第41話 古代遺跡アルカディアの眠る場所
夜明け前、霧が街を包む。
自由都市アルカディアの西端――そこに広がるのは、誰も近づかぬ禁域《アルカディア遺跡》。
千年以上前に滅んだ魔導文明の残骸。無数の魔法陣と浮遊石が宙に漂い、時間が止まったかのように静寂を保っている。
翼たちは昨夜の戦いで魔獣群を退けたあと、短い休息を取っていた。
焚き火の火が小さく揺れ、リリアは剣を研ぎながらぼやく。
「ねぇ、リーダー。あの黒衣のやつ、昨日の戦いの途中で消えたでしょ? 絶対何か裏があるって」
「同感ね」
セリアが頷く。
「彼の動き……まるで私たちの行動を“測っていた”みたいだったわ。襲う気配もなく、ただ観察していた」
翼は少し考え込み、やがて焚き火に小枝を放り込んだ。
「“監視者”の可能性が高いな。誰かの命令で動いてる。もしかすると、俺たちが手に入れようとしてる《古代魔導書》そのものが目的かもしれない」
風が一瞬止まり、焚き火の炎が小さく揺れた。
沈黙の中、遠くからフクロウの鳴き声。
やがて翼が立ち上がる。
「……考えても仕方ない。行こう。今日は遺跡の奥に入る」
朝日が差し込み、三人は霧を割って進み始めた。
◇
遺跡の入口は、岩山の裂け目のように口を開いていた。
中は青白く輝く魔法陣が埋め込まれており、天井からは古代文字が刻まれた浮遊石がゆっくりと回転している。
空気は冷たく、かすかに鉄のような匂い――いや、魔力の匂いが漂っていた。
「……こりゃまた、すごい光景だな」
リリアが呆然と天井を見上げる。
セリアは眉をひそめて言った。
「気をつけて。魔力の流れが不安定。何かの拍子で暴発するわ」
翼は手を翳し、回復術の光を周囲に散らす。
その光に反応するように、壁の古代文字が一瞬だけ輝いた。
《光を継ぐ者に、封印を解く資格を与える》
「……なんだこれ。まるで俺たちを待ってたみたいな文だな」
「“光を継ぐ者”……それ、あんたのことかもね」
セリアが茶化すように笑うが、どこか本気の声色でもあった。
遺跡内部は、三層構造になっていた。
第一層は機械仕掛けの罠が張り巡らされ、第二層には過去の探索者たちが放置した遺品が散らばる。
そして第三層――そこに、封印の魔法陣が存在する。
翼たちは慎重に進む。
床の罠をリリアが素早く解除し、セリアは魔法で結界を張りながら進行方向を確保する。翼は後方から光の糸を編み、周囲の魔力を読み取っていた。
「……やっぱり、古代魔導書の反応がある。下層から、微弱な波動が上がってきてる」
「じゃあ、間違いなくここが本命ね」
進むごとに空気が重くなる。まるで“過去そのもの”が三人の体を押し潰すような圧を持っていた。
石造りの廊下に描かれた魔法陣が光を帯び、床が一瞬沈む。
「来るぞ!」
翼が叫んだ瞬間、床下から黒い魔力が噴き上がる。
影のような魔獣――いや、魔導機兵だった。金属の体、光る眼。
「魔導兵器!? こんな深層で動いてるなんて!」
セリアの声が響く。
「リリア、右を頼む! 俺は左の群れを抑える!」
翼の杖が光を放ち、魔法陣が展開する。
――《光陣・癒守の輪》!
広範囲の回復と防御が同時に発動し、仲間を包み込む。
リリアは剣を構え、まるで舞うように突き進む。
「どっからでも来なさいっての!」
鋼鉄の音が響く。斬撃が金属を弾き、火花が散る。
セリアは詠唱を短縮し、連続魔法を放つ。
「《雷槍》《氷壁》《光束》!」
複数属性の魔法が次々に放たれ、魔導機兵の装甲を破壊する。
翼は魔力の流れを読み、手早く仲間に支援をかけ直す。
「セリア、出力落ちてる! リリア、左側の囲みを避けろ!」
「了解!」
「任せて!」
戦闘は熾烈だったが、連携は完璧だった。
三人の動きは、まるで長年の呼吸を合わせた舞踏のよう。
最後の一体をリリアが突き刺し、機兵が火花を散らして崩れ落ちる。
静寂が戻る。
「ふぅ……相変わらず容赦ないわね、ここの遺跡」
セリアが汗を拭う。
「でも、あの動き……人の意思を感じた」
翼が呟く。
「まるで、俺たちを試していたみたいだった」
その時――遺跡の奥から、低い振動が響く。
壁が動き、光の柱が立ち上がった。
リリアが目を見開く。
「な、何これ……!」
光の中に、青白い球体が浮かんでいた。
中心には、翼が探し求めていた“古代魔導書”が封印されている。
だが、その瞬間。
背後から聞こえる足音。
「――お見事だ、天城翼」
あの黒衣の男が現れた。
フードの下の口元が、静かに笑っている。
「君がここまで辿り着くとは思わなかったよ。やはり“選ばれし回復術師”は本物だ」
翼が杖を構える。
「何者だ。誰の命令で動いている」
「……命令? 違うよ。私は“記録者”。
この遺跡を、そして君の力を観測する者だ」
黒衣の男は一歩前に出て、青白い封印の光を指先でなぞる。
「この魔導書には、君の過去と未来を分ける鍵がある。
だが、それを手に入れれば――君は“人ではいられなくなる”」
セリアが杖を構え、リリアが前に出る。
「ふざけたこと言わないで! そんなの、信じるわけ――」
「リリア!」翼の声が響く。
次の瞬間、黒衣の男が指を鳴らす。
遺跡全体が震え、魔法陣が一斉に輝く。
光が三人を包み込み、空間が歪む。
「翼ッ!!」
リリアとセリアの叫びが響く中、
翼の視界が真っ白に染まる。
――そして、闇の中で微かに聞こえた。
『見せてやろう。お前が“癒した代償”の意味を――』
その声を最後に、意識が途切れた。




