第43話 夜明け前の策謀
その夜、自由都市ヴァレクの上空には、濃い霧が立ちこめていた。
戦闘の余燼を残した大地に、静寂が降りる。
だが、その静けさは、ただの休息ではなかった。
嵐の前の静けさ――翼たちも、それを本能で悟っていた。
蒼鷹騎士団の臨時拠点となった廃砦の一室。
翼、セリア、リリア、そしてアークが円卓を囲んで座っていた。
ランタンの灯りがわずかに揺れ、壁に長い影を落とす。
「《黒牙》を壊滅させたとはいえ、背後に《魔導連盟》がいる以上、終わりじゃない」
アークが口を開いた。
「奴らは単なる傭兵集団じゃない。大陸の裏市場と結びついた“軍需商会”の影がある。金、武器、魔力供給――すべてが繋がっている」
翼は黙って聞いていたが、拳を軽く握る。
「つまり、《黒牙》は連盟の手駒ってわけか」
「そうだ。しかも、今回の襲撃の目的はただの略奪じゃない。奴らは“君”を狙っていた可能性が高い」
「……俺を?」
翼の声が低くなる。
「どうして俺を?」
セリアが小声で呟く。
「王都の戦いで、あんたが“回復と攻撃を同時に使える”ことを見た奴がいたのよ。あの異常な魔力量と制御……普通なら人間じゃできない。だから――“実験体”か、“素材”として欲しいって思う変態がいてもおかしくない」
「素材って言うな!」
「いや、そういう話なのよ現実的には」
重い空気が流れる。
リリアが双剣をテーブルに置き、真剣な表情で言った。
「なら、こっちも動くしかない。守りじゃなく、攻めに」
「攻める?」
「うん。あいつらの拠点を潰すの。やられる前に、やる」
その言葉に、アークが頷いた。
「実は同じ考えだ。蒼鷹騎士団としても、連盟の動きを野放しにはできない。情報網を使って、奴らの潜伏地を探っている」
翼は少し考え、静かに口を開く。
「……俺も行く。戦うために来たわけじゃないけど、もう巻き込まれてる。なら、やるしかない」
セリアが眉をひそめる。
「正気? あの連中は王国軍の魔導部隊すら壊滅させた化け物たちよ?」
「だからこそ、止めなきゃいけないんだ」
翼の目には、迷いがなかった。
アークはふっと笑みを浮かべる。
「……気に入った。じゃあ、共同作戦といこう」
彼は地図を広げ、卓上に広げた。
ヴァレクから北東、山岳地帯にある古代遺跡――《タルグの地下聖堂》。
「ここが奴らの拠点だと確定した。表向きは廃墟だが、内部には魔導炉が稼働している。生体魔導実験の中心地だ」
セリアが息を呑む。
「そんなものが……この近くに?」
「しかも奴らは“ある計画”を進めている。名を《再誕計画〈リバース・アーク〉》」
翼が首をかしげる。
「再誕……?」
「簡単に言えば、“神格兵”の再現実験だ。古代王国が作ろうとした、魔力と魂を融合させた兵器。成功すれば――人間が神の領域に届く」
「……ふざけんな」
翼の声が低く響く。
リリアも静かに双剣を握る。
「そんなもの、放っておけるわけない」
アークが頷き、地図を指差した。
「突入は三日後。俺たちは正面から突入、翼たちは裏口の転送路を制圧してくれ。そこが魔導炉に繋がっている」
「了解」
短く、だが力強い返事。
会議が終わると、夜の風が吹き込んだ。
翼は窓際に立ち、遠くの霧を見つめる。
――そのとき。
「……お前、ほんとに行くのか?」
背後からアークが問うた。
「行くさ」
翼は迷わず答える。
「怖いけど、もう逃げたくない」
「王都のときとは違うぞ。敵は“人”じゃない。命令で動く兵器だ」
「それでも、誰かが止めなきゃいけない。俺が“治す”力を持ってるなら……壊すことにも責任を持たなきゃ」
アークはしばし沈黙した後、微笑んだ。
「……いい目をしてる。なら、信じよう。背中は任せた」
「お互いにな」
その夜、翼は眠れなかった。
ベッドに横たわっても、頭の中で同じ光景が繰り返される。
戦火、悲鳴、そして――「守りたい」と願う自分。
セリアが同じ部屋のベッドから声をかける。
「……まだ起きてんの?」
「あぁ。いろいろ考えてて」
「考えすぎは良くないわよ。どうせ戦いになれば、頭より体が先に動くんだから」
「それ、褒めてる?」
「半分だけ」
リリアが毛布にくるまりながら、眠たそうに呟く。
「二人とも静かにして……寝ないと明日、顔むくむよ」
「お前が一番気にしてるだろ、それ」
「うるさい」
三人の笑い声が夜に溶ける。
束の間の穏やかな時間。
だが、その裏で、確実に闇が動いていた。
同じ頃――《タルグの地下聖堂》。
黒衣の魔導師たちが、魔導炉の前に集まっていた。
炉心に浮かぶのは、透明な魔力結晶。
中で、何かが脈動している。
「実験体α、覚醒率72%。このままなら、次の満月で完全再生します」
「よかろう。神の再誕は近い」
その声は冷たく、だが狂気を帯びていた。
影の奥に立つ、仮面の男が微笑む。
「天城翼……“回復の異端児”か。
彼の魔力は、神を蘇らせるための“最後の鍵”になる」
薄闇の中で、結晶の中の“何か”がゆっくりと目を開けた。
淡い光が、聖堂を満たしていく。
――そして、戦いの幕が上がろうとしていた。




