第42話 揺らぐ誓い、燃える空
――空が赤い。
夕焼けよりも、戦火に染まったような赤だった。
自由都市ヴァレクの外縁部。
翼たちは《蒼鷹騎士団》の要請を受け、突如として襲撃を受けた交易路の救援へと駆けつけていた。
砂煙を巻き上げ、燃え上がる馬車。逃げ惑う商人たち。
そこに立ちふさがるのは、黒い仮面をつけた一団――《黒牙》と呼ばれる傭兵集団だった。
「……数が多いな」
翼がつぶやくと、セリアが短杖を構えた。
「十数人、いや二十。こっちは四人。どう考えても不利ね」
「だからこそ燃えるだろう?」とリリアが笑う。
腰の双剣が夕光を反射し、鋭い光を放つ。
「来るぞ!」
翼の声と同時に、地面を蹴る影。
爆風が走り、火の粉が舞った。
セリアが防御魔法を展開、光の盾が破裂音を立てて衝撃を受け止める。
リリアは敵の懐に飛び込み、双剣で弾幕のように斬撃を叩き込む。
その後方で、翼が指を鳴らす。
「《再生領域〈リジェネ・フィールド〉》!」
淡い緑光が味方を包み、負傷した商人たちの体を癒していく。
「助け……助けてくれ!」
「すぐ治る、動くな!」
治癒と戦闘を同時にこなす。
その集中力は尋常ではなかった。
そこへ――低い笑い声が響く。
「……噂通りだな、王都の《殴る回復術師》」
煙の奥から歩み出たのは、黒牙の副頭領ヴァルド。
左腕に鉄爪を装着し、背に巨大な魔獣の頭骨を背負っている。
「お前が翼か。会えて光栄だぜ」
「俺は全然うれしくないけどな」
瞬間、ヴァルドの足元が爆ぜた。
砂煙を切り裂くように跳躍、一直線に翼へ――!
反射的に防御魔法を展開する。
だが次の瞬間、鉄爪が光の障壁を抉り取った。
「くっそ、物理強化系か!」
「見抜くのが早ぇな!」
ヴァルドの蹴りが翼の腹部にめり込み、地面を転がる。
すかさずセリアが回復魔法を詠唱するが、翼は手で制した。
「まだ大丈夫……それより後ろを!」
リリアの剣が閃く。
敵の背後を取って一撃――だが、ヴァルドはそれすら読んでいた。
「後ろからの奇襲か。浅いなッ!」
鉄爪がリリアの剣を弾き、反動で彼女の身体が宙に浮く。
「リリア!」
翼が即座に《補助跳躍》を発動し、地を蹴った。
身体強化で一瞬の加速――彼女を抱きかかえるようにして空中で受け止める。
衝撃と同時に地面に着地。
背中に走る痛みに息を詰めながらも、翼は叫ぶ。
「セリア! 防御を張れ!」
「もう張ってるわよ!」
光の円環が展開し、爆裂の矢が弾かれる。
ヴァルドの部下たちが一斉に弓を構えていた。
矢の雨。
だが翼の瞳は、一瞬たりとも逸れない。
「回復と防御を同時展開……こんな芸当、普通できねぇだろ!」
「普通じゃないんでな!」
詠唱を終え、翼は地を叩いた。
「《聖域転換〈サンクチュアリ・シフト〉》!」
大地が光を放つ。
半径十メートルの聖域が形成され、黒牙たちの足元に焼けるような痛みを走らせた。
「ぐっ……!」
「魔術圧が……強すぎる……!」
ヴァルドが低く唸る。
「やっぱり化け物かよ、こいつ……」
その時、空から青い閃光が落ちた。
蒼鷹の紋章を掲げた飛行魔導艇――《蒼鷹騎士団》の増援だ。
艦首に立つのは、アークだった。
「遅れて悪い。ここからは俺たちが引き受ける!」
翼は息を整えながら頷く。
「助かった……!」
だがヴァルドは退かない。
「蒼鷹だろうが関係ねぇ! この獲物だけは置いていくかよッ!」
再び突進。
アークが剣を抜く。
「――下がれ、翼」
「いいや、もう下がらない!」
二人の攻撃が交差した。
蒼と黒の閃光が夜明けのように地平を裂く。
数秒後――沈黙。
ヴァルドの鉄爪が地に落ち、音を立てた。
そして、彼の体がゆっくりと倒れ込む。
戦場に、ようやく静けさが戻る。
炎の向こうで、夕陽が沈み始めていた。
「終わったな……」とアークが剣を収める。
「……あぁ」翼は息を吐いた。
セリアとリリアが駆け寄る。
「大丈夫? また無茶して」
「無茶じゃねぇよ。やるしかなかった」
翼は微笑む。
仲間の顔を見ながら、空を見上げた。
燃えるような夕焼け。
どこか、王都の空を思い出す。
(――ここに来てから、いろんなものが変わった)
ギルド、騎士団、そして仲間。
だが、守りたいという気持ちは昔と変わらない。
リリアが小さく笑った。
「ねえ翼、少しは誇っていいと思うよ」
「何を?」
「人を守って、笑える自分を」
その言葉に、翼は黙って頷いた。
炎が鎮まり、夜が落ちる。
風が、戦場を抜けていった。
――
その夜、蒼鷹騎士団の野営地。
アークが焚き火の向こうで翼に言った。
「黒牙の背後に《魔導連盟》がいるらしい」
「……あの禁術を扱ってた連中か」
「次の標的は、ヴァレクの中心だ」
火の粉がぱちりと弾けた。
翼は黙って拳を握りしめた。
(また戦いが来る。けど――もう逃げない)
揺れる炎の中、翼の瞳だけは、決して揺らがなかった。




