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第30話 古代遺跡“記録の間”へ

洞窟の奥へ進むほど、空気は土と石の湿った匂いから、どこか金属のような冷たい匂いに変わっていった。まるで自然の洞窟が人工物へと変わっていくように、壁にはいつしか不規則な光沢が浮かび、床には磨かれた金属板のようなものが混ざり始めている。


「……ここ、ほんとに自然にできた洞窟なのか?」

翼が小声でつぶやく。


「自然のままじゃないわね。人が、いや……人じゃない何かが手を加えたはず」

セリアは壁に触れ、金属面の上をなぞった。「温度が一定だもの。魔力の流れがある」


リリアは振り返り、背後の暗闇を警戒する。

「黒い人影は追ってきてないね。でも気配は……ぜんぜん消えてない感じ」


翼はうなずいた。

「遠くにいるだけか、あるいは別の侵入ルートを探してるか。どっちにしろ油断はできないな」


三人は慎重に進む。道はゆるやかに下降しており、壁の光沢はやがて全面を覆い、自然の岩肌は完全に姿を消した。多角形の模様が規則的に壁へ刻まれ、淡い青い光が線のように流れる。


「完全に人工遺跡だな……。しかも古代というより、もっと洗練された印象がある」

翼は思わず呟いた。


「言葉にするなら、未来型って感じよね」

セリアも目を細める。「魔力の質も変わってるわ。自然の魔力じゃなくて、精密な“制御された魔力”」


「なんか、魔導機械の匂いがするね」とリリア。


その時、通路の奥から微かな光が漏れた。三人は歩みを速める。


やがて通路が広間へ開けた。


円形の広間。中央には巨大な円盤状の装置が埋められており、天井付近には円環型のリングが静かに浮いている。壁一面には無数の古代文字が刻まれ、ほんのりと輝いていた。


「……おお……」

翼も言葉を失う。


セリアがそっと前へ進み、指で壁の文字を追った。

「読める部分がある。“記録の間”。“魂の残滓”。“保管”。“選別”。そして……“調整”。」


リリアが首をかしげる。

「調整って?」


「分からない。でも、普通の遺跡じゃ扱わない言葉よ」


翼は広間の中央に置かれた円盤へ近づき、しゃがんだ。

円盤の縁には細かな紋様がめぐり、中央には手形のような窪みがある。


「誘ってるようにしか見えないな……手を入れろって」


「やめなさいよ」とセリアがすぐ止める。「不用意に触るのは危険よ。罠かもしれないし、装置が暴走することだってある」


「だよね……」


翼が手を引っ込めたその瞬間だった。


ボウッ……。


円盤が淡く光を帯び、広間全体が反応する。壁の古代文字が連鎖するように点灯し、天井のリングが低い音を響かせながらゆっくり回転し始めた。


「おいおい、触ってないぞ!?」


「誰か、外から作動させた!?」

セリアが杖を構える。


その時、広間の入口から冷たい風が吹き込んだ。

振り向くと、黒衣の影が立っていた。輪郭は先ほどより明確に、人の形に近づいている。黒霧が凝固したような姿で、目に相当する部分が淡く光る。


「来た……!」


影は一歩、広間に踏み込む。

それだけで空気が重くなり、広間の温度が急激に下がった。円盤の光も弱まり、代わりに影の気配が広間を覆っていく。


翼が構え、ヒールを展開する。

「こいつ……遺跡の起動を目的にしてたのか?」


黒影は答えない。ただ、目的が達成されたとでも言うように、円盤の中心へ向かって動いていく。


「だめ……装置を使わせたら危険!」

セリアの魔力が高まる。


リリアが飛び込もうとしたが――影の腕が異様な速さで伸び、空間を切り裂く。翼は咄嗟に彼女を引き寄せ、ヒールで衝撃を相殺した。


「くっ……こいつ、前より強くなってないか!?」


「遺跡の魔力を吸っているわ!」

セリアが叫ぶ。「このままだと装置を完全起動させるつもりよ!」


円盤の光がどんどん強くなり、天井のリングも加速していく。


影は円盤の中央の“手形”へ手を伸ばす。


「させるかよ!」


翼は地面を蹴り、影へ突っ込んだ。

ヒールの光が手に集まり、拳にまとわりつく。回復魔法なのに攻撃力を持つ理不尽な力。それでも影は薄く笑ったような気配を返し、翼の攻撃に手を伸ばす。


光と影がぶつかり、衝撃波が広間を揺らした。


翼の足がわずかに滑り、影の手がすり抜けて円盤へ近づく。


「翼!」

セリアとリリアの声が重なる。


翼は歯を食いしばり――もう一度、足を踏み込んだ。


「あと一歩……届けッ!」


拳と影の腕がぶつかり、ヒールの光が爆ぜた。


影は大きく揺れ、後退する。

しかしその動きは不気味に滑らかで、痛みを感じている様子はない。まるで形状が揺れただけというような反応だ。


影が低く声を漏らした。

それは言語とは言えない、しかし感情がこもった音だった。


「……タ……マ……シ……」


翼の背すじが凍りつく。


「魂……?」


影は手を再び円盤へ向けた。


その瞬間、広間全体が激しく震えた。


円盤の光が最高潮まで達し、天井のリングが炸裂するような光を放つ。


セリアが叫ぶ。

「遺跡が……暴走する! 止めないと!」


翼は影を押し返しながら叫んだ。

「どうやって!? 何か停止スイッチみたいなのあるか!?」


「記録装置なら……魔力の流れを逆転させれば!」


リリアは素早く広間を見渡した。「逆転装置っぽいもの、探す!」


だがその前に、影が再び立ち上がった。

今度は完全に怒りを帯びた気配で、翼を押し返す。


「セリア、リリア……止める手があるなら頼む! こいつは俺が止める!」


翼はもう一度ヒールを高出力で展開し、影との距離を保った。


影の腕が鞭のように伸び、空間を裂く。翼は回避しながら光で防御壁を連続展開し、広間の中央で影を足止めする。


セリアとリリアは円盤の周囲へ走る。

光が爆ぜ、影が叫び声のようなノイズをあげる。


翼は拳を握りしめた。


(絶対に……遺跡を好きにさせない!)


広間の魔力が渦巻き、遺跡の装置が暴走し始める中、三人は限界の戦いを続ける。


古代の“記録の間”が何を封じ、何を求めているのか。


そして黒影が言った「魂」とは何なのか。


答えはもうすぐ暴かれようとしていた。

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