第22話 光翼の鼓動と禁書庫の異変
黒衣の女の言葉が、翼の胸の奥にじわりと染み込んでいく。
選ばれた遺産。
未来に残された最後の光翼術師。
そんな肩書き、背負う気なんて一ミリもない。
「ふざけるなよ……俺は、そんな大層なもんじゃない」
翼の声は震えていた。
怒りなのか、不安なのか、それとも認めたくない恐れなのか自分でも分からない。
黒衣の女は静かに首を横に振る。
「あなたの力がまだ眠っているだけ。
でも遺跡で見せた“青白い光”は、すでに芽を出していた証拠よ」
「勝手に芽とか出さないでほしいんだけど!?」
翼は半分叫びながら後ずさる。
セリアとリリアが左右に立ち、翼を守るように前へ出た。
「アンタ……翼に何をさせようとしてるのよ」
セリアの目つきは鋭い。
だが黒衣の女は怯まずに、淡々と言った。
「私は翼を導きたいだけ。
世界を救うために必要なのは“翼の覚醒”。
そのための準備を整えているの」
「世界を救うとか、急にスケールでかすぎるわよ」
リリアの声には怒りよりも呆れの色が強かった。
アークは剣に手を添えたまま、冷静に状況を観察している。
「目的をはっきり言え。
なぜ翼なのか。
そして“覚醒”とは具体的に何を意味する」
黒衣の女は一拍置いて、答えた。
「この世界では昔、空が裂けた。
光と闇がぶつかり、世界そのものが歪んだ。
その歪みは今でも残っている。
放置すれば、いずれ“空が再び割れる”」
翼は思わず眉をしかめる。
「そんな大災害、聞いたこともないんだけど」
「記録は消されたの。
王家が“管理できない力”を恐れてね」
禁書庫の空気が、ピリリと緊張する。
アークの目が鋭く光る。
「その“力”というのが、光翼術か」
「正確には、光翼術を極限まで高めた“真式”。
それを扱えたのは……翼と同じ血の流れを持つ者たち」
「俺の“血”……?」
翼の喉がかすかに鳴る。
心臓の鼓動が、さっきよりもずっと大きく聞こえた。
「何度も言うけど、俺は本当にただの村育ちで……」
「村に捨てられていた、の間違いでしょ」
その言葉は、石の矢のように翼の胸を貫いた。
「何……?」
翼が息を飲む。
「出生の記録は偽装されていたわ。
本物の両親はあなたを守るために、偽名と偽の戸籍を残して姿を消した。
あなたの力に気づいた王家が、連れ去ろうとしたのがきっかけだった」
翼の呼吸が止まる。
自分の記憶の中の村、家、家族。
それらがゆっくり砂のように崩れていく感覚。
「俺の……家族は……」
「本当の家族は、王家から逃がれるためにあなたを隠した。
残念だけど、その先の行方は不明よ」
セリアが翼を強く抱いた。
「翼……大丈夫よ。アンタはアンタよ」
「誰にどう生まれようが、今一緒にいるのは私たちだよ」
リリアも優しく支える。
翼は二人の言葉でかろうじて立っていられた。
しかしその瞬間だった。
禁書庫全体が震えた。
ゴゴゴゴゴ……
「な、何……!?」
「まずい。扉が閉じ始めた」
アークが叫ぶ。
上層から砂時計をひっくり返したような魔力が流れ落ちてきていた。
「禁書庫が反応したのよ。
翼の“目覚めかけ”の力にね」
黒衣の女が淡々と言う。
「目覚めかけって何!?」
「本人の負担が大きいって意味よ」
翼の体から、青白い光の粒が漏れ出していた。
腕がじんじん熱い。
心臓の鼓動が早い。
呼吸が追いつかない。
「リーダー、大丈夫!?」
「くそっ……なんだこれ……!」
視界が揺れる。
本棚が巨大な影のように揺らめく。
遠くで何かが軋む音がする。
黒衣の女が翼に手を伸ばした。
「落ち着かせるわ。じっとして」
「触るな!」
翼は反射的に女の手を払った。
その瞬間、光が炸裂した。
風圧が本棚を揺らし、床の魔術式が一斉に光る。
「今のを素手で……?」
アークの目が見開かれる。
黒衣の女は一瞬だけ驚いたが、すぐに笑みを隠さず言った。
「やっぱり本物ね、翼」
「本物とかいらねえよ!」
翼の声が震え、その光がさらに強く広がる。
扉が完全に閉じるまであと数十秒。
アークが叫ぶ。
「全員、出口へ走れ!
翼、立てるか!」
「立つ! 立つけど……俺……!」
セリアとリリアが翼の腕を引っ張り、必死に走る。
黒衣の女は少し離れた位置から翼を見つめていた。
「また会いましょう、翼。
次は“覚醒”の続きよ」
「勝手に続編つくるな!」
翼が叫んだ瞬間、巨大な扉が閉じようとしていた。
「間に合えーーーっ!!」
三人とアークは滑り込むように地上の階段へ飛び出した。
ドゴンッ!
扉が閉まる重い音が後ろから響く。
直後、光の暴走も止まり、翼の体からは力が抜けた。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
セリアが翼の背中を叩く。
「ほんとよ。こんな危険な場所、二度と入りたくないわ」
「でも……翼のこと、少し分かってきたね」
リリアが優しく言う。
アークは腕を組んで、小さくつぶやいた。
「翼。これから先、お前は“狙われる側”だ。
黒衣の女だけじゃない。
お前の力を求める者は、必ず現れる」
「分かってる……けど」
翼はゆっくり顔を上げた。
「俺がどういう生まれでも、
俺を選んだのは王家でも古代人でもなく、
“今の仲間”だろ」
セリアとリリアが目を見開き、すぐに微笑んだ。
アークも小さく頷く。
その瞬間だけ、中央塔地下の冷たい空気が少し温かくなったように感じた。




