れた神殿の入口には、黒衣の兵士たちが数十人規模で警備にあたっている。
地面には魔法陣が幾重にも刻まれ、侵入者を感知すれば即座に結界が展開する仕組みだった。
「……厄介ね」
セリアが双眼鏡を下ろす。
「ただの防衛じゃない。完全に“封印管理”のレベルよ」
翼は短く頷く。
「裏口の転送路を押さえれば、魔導炉まで一直線だ。アークたちは正面突入。俺たちは地下から」
リリアが軽くストレッチをしながら、笑みを浮かべる。
「久々にスパッと暴れる感じね。よーし、燃えてきた!」
「静かに燃えろ」
岩壁の影で待機する数分が、やけに長く感じられた。
やがて、通信魔石が淡く光る。アークの低い声が響いた。
『こちら蒼鷹。突入開始。援護は必要ない、各員予定通り動け』
「了解」
翼たちは岩場を駆け下りた。
霧を裂くように進むと、崩れた石像の隙間に、ひっそりと刻まれた地下入口を見つける。
入り口は封印魔法で閉ざされていたが、セリアが杖をかざすと淡い光が走り、結界が音もなく解けた。
「解除完了。中に魔力の流れを感じる……おそらく下層に炉心がある」
「行こう」
翼が先頭に立ち、暗闇の階段を降りていく。
壁には古代文字が刻まれ、淡く青白い光を放っていた。
息をひそめながら進む三人の耳に、どこかから機械的な低音が響く。
――ゴウン……ゴウン……。
それはまるで心臓の鼓動のように、地下全体を震わせていた。
「これが……魔導炉の音?」
「そう。生命を模倣する炉心。魔力を循環させ、“魂”を再現する」
セリアの声がかすかに震える。
通路の先、巨大な扉が現れた。
黒い金属の表面には、見たこともない術式が絡み合っている。
翼は手をかざし、目を細めた。
「……防衛魔法式が複数重ねられてる。俺が解除する」
「危険よ」
「平気。癒しの魔力を逆転させれば、封印構造を“修復”して解除できる」
翼の両手に淡い光が宿る。
回復魔法のはずの力が、封印を包み、まるで布をほどくように静かに解除していく。
やがて重々しい音を立てて扉が開いた。
――その瞬間、熱風が吹きつけた。
中は広大な地下空間。
無数の魔導管が天井を這い、中心には光の柱がそびえ立っている。
その根元に、青く脈動する巨大な魔導炉があった。
そして、その前に――黒衣の集団。
十数人の魔導師が陣を組み、炉心を囲んで詠唱している。
その中心に立つのは、仮面の男。翼たちが前に聞いた“監視者”の声、そのままだ。
「……来たか。天城翼」
男の声は低く、しかしどこか楽しげだった。
「予想より早かったな。蒼鷹の連中が囮とは、なかなか賢い」
「お前が、《再誕計画》の責任者か」
「責任者? いや、私は“語り部”だよ。神の再誕を見届けるためのな」
翼の中に、かつて王都で感じた嫌な予感が蘇る。
あの時、美月が使っていた“癒しの光”を悪用して魔獣が生まれた。
その源流が――ここにある。
「……こんなことを続けて、何になる」
「何になる? “神の理を人が継ぐ”。それ以上の栄光があるか?」
仮面の男が手をかざすと、炉心が赤く光る。
その光から、黒い霧が噴き出し――人の形を取り始めた。
やがて現れたのは、漆黒の鎧を纏う巨人。
紅い瞳が翼を捕らえ、唸りを上げた。
「実験体α、起動完了。――翼よ、己の“進化”を見せてみろ」
「やるしかないな……!」
翼は剣を抜く。青白い光が刃を走り、魔導炉の光と共鳴した。
セリアが詠唱を始め、リリアが双剣を構える。
巨人が咆哮を上げ、床を砕きながら突進する。
翼は剣を構え、真正面から受け止めた。
衝撃が全身を貫くが、押し返す力は負けていない。
「はあああっ!!」
翼の剣が閃き、巨人の腕を弾き飛ばす。
その隙を突いて、リリアが背後から斬り込み、セリアの魔弾が炸裂した。
しかし、巨人は怯まない。切り口がすぐに再生していく。
「再生能力!? そんな……!」
「魔導炉と繋がってるんだ!」
翼が叫び、走る。
炉心の管を断ち切ろうとするが、仮面の男がそれを察し、指を鳴らす。
「無駄だ。炉心はすでに《神格化段階》に入っている」
床が裂け、魔法陣が広がった。
翼たちの足元から無数の鎖が伸び、動きを封じようとする。
しかし――翼の眼が光る。
「癒しの逆転術式――“再構成”!」
鎖が逆に溶け、魔法陣が逆流する。
封印の魔力が、翼の剣に吸い込まれていく。
「なにっ!?」
「回復魔法は、形を“戻す”力だ。なら――壊れた理を戻すこともできる」
翼が地を蹴った。
光の奔流が爆ぜ、魔導炉の柱を貫く。
轟音と共に、結界が崩れ落ちる。
巨人が咆哮を上げ、力を失って崩れ落ちた。
仮面の男はその光景を見ながらも、微動だにしなかった。
「……面白い。やはり、君の力は“鍵”にふさわしい」
「お前の理想になんて付き合う気はない!」
翼が一歩踏み出す――だが、男は淡く笑った。
「また会おう、翼。君の“癒し”が、この世界を変える日にな」
男の身体が光に包まれ、転移した。
同時に、聖堂全体が崩壊を始める。
「逃げるぞ!」
翼が叫び、三人は一気に出口へ走る。
瓦礫が落ち、光の柱が爆発する。
最後に翼が地上へ飛び出した瞬間――地下が轟音と共に崩れ去った。
山頂から見える夜空には、黒い光が昇っていた。
まるで、何かが“目覚める”ように。
セリアが息を整えながら呟く。
「……終わった、の?」
翼は空を見上げる。
「いや――まだ、始まったばかりだ」




