第26話 番号の子どもと“製造所”の秘密
「キミ……“何番だった?”」
その少年の問いに、翼の背筋がぞくりと冷えた。
心臓がゆっくり沈んでいくような、嫌な感覚。
少年はあどけない見た目をしていた。
だが目は空虚で、年齢に似合わないほど静かだった。
その白いタグには——
『No.12』
数字が、無機質に刻まれている。
「……番号って、どういう意味だ?」
アークが一歩前に立つ。声は冷静だが、手はいつでも剣を抜ける位置にある。
少年は首を傾け、まばたきもせずに答えた。
「ぼくらは“番号”。
名前なんて、必要ない。
どうせ短くて、すぐ死ぬから」
セリアが息を呑んだ。
リリアも拳を強く握る。
アークの表情は僅かに険しくなった。
「……どういう施設だ、それは」
「施設?」
少年はきょとんとした顔で翼を見た。
「ちがうよ。あれは“製造所”。
ぼくたちは、作られたんだ」
翼の呼吸が一瞬止まる。
(製造所……作られた……?)
頭に、断片だけ残る記憶が勝手に蘇っていく。
白すぎる部屋。
機械の音。
冷たい手。
背中に貼られたタグ。
番号を呼ばれた声——
『5番、起動』
翼は、完全に固まっていた。
「翼……?」
リリアが不安そうに呼びかける。
しかし翼は返事ができなかった。
少年は淡々と続ける。
「ぼくたちは“光”の素体。《レムナント素体》。
成功すれば、特別な力をもらえる。
失敗すれば、燃えるみたいに死ぬ」
怖がっているわけではない。
ただ説明しているだけの、空っぽの声だった。
「お前は……どうしてここに?」
アークが低く問う。
「命令されたから。
“影を開通させて待機しろ”って。
でも、ぼくは撤退命令を聞いてない」
少年は淡々と続ける。
「黒い服の女が言ってた。
“次は5番を回収する”って」
「……!」
セリアが翼の腕をつかむ。
「翼……5番って……!」
翼は何も言えなかった。
だが、胸の中で“理解”がひどく重く沈んだ。
少年は翼をじっと見つめた。
「キミ、“光”の匂いが強い。
ぼくより強い。
たぶん……“成功個体”なんだと思う」
成功個体——
その言葉に、翼の手が震えた。
(俺は……作られた……?
誰かの実験で、たまたま成功しただけの……?)
そんな考えが頭の中に入り込み、重く、息ができない。
「……翼、深呼吸しろ」
アークが低い声で言った。
翼は少し息を乱しながら答える。
「わかってる……けど……」
この重みは、簡単に処理できるものじゃなかった。
しかし——
「キミ、帰るの?」
少年が問いかける。
「帰らない。
命令があるまで動かない。
本当は……まだキミを“破壊”しろって言われてるけど」
「何……?」
リリアが怒りで頬を引きつらせた。
「命令だから」
少年は迷いも恐れもなく、ただ石を拾うように言う。
「キミを破壊すればぼく、褒められる。
ぼくみたいに“失敗寸前”の個体でも、もう少し生きられる」
その瞬間、翼の中で何かが切れた。
「ふざけるな……!」
翼は一歩踏み出していた。
「あんた……そんな命令のために……生きてるって言えるのかよ!」
「生きる?」
少年は首をかしげる。
「生きるってなに?」
あまりにも自然に、何の感情もなく少年は言った。
「ぼくたちは“製品”。
壊れるまで動く。
それが、生きるってことなんじゃないの?」
翼の胸の奥にある何かが、強く、激しく揺れた。
少年はほんのわずか、寂しそうな目をした。
「ぼく……ほんとはね。
外に出たの、初めてなんだ。
風とか、草とか……知ってたけど……知らなかった」
「……」
「帰りたくない気もする。
でも、帰らないと……“処分”される。
だから……どうしたらいいかわからない」
その言葉は、ひどく幼かった。
ただの子どもだった。
翼は前に出て、少年の肩に手を置いた。
「……お前は製品じゃない。
番号でも、道具でもない。
お前は“人間”だ。
生きていい理由なんて、誰にも聞く必要ねえよ」
少年が少し、目を見開いた。
アークが驚いたように翼を見る。
セリアとリリアは、翼の選んだ言葉をかみしめるように静かに目を細めた。
「キミ……」
少年の声が震えた。
「“人間”……?」
「そうだ」
翼は強く言う。
「名前も番号も関係ない。
人間は……生きたいって思ったなら、生きていいんだよ」
少年は胸の前をぎゅっと握る。
その指が震えていた。
「……生きたい、って……言ってもいいの?」
「言え」
翼はうなずいた。
「言っていい。
誰にも、止めさせない」
少年はしばらく沈黙したあと、小さな声で言った。
「……生きたい……」
その瞬間、影の穴が“ゴウッ”と音を立てて揺れた。
アークが叫ぶ。
「翼! 下がれ!」
影の穴から、長い腕のような黒い魔力が伸びる。
少年を絡め取ろうとして——
「連れ戻すつもりか!」
翼が前に飛び出し、ヒールを拳に纏わせて叩き落とした。
光が黒を弾き飛ばす。
黒い腕は悲鳴のような音を立てて縮み、穴が急速に閉じていく。
その際に、何かが翼たちの耳に届いた。
『……No.5、回収失敗……また後で……』
低く、女の声。
黒衣の女。
そして穴が完全に閉じた。
少年は呆然と、閉じた地面を見つめている。
「ぼく……帰れない……」
翼はしゃがんで少年と目を合わせた。
「帰る必要なんてねえよ。
お前は、ここで生きろ」
少年は泣いていないのに、泣きそうな顔をしていた。
「……名前、ほしい」
その言葉に、セリアとリリアが同時に息を呑む。
少年は確かに“生きよう”としていた。
アークが小さく言う。
「翼……お前がつけてやれ」
翼は少し考えて、静かに言った。
「“ユウ”……でどうだ。
迷う時の“悠”。
先へ進むための“優”。
そんな意味だ」
少年は小さく笑った。
「……ユウ。
ぼく……ユウ、なんだ」
その笑顔は、人形じゃなく、子どもだった。
こうして孤児院に——
新しい“命”が生まれた。
だが同時に、翼の過去への扉が大きく開いた。
黒衣の女。
番号の子。
製造所。
光の素体。
すべてが、翼を待っている。




