第18話 封印の間が呼ぶ“もう一つの真実”
アークの問いかけは、遺跡の空気をさらに冷たくした。
重たく湿った空気が、胸の奥にじわりと染み込んでくる。
「俺が……何者かって? そんなの俺が聞きたいよ」
翼は自嘲気味に肩をすくめた。
「普通の回復術師じゃないことくらい、自覚しているだろ」
「いや……まあ……そこそこ、ちょっとだけ……?」
「“そこそこちょっとだけ”で魔獣を吹き飛ばすな」
アークの突っ込みが妙に冷静で、逆に怖い。
だがヘルムが剣を構えながら一歩前に出た。
「待ちな。あんたらの事情は知らないが、俺たちはギルドの依頼で来てんだ。
依頼者でもない連中が遺跡を勝手に荒らしてるなら、こっちは止める立場だ」
「俺たちは荒らしてなどいない。正規任務だ」
「その証拠は?」
「……それは言えない」
ヘルムは鼻で笑った。
「なら信用できない。そういう街だぜ、ここは」
空気がにらみ合いへ変わろうとした、その瞬間──
遺跡の奥から、ズシン、と地鳴りが響いた。
「なに……?」
「おい、揺れてるぞ!」
石壁がかすかに震え、埃がぱらぱらと落ちていく。
遺跡全体が何かを“起動”させていくような振動。
アークの目が鋭くなった。
「来るぞ。封印の守護獣だ」
「守護獣!?」
リリアは翼の背中にしがみつく。
そのときだ。
奥の広間から、風と魔力が渦を巻いて吹き出した。
石壁の紋様が光り、古代の魔法陣が床一面に浮かび上がる。
中心から姿を現したのは──
黒い影と金の甲殻をまとった、巨躯の四足獣。
「……鋼影獣だ」
アークの声に、風狼の爪のメンバーが青ざめる。
「Aランク魔獣じゃねえか……!」
「なんでこんなのがここに!?」
鋼影獣は咆哮を上げた。
その声はまるで鉄板を軋ませたようで、耳に刺さる。
「お前ら、構えろ! 来るぞ!」
ヘルムの叫びと同時に、戦闘が始まった。
**************
鋼影獣の爪が横薙ぎに振るわれる。
石の床が太い線を引いたように削れ、破片が飛び散る。
「っぶな……!」
翼はリリアとセリアを引いて半歩後退する。
「翼! 防御魔法は任せて!」
「はいはい、攻撃は任せて!」
「攻撃する気満々なんだねあなた!!」とセリア。
鋼影獣が突進してくる。
体格の割に速い。影そのものが弾丸のように迫る。
「リリア、上から射るぞ!」
「ん、了解!」
二人がコンビで動き出す。
リリアが跳躍し、翼の肩を踏み台にして飛び上がる。
「いっけぇーーー!」
彼女が空中で矢をつがえ、連射する。
矢が金甲の隙間へ突き刺さった。
「効いてる!」
「このまま押し切る……っ!?」
だが鋼影獣が口を開き、黒いブレスを放つ。
空気を削るような闇の線が飛び、リリアを狙う。
「リリアーーーッ!」
翼がとっさに手を伸ばした。
すると翼の胸元が光り、背中に熱が走った。
皮膚が焼けるような感覚。
次の瞬間、翼の背後から淡い光の翼が広がった。
「また……出た……!」
光翼はブレスを弾き、風のように散らした。
落ちてきたリリアを翼が抱き止める。
「大丈夫か!」
「だ、大丈夫……! やっぱり変だよ翼!」
「それは今は置こう!」
光の翼が揺らぎ、翼の身体を包む。
魔力量が跳ね上がり、回復術は別物の速度で発動した。
「セリア、いくぞ!」
「了解!」
光が迸り、鋼影獣の動きが止まる。
その一瞬でセリアが前に飛び込み、魔力刃を横に斬り払う。
金甲の一部が砕け、黒い霧が噴き出した。
「効いてるわ……もう一押し!」
風狼の爪の仲間たちも負けていない。
ヘルムが剣で注意を引き、ミーナが魔法弾で援護する。
圧倒的な連携。
鋼影獣はついに後退し、大きく体を震わせた。
「今だ! 全員、叩けぇっ!」
ヘルムの声に合わせ、翼も前へ踏み込む。
光翼がひらめき、翼は渾身の一撃を放った。
「これで終われぇぇっ!」
白い閃光が鋼影獣の胸を貫き、獣は崩れ落ちた。
黒い霧を吐き散らしながら、完全に沈黙する。
広間の光が徐々に消え、静寂が戻った。
「勝った……?」
リリアが翼の袖を引く。
「勝った……みたいだな」
翼は荒い息をつきながら答えた。
だが──静寂の中、アークの低い声が響いた。
「翼……お前の“その力”は一体なんだ?」
光翼はまだ薄く揺れている。
アークはそれを真正面から見つめた。
「王都で見た時より……増大している。
その翼は、人間のものではない」
広間の空気が再び張りつめる。
そのときだ。
遺跡の奥、封印の間から──
誰かの足音が響いた。
コツ……コツ……。
暗闇の向こうから現れたのは、黒衣のフードを深くかぶった女。
その女は翼を見て、薄く笑った。
「やはり“目覚めかけて”いるのね。天城翼」
「……誰だ、お前」
女はゆっくりと指を伸ばした。
その指先から古代文字の光が溢れ、封印の間がうねり出す。
「お前が覚醒すれば、すべてが動く……
世界は“第二段階”へ進むわ」
アークが即座に剣を抜いた。
「貴様……何者だ!」
黒衣の女は答えず、淡く笑っただけだった。
「会いに行くわ、翼。すぐにね」
光が弾け、女の姿は消えた。
残されたのは、崩れた鋼影獣と、困惑する仲間たち。
そして──
「なんで俺ばっかりこうなるんだよ……」
と、石畳に座り込む翼だった。




