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第21話 禁書庫の扉が開く時

 朝のヴァレク中央塔は霧が薄く漂い、塔の上部が白くぼやけていた。

 巨大な塔は、街のどこからでも見えるが、近づくほどに異様さが増していく。

 まるで街を見張る巨人の片目のようだった。


 翼、セリア、リリアは塔の前に立っていた。

 早朝にもかかわらず、塔の周囲には警備兵が何十人も配置され、周囲の空気はどこか鉄の味がした。


「うわ……これ、ただの図書室じゃないよね」

「禁書庫だからね。

 私は入るの初めてだけど、ここが普通じゃないのは分かるわ」

「リーダー、緊張してる?」

「してるよ。めっちゃしてるよ」


 そこへ、静かにブーツの音が近づく。

 黒外套を揺らしながら現れたのは、アーク。


「来たな。早い方だ」

「早くしないと、逃げる気がわいたら困ると思って」

「心配するな。逃げようとしても、ここの警備は王城より固い」

「怖っ」


 軽いやり取りの後、アークは三人を案内し、鉄格子の前まで導いた。

 格子には、複雑な魔術式が刻まれている。


「中央塔の地下一階に“禁書庫の大扉”がある。

 そこまで来い」


 塔の中へ足を踏み入れると、空気が一段階冷たくなった。


 階段を降りる度、周囲の魔力密度が増していく。

 地下へ向かっているはずなのに、どこか上へ昇っていくような感覚すらあった。


「魔術式が空間認識を乱しているな……」

 アークの言葉に、翼は思わず頭を抱えた。


「こんな仕掛け、誰が作ったんだよ……」

「古代術師の仕事だと言われている。

 ヴァレクが街になるより前……“塔の時代”から存在していたらしい」


「塔の時代?」

「詳しい文献は少ない。禁書庫の最奥に記録があるようだが、確証はない」


 曖昧な答え。

 だがそれは、「ここには現代では説明できないものが山ほどある」という意味でもあった。


 やがて、巨大な扉の前に到着した。


 高さ四メートル、幅三メートル。

 重厚な黒鉄でできており、左右に古代文字が刻まれている。


 扉の前には、異様に白い石造りの台座が置かれていた。


「翼。手を台座に触れろ」

「え、俺だけ?」

「お前だけだ」


 嫌な予感が翼の背筋を走った。


「ちょっと待って。それ絶対なんか起きるやつじゃん」

「安心しろ。死にはしない」

「“しない”って言った。即答した……怖っ」


「いいからやりなさい」

 セリアに背中を押され、翼は抵抗できずに台座へ手を伸ばす。


 触れた瞬間――


 ドクン。


 体の奥底から、心臓とは別の“何か”が震えた。


 視界の端に青白い光が走る。

 そして次の瞬間、扉に刻まれた古代文字が淡く光り始めた。


「うわ……動いた……」

「間違いない」

 アークの声が低く響く。


「翼、お前は“認証者”の資格を持っている」

「何その急な中二ワード」

「禁書庫の扉は、本来“選ばれた者”でなければ開かない。

 だが千年以上の間、一度も反応しなかった。

 それが……お前に反応した」


「ちょ、待って。それって俺なんか特別な血筋とかそういうアレ……?」

「今はまだ断定できん。

 だが“黒衣の女”が目覚めに反応していた理由は、これの可能性が高い」


 翼は頭を抱えた。


 回復術師のつもりが、選ばれし者的な扱いになっている。

 望んでいないのに。


 だが扉は情け容赦なく動き始めた。


 ギィィイイ……


 古鉄が軋む低い音が、地底に広がっていく。


 やがて扉が開いた。


 その奥は暗闇。

 だが空気には、膨大な情報の匂いが満ちていた。


 翼は息を呑む。


「ここが……禁書庫……」


「入るぞ。ただし翼の周囲から離れるな。

 扉が閉まったら、お前以外では開けられない」


「そんな仕様いる!?」

「古代人のセンスに文句を言っても仕方ない」


 アークの無表情に、セリアとリリアが同時に苦笑した。


 四人は慎重に中へ入った。


 禁書庫は想像以上に広かった。

 地下一階どころか、内部は巨大な円形の空間が何層も連なっている。

 本棚が縦長の迷宮のように並び、その上を淡い魔光石が照らす。


「まるで……森みたい」

「情報の森、ね」


 翼は歩きながら、ふと視線を感じた。


――誰かに見られている。


 その感覚が、遺跡の黒衣の女のときと同じだった。


「アーク……ここ、誰かいる?」

「人はいない。魔物も入れん。

 ただ……」


「ただ?」


「この禁書庫には“警戒する存在”がいると言われている」


「実体あるの?」

「ない。気配だけだ」


「余計怖いわ!」


 そんなやり取りをしながら、アークは目的の棚へ向かう。


「ここだ。古代史の“光翼術”に関する文献の区画だ」

「光翼術……?」


 聞き覚えのある言葉に、翼の胸がざわめいた。


 アークが古い木箱を開けると、布に巻かれた石版が現れる。

 魔力の震えが周囲の空気を揺らした。


「翼。これを見ろ」


 翼は震える指先で石版に触れる。


 瞬間――映像のような光が脳に流れ込んだ。


 荒廃した大地。

 空に走る巨大な裂け目。

 そして光を纏い空を飛ぶ“誰か”。


 その姿は、翼自身に似ているようで、似ていない。

 だが確実に自分と同じ“光翼”を持っていた。


「あれは……何……?」


 思わずつぶやくと、アークが言う。


「古代術師の記録によると、“光翼術”は治癒術の最上位系統。

 本来なら、王家の血筋でも扱える者は極めて少なかったらしい」


「王家……?」


 翼の背中を冷たい汗が伝う。


「まさか俺……王族とかじゃないよね?

 だって俺、ただの村の……」


 その瞬間。


 背後から声がした。


「翼。あなたは“ただの村の少年”じゃないわ」


 凍りつくような、澄んだ女の声。


 三人が即座に振り返る。


 そこには――黒衣の女が立っていた。


 遺跡で対峙したあの姿のまま。

 まるで誰にも気づかせずに現れたかのように、ただ静かにそこにいた。


「っ……!

 ここ、どうやって入ったのよ!」

 セリアが構える。


 黒衣の女は、ほんのわずかに口元を上げた。


「翼が扉を開けたのよ。

 私だけじゃなく、“他の存在”もね」


 アークが剣に手をかけた。


「貴様、禁書庫を荒らす気か」

「荒らさないわ。ただ――“目覚め”の時が近いと伝えに来ただけ」


 翼は喉が固まったように動かなかった。


「目覚めって……なんなんだよ……俺は何なんだよ……!」


 黒衣の女はゆっくりと歩み寄る。

 顔を隠すフードの奥で、紫色の光が揺れた。


「あなたは“選ばれた遺産”。

 古代が未来に残した“最後の光翼術師”」


 その言葉は禁書庫の空気を震わせ、

 翼の世界を一瞬でひっくり返した。

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