第17話 自由都市の遺跡で再会する影
風読みの塔から戻った三人は、気分をすっきりさせながらギルドへと向かった。
今日はまともにクエストを受けたい。
昨日みたいなスカウト嵐は、もう勘弁だ。
「今日は落ち着いてるといいんだが……」
翼は半ば祈るように呟き、ギルドの扉を押し開けた。
――静かだ。
昨日が大騒ぎすぎたせいで、普通のざわめきが妙に優雅に聞こえる。
受付嬢も「あら?今日は普通に来たのね」という顔をした。
「昨日の騒ぎが嘘みたいね」
セリアが苦笑する。
「いや、騒ぎの中心にいた本人が言うと説得力あるな……」
リリアはすでにクエスト掲示板へ走っていた。
「みてみてー! いっぱいある!」
張り紙には、魔獣討伐から素材回収、街の護衛依頼までさまざまな依頼が並んでいる。
「さて、最初はどうする?」
翼が訊ねる。
「いきなり魔獣討伐でもいいけど……」
「いや、自由都市の魔獣はレベル高いって聞くし、まずは地形慣れした方がいいんじゃない?」
「なら調査依頼がいいわね。地図読みも覚えるし」
三人がわいわい相談していると、背後から声がした。
「お前ら、初めて見る顔だな」
振り返ると、革鎧を着た四人パーティがこちらを見ていた。
どう見ても“遊撃職の古参チーム”という雰囲気だ。
「昨日の騒ぎで聞いたぜ。王都の英雄ってのはお前らか?」
「英雄じゃないです」
翼は即答する。
「まあまあ、謙遜すんなって。俺ら《風狼の爪》ってチームだ。
自由都市のクエスト、慣れてねえなら案内してやるよ」
リリアが小声で囁いた。
「優しそうだけど、実は高額ガイド料とか取られない?」
「どう見ても悪い人たちじゃないわよ」
セリアが肩をすくめる。
翼も、彼らから変な圧は感じなかった。
それどころか、むしろ善良な雰囲気さえある。
「じゃあ……お願いしていいんですか?」
「もちろん。新入りが増えんのは嬉しいしな」
風狼の爪のリーダー、ヘルムという男は爽やかに笑った。
「で、どれ受けるんだ? おすすめはこの辺の……」
ヘルムが指差したのは“西区外れの遺跡調査”の張り紙。
「これ、危険度は低いのに報酬高いんだよ。
ちょっとした噂のせいで空いててな」
「噂?」
セリアが眉をひそめる。
ヘルムは肩をすくめた。
「夜になると“変な音”がするとかで、一時期は幽霊騒ぎみてえだったんだ。
まあ俺らは何回も行ったけど、何にもなかったぜ」
「おばけ……」
リリアがぷるっと震える。
「お前、魔獣より幽霊が怖いのか……?」
翼が半笑いでつっこむ。
「魔獣は殴れるけど幽霊は殴れないでしょ!? そこ大事!」
「たしかに理屈としては正しいわね」
セリアが妙に納得した。
それなら、と翼は張り紙をはがす。
「これ、やってみます」
「よし、受付に持っていけ」
三人は受付で手続きをし、正式にクエストを引き受けた。
ヘルムたち風狼の爪もついてきてくれるということで、六人で街の外へ向かうことになった。
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自由都市の外は意外にも静かで、魔獣が多いという噂が嘘のようだった。
ただ、地面に残る巨大な足跡や、木に爪痕が残っている場所を見ると、やはりここは普通じゃない。
「遺跡はこの森の奥だ」
ヘルムが案内していく。
その途中、彼の仲間のミーナが翼に声をかける。
「ねえ、あんた……回復術師なんだよね?」
「まあ、一応」
「一応で前衛に並べるのはどうかと思うけど……」
ミーナは呆れたように言うが、悪意はない。
「王都での戦い、見たって人がいたわよ。
回復しながら殴り倒す変態がいたって」
「変態扱いはひどい!?」
「褒め言葉よ」
「褒められてる気がしない!」
リリアは横でくすくす笑っている。
セリアは冷静な顔で歩きつつも、楽しそうだ。
やがて、森の奥にひっそりと石造りの入り口が現れる。
蔦が絡まり、古い碑文は半分崩れ、やけに静かだった。
「ここが遺跡ね……」
セリアが周囲を観察する。
「昼間だし、幽霊はいないよね……?」
リリアが翼の袖をぎゅっとつまむ。
「いないいない。幽霊なんて見たことないだろ?」
「いるかもしれないでしょ!?」
「落ち着け!」
そんなやり取りをしていると、ヘルムが真剣な声を出した。
「……おい、ちょっと待て」
その一言で、三人の空気がピンと張る。
「どうした?」
翼が近づく。
「見ろ。入り口の土……踏み跡が新しい」
確かに、昨日今日についたような靴跡が数カ所ある。
「他のパーティですか?」
セリアが問う。
「いや……ここの依頼、ここ最近全然出てなかったはずだ。
昨日も受けたのはお前らだけだ」
翼の背に、冷たいものが流れた。
「じゃあ誰が……?」
「あんたらが来る前に入ったやつがいるってことだ」
ヘルムの表情が険しくなる。
「いいか、ここのクエストは危険度こそ低いが、遺跡荒らしや盗掘屋に遭遇すると面倒だ。
もしそういう連中と鉢合わせたら──」
言葉が途切れた。
遺跡の奥から、かすかな金属音が聞こえたのだ。
ガンッ……ガン……。
誰かが、石壁を割っているような音。
翼、セリア、リリア。
風狼の爪の四人も、全員同時に構えた。
「……様子を見に行くしかないな」
ヘルムがつぶやく。
翼は喉の奥がひりつくのを感じつつ、頷いた。
自由都市二日目にして、早くも危険な匂い。
スカウト騒ぎより、ずっと生々しい脅威だ。
「行くぞ」
六人は静かに遺跡の中へ足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌にまとわりつき、薄い光が奥へ伸びる。
そして──
大きく吸い込んだ息が、そのまま止まった。
そこには、黒い外套の男たちが数人。
壁の奥に隠された部屋を、力づくでこじ開けようとしていた。
そして、その中心で何かを見張っている人物は──
「……また会ったな、天城翼」
アークだった。
翼の胸に冷たい風が吹き抜けた。




