第20話 揺れる自由都市と、禁書庫の誘い
夜の自由都市ヴァレクは、昼の喧騒とは別の意味で騒がしい。
酒場の明かりが並び、叫び声と笑い声と、ところどころ喧嘩の破裂音が飛んでくる。
宿に戻った翼たちは、久々に落ち着いた夕食を取り終え、少し休んでから一階のロビーで軽い打ち合わせを始めていた。
「しかし今日の遺跡……本当にいろいろあったわね」
セリアが椅子に深く背を預ける。
「黒衣の女はヤバいとして、鋼影獣とか封印とか……。
なんか“初級冒険者の遊び”みたいな日々どこいったのよ」
「そもそも俺ら、初級冒険者の時代あった?」
翼が言うと、リリアが指折り数えた。
「草むしりとスライム退治……。
はい、終了。たった二日で終わったね」
「やっぱ俺、もうちょっと地味な人生がよかったなぁ……」
翼が天井を見上げながらため息をつく。
そんな会話をしていた時だった。
コン、コン。
宿の扉が控えめにノックされた。
フロントの少年が「どうぞー!」と声をかけると、黒髪の男が姿を現した。
蒼鷹騎士団、アーク。
昼間と同じ黒い外套だが、表情はさらに鋭さを増している。
「翼。話がある」
「またスカウト?」
「違う」
即答だった。
「じゃあ……何があった?」
「遺跡の続報だ」
アークは三人に視線を向け、一歩近づいた。
「さっき団員から伝えた“魔物の出現率上昇”……あれはまだ序の口だ。
さっき、ヴァレク西側の森で“変異魔獣”が確認された」
「変異……?」
セリアが眉をひそめる。
「魔力の構造が通常と違う。
術式に干渉したような、異質な魔力が混ざっているらしい」
「あっ……」
リリアが気づいた顔で翼を見る。
「それってさ……黒衣の女の魔力と“似てる”ってこと?」
アークは無言で頷いた。
その沈黙は、肯定以上の重さを帯びていた。
「黒衣の女……封印……そして変異魔獣。
どう考えても繋がってるわよね」
「勘で語るのやめてくれます?」
「勘じゃなくて女性の勘!」
翼がツッコむ一方、アークは声を低くした。
「そして――もう一つ問題がある」
部屋の空気がぴんと張る。
「自由都市評議会の一部が、動き始めている。
“翼、お前を危険因子として扱うべきだ”という意見がな」
静寂。
翼の胸に冷たいものが落ちた。
「は!?
俺、魔獣に変異させる術なんか使ってないし!!
というか、巻き込まれてる側なんだけど!」
「分かっている。
だが自由都市は王国とは違う。力と利だけで動く街だ。
正義も情も、都合次第で平気で裏返る」
アークの言葉は淡々としているが、どうにも重い。
「……つまり、翼には味方もいるが、敵になりかけてる連中もいるってわけね」
「そうだ」
セリアの整理を、アークははっきり肯定した。
「だから翼。
今後のためにも“情報”が必要だ。
お前自身に関する情報をな」
「俺の……?」
「そうだ。
黒衣の女は“目覚めが近い”と言った。
つまりお前に何か秘めた力があるということだ」
翼は頭を抱えた。
「いやいやいや……回復術師だよ俺……」
「回復術師が光翼を背負って魔獣を殴り飛ばすのは普通か?」
「普通じゃない」
「だろう」
アークは深く息をつき、言葉を続ける。
「そこで一つ提案がある。
翼……自由都市ヴァレク中央塔にある“禁書庫”へ行け」
「禁書庫?」
リリアが首をかしげる。
「ヴァレクの建国以前から存在する、古文書の倉庫よ」
セリアが補足する。
「アーク、あんた……あそこに入れるの?」
「正式許可を出せる立場にある。
ただし条件がある」
アークは翼をじっと見た。
「この件に関する情報は、ギルドにも外部にも漏らさないこと。
そしてもう一つ――禁書庫で何を知っても、後戻りするな」
「……重くない? 条件」
「軽く言える内容じゃない」
それは警告か、それとも覚悟の要求か。
翼には判別がつかない。
「どうする?」
アークが問う。
翼は仲間を見る。
セリアは腕を組みながら、やれやれと肩をすくめた。
「行くしかないでしょ。
翼の“変な現象”の原因が分かるなら」
「うん。あたしも同意。
リーダーの扱いにくい力が何か分かれば、もっと楽だし!」
「扱いにくいって言ったな今」
「事実です!」
翼は思わず苦笑した。
そして――決めた。
「分かった。行くよ、禁書庫」
アークはわずかに口元を緩めた。
「決断が早いな。
明日の朝、中央塔前まで来い。案内する」
「了解」
アークはそれ以上何も言わず、静かに部屋を出ていった。
残された三人は、同時に息をついた。
「……なんか、またとんでもない方向に進んでない?」
「完全に進んでるわね」
「リーダー、がんばれ」
「いや慰めるだけ!? 励ましとかないの!?」
リリアは笑った。
「でもさ、翼。
あんたが“追放回復術師”のまま終わる未来なんて、最初から無かったよ」
「おお、珍しく良いこと言った」
「でしょ?」
セリアも静かに頷いた。
「翼。
本当に辛くなったら言いなさい。
あたしたちは――あなたの仲間なんだから」
その言葉は、派手ではないけれど確かに温かかった。
翼は深く息を吸い、小さな笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
自由都市の夜は深い。
その闇の中で、次に待ち受ける運命の気配だけが、不気味に揺れていた。




