第19話 黒衣の女の影と、ざわつく自由都市
黒衣の女が消えた遺跡の広間には、しんとした空気が残っていた。
灯っていた魔法陣の光も薄れ、ただ巨獣の亡骸の破片だけが散らばる。
翼の光翼はゆっくりと消え、背中の熱も落ち着いてきた。
「……なあ、誰か説明してくれ。
俺、結局なんの目覚めを控えてるんだ?」
翼がぼやくと、セリアが額に手を当てる。
「そんなの、あたしたちが聞きたいわよ……。
変な女まで出てきたし、あの光の翼って何なのよ。
回復術師ってもっと地味だと思ってたわ」
「地味は言うな」
リリアは落ちていた石をつつきながら言った。
「黒衣の女……魔力の質が普通じゃなかったよ。
古代魔法っていうより、もっと深い、底なしみたいな……」
アークは皆の会話に口を挟まず、じっと封印の間を見つめていた。
その顔は険しい。
いつもの落ち着きというか、冷静さの裏側に、焦りが見える。
「アーク、どうしたの?」
翼が声をかけると、彼はゆっくり振り返った。
「……ここは、俺たち蒼鷹騎士団の任務対象でもある。
封印の調査は、数年前から極秘で続いていた」
「極秘?」
「そうだ。だがその封印が“反応”した。
それに黒衣の女……あれは間違いなく、封印の外から来た存在だ」
「外って、どこから……」
アークは首を横に振る。
「分からない。だが――翼。
お前が関係していることだけは確かだ」
「やっぱ俺のせいか……。
いや、せいっていうか……何なんだろうな俺の人生……」
翼の呟きに、ヘルムがぽんと肩を叩いた。
「気にすんな若造。
英雄なんてのは総じてややこしい運命を持ってんだ」
「いや英雄じゃないから。どんな慰め方だそれ」
気持ちが落ち着いたところで、一行は遺跡の出口へ向かった。
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地上へ戻ると、夕暮れの光が差し込んできた。
遠く、自由都市ヴァレクの街並みが橙色に染まっている。
「……帰るか」
「ええ。ギルドに報告もしなきゃね」
「倒した魔獣の素材もあるし、報酬はちゃんと貰わないとね」
現実的なリリアの言葉に、翼も苦笑した。
「うん……金は大事だよな……」
自由都市は便利だが、とにかく物価が高い。
宿代、食費、消耗品。
翼の財布は薄い。セリアの表情は鋭い。リリアの財布は秘密主義。
魔獣の素材分は絶対に受け取らなければならない。
歩きながら、アークが翼に声をかけた。
「翼。もし今日のことをギルドに報告するなら――
あの女については慎重になれ」
「なんで?」
「不用意に話せば、街中が混乱する。
あの魔力の正体が分からない以上、騒ぎになるだけだ」
セリアが眉をひそめる。
「じゃあどうすればいいのよ?」
「俺に任せてくれ。
蒼鷹騎士団の調査として、封印の部分だけ引き取る。
お前たちは、鋼影獣の撃破と遺跡の基本情報だけでいい」
ヘルムもうなずく。
「確かに、その方が無難だな」
翼はその流れに身を委ねた。
「分かった。……ありがとうアーク」
「礼を言うのはいいが……
俺はまだ、お前をスカウトするのを諦めていない」
「やっぱそれは言うんだ……」
リリアがくすくす笑って翼の背中をつついた。
「いいじゃん。人気者なんでしょ、リーダー?」
「茶化すなリリア」
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ギルドに戻ると、夕方だというのに活気がすごかった。
酒場スペースからは大笑いの声、受付には行列。
受付嬢ミーナが翼たちを見るなり叫んだ。
「帰ってきた! あんたたち帰ってきたわね!!」
「え、なんか怒ってる?」
「怒ってるわよ! 遺跡の警戒レベルが上がったって通達が来てるの!
あんたたち、どんなとんでもないものに会ってきたのよ!」
「いや、ちょっと大きめの魔獣を倒しただけで……」
「Aランク魔獣の鋼影獣を倒しただけで、って顔で言わないで!!
こっちは心臓に悪いのよ!」
ミーナはついでにリリアの額を軽く弾く。
「リリアも! 無理したんじゃないでしょうね!」
「してないしてない。今日は翼がいっぱい助けてくれたから」
翼は照れる間もなく、ミーナに腕を掴まれる。
「さ、報告書! 記入! 今すぐ!」
「はいはい……」
俺は書記じゃないんだけどな、とぼやきつつ紙にペンを走らせる。
その間、受付の周りはやけにざわついていた。
「おい、あいつらが鋼影獣を倒したらしいぞ」
「またランクが上がるんじゃね?」
「天城翼って本当に回復術師か……?」
翼は肩をすくめた。
(自由都市に来てから、平和だった日あったか……?)
報告が終わると、ミーナが深い息をついた。
「はい、報酬。
鋼影獣の素材は希少価値高いから……全部で金貨十二枚ね」
「大金じゃん!!」
リリアの目が光る。
「宿代払える……!」
セリアも安堵の表情になった。
「いや、リアルな感想やめろ。
泣くほど金に困ってたみたいじゃん俺ら」
そんな風にやり取りしていると、背後からドスのきいた声が響く。
「おい翼。少し話できるか?」
振り返ると、蒼鷹騎士団の団員二人が立っていた。
アークの部下らしい。
「団長代理からの伝言だ。
“封印の件、続報あり次第、必ず共有する。
だが翼、お前の身辺には気をつけろ”だと」
「……なんで?」
団員の目つきは暗く、重い。
「黒衣の女が消えた後、遺跡周辺に異変が起きてる。
魔物の出現率が急激に上がってるんだ」
「……嫌な流れだな」
「お前たちのせいじゃない。
だが今後しばらく、この都市は動くぞ」
団員たちはそれだけ告げて去っていった。
残された翼たちは、顔を見合わせる。
「……また波が来そうね」
セリアが肩をすくめる。
「波どころか台風じゃない?」
リリアが苦笑する。
「なあお前ら……」
翼は二人を見て、ゆっくり笑った。
「どうせ来るなら、一緒に乗り越えようぜ」
「お、珍しく前向き」
「リーダーらしいじゃん」
三人の拳が軽くぶつかった。
自由都市の夜風が窓から吹き込み、ざわめく街の音が聞こえる。
この街はまだ静かじゃない。
むしろ、ここからが本番なんだと告げていた。




